なぜ私たちは “いま” を優先して後悔するのか? 人間の脳が判断を狂わせる仕組み

相良なみか先生

日々の業務遂行や中長期的なキャリア形成においてはさまざまな障壁が存在しますが、そのなかのひとつに、「時間感覚」があります。現在、ビジネスシーンで注目度が高まっている行動経済学の第一人者である相良奈美香さんは、「私たちの意思決定と行動は、時間感覚から極めて大きな影響を受ける」と指摘します。そのメカニズムを深掘りするとともに、より合理的な意思決定を下すための具体的な方策についても聞きました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹

【プロフィール】
相良奈美香(さがら・なみか)
行動経済学コンサルタント。オレゴン大学卒業、同大大学院心理学「行動経済学専門」修士課程修了後、同大ビジネススクールマーケティング学部「行動経済学専門」博士課程修了。デューク大学ビジネススクールポスドクを経て、行動経済学コンサルティング会社であるサガラ・コンサルティング合同会社を設立、代表に就任。その後、世界3位のマーケティングリサーチ会社・イプソスにヘッドハントされ、同社・行動科学センター創設者兼代表に就任。現在は米国を拠点に、日本など世界各国で金融、メディア、ヘルスケア、製薬、旅行、テクノロジー、マーケティングなど幅広い業界の企業に行動経済学を取り入れ、行動経済学の最前線で活躍。代表作『行動経済学が最強の学問である』(SBクリエイティブ)は16万部を超えるベストセラーとなり、日本における行動経済学の認知度を広げる大きなきっかけとなった。行動経済学をさらに日本でも広めるために、さらなる執筆やオンラインコース作りにも注力している。 オフィシャルサイト:https://namikasagara.jp/

人間は将来の大きなメリットより目先の小さなメリットを優先する

「自分は合理的な意思決定で行動している」と私たちは思いがちですが、実際にはそうではありません。ときに損得を度外視したり、感情に左右されたり、利他的な行動をしたりなど、非合理的な行動をしてしまうのが、人間という生き物です(インタビュー【第1回】参照)。

そのような非合理的な意思決定や行動をしてしまう要因は多数あるわけですが、「時間感覚」もそのひとつです。その影響がわかりやすく表れるのが、「現在志向バイアス」と呼ばれる心理傾向です。これは、将来の大きな利益よりもいますぐ手に入る目先の小さな利益を優先してしまう認知バイアスのことです。

ダイエット中なのについお菓子を食べてしまったという経験は、多くの人にあるはずです。お菓子を我慢すれば、きれいなスタイルという大きな利益を将来的に得られるかもしれないのに、おいしいお菓子を味わえるという目先の小さな利益を優先してしまうのです。

お皿にケーキやお菓子が載っている

「これは将来のためになる?」と自問する

この現在志向バイアスは、人間の本能的なものであるため、非常に強力です。狩猟採集生活を送っていた大むかしの人間にとっては、まさしく「いま」がもっとも大事でした。いまを生き延びなければ明日がないわけですから、1年後のことより目の前の食べ物を確保することがなにより重要だったのです。そうして、現在志向バイアスは強い認知バイアスとなりました

しかし、現代人の私たちは、現在志向バイアスに翻弄されないよう注意しなければなりません。たとえば、勉強をすればキャリアアップにつながるとわかっているのに、「いまはこれがしたい」とスマホで動画視聴やゲームばかりしてしまっては、ビジネスパーソンとしての成長から遠ざかることになってしまいます。

強力な現在志向バイアスに抗うためには、なにかをしようというときに、「これは将来のためになる?」と考える習慣を身につけることが重要です。そうすれば、「将来のためにならないことはやらない」という方向に自分自身を動かせるようになるはずです。

私たちの思考の軸は、現在志向バイアスによってそもそも現在寄りに偏っているのですから、「これは将来のためになる?」と自問することで意図的に将来寄りに戻してほしいのです。

夕日が逆光になっているオフィス

うまくいかなかった将来を考え、事前に対応策を準備する

また、時間感覚がかかわる認知バイアスの代表例には、「計画の誤謬(ごびゅう/『誤り』の意)」というものもあります。これは、「人は計画を立てる際に、リスクや障害を十分に考慮せず、必要な時間や予算を甘く見積もってしまう」という非合理的な判断を指すものです。私が専門とする行動経済学の研究においても、この傾向は確認されてします。

なぜそのような誤りが生じるのでしょうか。その背景には、「楽観バイアス」と呼ばれる心理傾向があります。楽観バイアスとは、「自分はうまくいく、大丈夫」と根拠なくリスクを低く見積もってしまう認知バイアスのことです。加えて、私たちには、遠い将来のことであればあるほど具体的ではなく抽象的にしか考えられないという心理傾向もあります。こうした楽観的な判断と時間感覚のあいまいさが組み合わさることで、計画の誤謬が生じるのです。

計画の誤謬を防ぐために、ここでも習慣化してほしい自問の言葉を紹介しましょう。それは、「うまくいかなかったらなにが原因だと思う?」という言葉です。「このプロジェクトはきっとうまくいく」と思ったのなら、「プロジェクトがうまくいかなかったらなにが原因だと思う?」と問うという具合です。

仕事をしている机を上から撮影している

すると、たとえば「メンバーのスキルや経験が不足しているかもしれない」「資金不足になって計画を変更せざるを得ないかもしれない」「外部スタッフの対応が遅れるかもしれない」といった不安要素をあらかじめ認識できるでしょう

そう認識することで、「研修を計画してメンバーのスキルアップを図る」「余裕を持って見積もりを立てて予備費を確保しておく」「外部スタッフに前倒しで依頼や確認を行って、代替スタッフや予備日を設定する」といった対応策を用意することができます。

もちろん、ふだんの生活においては楽観的でいいという場面も多々あります。どこかに遊びに行くというとき、「目的地が混んでいたらなにが原因だと思う?」「雨が降ったらどうする?」「忘れ物をしたら……」などといちいち考え過ぎる必要はありません。そうした日常のちょっとしたトラブルについてはその場で臨機応変に対応すればいいだけですし、「雨でも楽しめるスポットに行ってみよう」など、むしろそのトラブルを楽しむくらいでもいいでしょう。

しかし、仕事においては、楽観的過ぎることが致命的なミスを招く可能性もあるでしょう。時間感覚にかかわる認知バイアスが存在すること、それが判断や計画を誤らせる場合もあることを知り、事前に対応策を準備しておくことが肝要です。

相良なみか先生

【相良奈美香さん ほかのインタビュー記事はこちら】
「自分は間違えない」と思う人ほど危ない。行動経済学が明かす “判断ミス” の正体
淡い感情「アフェクト」が仕事の成果を左右する。「ちょっと嬉しい気持ち」がもつすごい力

【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)

1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。

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