社会がめまぐるしく変化しているいま、それらの変化に合わせた「リスキリング」が企業にとっても労働者個人にとっても欠かせないと言われています。リスキリングとは、「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、そして新しい業務や職業に就くこと」です。
では、そのリスキリングを実践するにはどうすればいいのでしょうか。一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事の後藤宗明(ごとう・むねあき)さんが、リスキリングの第一歩を教えてくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
最初に取り組むべきは「自分自身の現状評価」
「リスキリング」を進めるプロセスにはいくつかのステップがありますが、誰もが取り組むべき最初のステップが「自分自身の現状評価」です。
いま、日本のビジネスシーンでよく見られるのが、「これからはAIの時代だから、とにかくAIを学んでこい」という指示を受けた従業員が、目的が見えないまま数か月のAI講座を受けるといったケースです。そういった企業には、時代の変化に対する焦りだけがあり、AIを学んだ従業員がその知識を活かせる場を用意できていないことも珍しくありません。
活かすことができないのですから、せっかく学んだ知識もすべて忘れていくことになるでしょうし、従業員からすると「なんのために学んだのか?」という疑問が残るだけです。
これは会社主導の例ですが、同じことが個人でリスキリングをする場合にも重要となります。「なんのために学ぶのか?」を自分のなかで納得できていないと、学びのためのお金や時間を無駄にしてしまうでしょう。
そして、肝心なリスキリングの目的を納得するためには、自分自身の現状評価が欠かせません。リスキリングは、「新しいことを学び、新しいスキルを身につけ実践し、そして新しい業務や職業に就くこと」を意味します。ですから、その道のりを事前に想定しておく必要があるわけです。でも、スタート地点を知らないことには、その道のりが見えてくるはずもないですよね。
現状評価から「実現したいこと」への道のりが見えてくる
自分自身の現状評価とは、具体的には、以下の6つの要素を洗い出すことです。
【現状評価で洗い出すべきこと】
- 自分の現在の興味関心
- 自分の解決したい課題
- 自分の強み、好き嫌い
- 自分のいままでのキャリア
- 現在の自分がもっているスキル
- 組織における自分に対する評価
案外、自分のことは自分で見えていないものです。こうしてあらためて現状評価してみると、それらの内容と「これから実現したいこと」のあいだに、「この強みをもっと磨けば、目指すゴールに近づけるのではないか」というふうに、徐々に道のりが見えてくるでしょう。
そうなれば、そのプロセスに必要な学ぶべきことも見えてきますし、「こうなりたい!」という気持ちをより強くもてて、リスキリングに対するモチベーションを維持することもできます。
そして、「これから実現したいこと」は、いまの自分の仕事に直接かかわらない内容でもまったく問題ありません。そのために身につけるスキルは、いまの勤務先ですぐに活かすことはできないかもしれませんが、転職市場における自分の評価を確実に高めてくれるでしょう。
特にこれからの時代を考えれば、いまの自分の仕事がデジタルとは無縁のものであっても、デジタル分野について学ぶことは大きな武器となってくれるはずです。むしろ必須と言っていいかもしれません。いうまでもなく、あらゆる仕事にデジタル化の波が押し寄せているからです。
実際、2020年以降のコロナ禍によって在宅時間が増えたなか、スキルアップに対する意欲が高い人ほどデジタル分野について能動的に勉強し、それまでの仕事より大きく給料が上がる企業に引き抜かれるようなケースもよく見られたようです。
自分なりに楽しみながら学べるスタイルを見つける
しかし、しっかりと自分自身の現状評価を行なったうえでリスキリングを始めたとしても、そもそも「学ぶことが苦手」という人も多いものです。アナログ人間を自覚しているような人なら、それこそデジタル分野について学ぶことを敬遠してしまう場合もあるでしょう。
そんな人には、ぜひ「生活のデジタル化」から始めてほしいと思います。具体的には、スマートスピーカーや掃除ロボット、デジタル体組成計を意味するスマートスケールなど、最新のデジタルツールを生活のなかに組み込むということです。こうするメリットは、「学ばないといけない」といった意識をもつことなく、デジタル分野に触れて学べる点にあります。
掃除ロボットは、最初に起動したときにセンサーによって部屋の見取り図を作成します。そのうえで、たとえば玄関のような大きな段差を認識している場合には、AIによって自動的に停止して方向転換します。掃除ロボットを使うことが、センサーやAIに対する学びになるのです。
また、「AIの進化によって、いまある仕事の多くがなくなる」「これからの人間がやるべきことは、AIにはできない仕事をつくること」だとも言われますが、掃除ロボットはまさに人間の仕事を代替するものです。
そして、もちろん掃除ロボットにもできないことがあります。洗面所など髪の毛やほこりが多い場所では、それらがブラシに絡まって止まってしまう場合もあるのです。そういったことを知ることは、AIが苦手なことを観察して学んでいることとも言えるのだと思います。
また、SNSが浸透したいまなら、同じ分野に興味をもっている人たちが一緒に学ぶコミュニティーもすぐに見つけられます。そういった場に参加して仲間と一緒に学んだりアドバイスをもらったりすれば、学びに対する苦手意識も薄れていくはずです。
「学び」と聞くと、本を読んだり講義を聞いたりするものだとイメージしがちですが、学びのスタイルにもさまざまなものがあります。学ぶことが苦手だという人には、そういう先入観を捨てて、自分なりに楽しみながら学べるスタイルを見つけることが大切となるでしょう。
【後藤宗明さん ほかのインタビュー記事はこちら】
自分の価値を高めるには「リスキリングするしかない」。ただの学び直しではないリスキリングの本当の意味
リスキリングでよくある「4つの壁」の乗り越え方。学びをキャリアへ確実につなぐ方法とは?
【プロフィール】
後藤宗明(ごとう・むねあき)
一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事。SkyHive Technologies日本代表。早稲田大学政治経済学部卒業後、1995年に富士銀行(現みずほ銀行)入行。2002年、グローバル人材育成を行うスタートアップをニューヨークにて起業し、卒業生約2,000名を輩出。2008年に帰国し、米国の社会起業家支援NPOアショカの日本法人を2011年に設立後、米国フィンテック企業の日本法人代表、通信ベンチャーの国際部門取締役を経て、アクセンチュアにて人事領域のDXと採用戦略を担当。2021年、日本初のリスキリングに特化した非営利団体、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。2022年、AIを利用してスキル可視化を含むリスキリング・プロセス支援を可能とするカナダ初のリスキリングプラットフォーム、SkyHive Technologiesの日本代表に就任。石川県加賀市「デジタルカレッジKAGA」理事、広島県「リスキリング推進検討協議会/分科会」委員、経済産業省「スキル標準化調査委員会」委員、リクルートワークス研究所客員研究員を歴任。日本全国にリスキリングの成果をもたらすべく、政府、自治体向けの政策提言および企業向けのリスキリング導入支援を行う。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。