
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
Season1では基礎概念を、Season2では実務の「壁」の乗り越え方を解説しました。
Season3では、マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】
金曜の夜、ソファに座ってNetflixを開く。さあ、何を観よう——。
スクロールしながら予告編をいくつか再生する。「これも気になる」「あれも面白そう」。気づけば30分が経過し、結局何も決められないまま、疲れて寝てしまう。
この「Netflixあるある」、心当たりがある方も多いのではないでしょうか。
Netflixには数万件の作品があります。しかし2020年、彼らはあえて「今日のTOP 10」という非常にシンプルな機能を追加しました。数万件のなかから、たった10作品だけを表示する小さな枠です。
自由こそが売りのサービスが、なぜあえて選択肢を狭めたのでしょうか。
- 選択肢が多すぎると、人は「選ばない」を選ぶ
- 社会的証明——「みんなが観ている」は正解の指標
- 認知負荷の軽減——脳は「ショートカット」を求めている
- 「おすすめは?」に、100個のリストを出していないか
- よくある質問(FAQ)

選択肢が多すぎると、人は「選ばない」を選ぶ
心理学に「選択のパラドックス」という概念があります。
選択肢が増えれば増えるほど、人は選ぶことに疲弊し、最終的に「選ばない(離脱する)」という結論を出してしまう——という逆説です。
有名な実験があります。スーパーでジャムの試食販売をしたとき、24種類を並べた場合と6種類を並べた場合で、購入率を比較しました。結果、24種類のときは3%しか購入しなかったのに対し、6種類のときは30%が購入したのです。
選択肢を増やすことは、親切ではない。むしろ、顧客を疲れさせている。
Netflixのユーザーにとって、視聴時間は有限です。2時間の映画を選んで「外れ」だったら、その夜は終わり。だからこそ、「失敗したくない」という心理が働きます。
そんなとき、「いま、日本中でこれだけの人が観ている」という数字は、最強の安心材料になるのです。

社会的証明——「みんなが観ている」は正解の指標
「TOP 10」が機能する理由を、心理学の観点から分析してみましょう。
ここで働いているのは「社会的証明(Social Proof)」という心理です。人は確信が持てない状況ほど、他人の行動を「正しい判断の指標」として参考にする傾向があります。
| 状況 | 社会的証明の例 |
|---|---|
| レストラン選び | 行列ができている店に並ぶ |
| 本の購入 | 「100万部突破」の帯で選ぶ |
| ECサイト | 「この商品を買った人はこちらも」で選ぶ |
| 動画配信 | 「今日のTOP 10」から選ぶ |
さらに、TOP 10には「共通の話題づくり」という効果もあります。ランクインしている作品を観ておけば、職場や友人との会話についていける。これは「適合性バイアス」と呼ばれる心理で、集団と同じ行動をとることで安心を得ようとするものです。
つまりNetflixは、「選ぶストレス」を軽減しながら、同時に「社会的報酬(会話についていける喜び)」も提供しているのです。
認知負荷の軽減——脳は「ショートカット」を求めている
もうひとつ重要な視点があります。それは「認知負荷」の問題です。
人間の脳は、意思決定のたびにエネルギーを消費します。選択肢が多ければ多いほど、比較検討に使うエネルギーは増大します。だからこそ脳は、エネルギーを節約するために「ショートカット(ヒューリスティック)」を求めるのです。
ランキングは、最もわかりやすいショートカットのひとつです。「1位から順番に見ればいい」という明確な指針があれば、脳は比較検討のエネルギーを使わずに済みます。
ランキングとは、顧客の脳を休ませてあげる「優しさ」である。
Netflixの「TOP 10」は、単なる人気順の表示ではありません。「あなたの代わりに選んでおきました」という、サービスからのメッセージなのです。

「おすすめは?」に、100個のリストを出していないか
この事例から学べることを、実務に落とし込んでみましょう。
お客様から「おすすめは?」と聞かれたとき、あなたはどう答えていますか。
「こちらのカタログに全商品が載っています」「Webサイトで検索できます」——これは親切なようで、じつは不親切です。選択肢を丸投げしているだけだからです。
本当に親切な対応は、こうです。「いま、一番選ばれている3つはこちらです」
「自由を与えること」は、必ずしも「親切」ではありません。顧客が求めているのは、無限の選択肢ではなく、「決断の背中を押してくれる情報」なのです。
ランキング、売上数、レビュー件数、導入社数——これらの「社会的証明」は、顧客の決断を後押しする優しい手です。自社の商品・サービスにも、この視点を取り入れてみてください。
【本記事のまとめ】
1. 選択のパラドックス
選択肢が多すぎると、人は選ぶことに疲弊し、最終的に「選ばない」を選んでしまう。
2. 社会的証明の力
「みんなが観ている」という情報は、確信が持てない状況での最強の安心材料になる。
3. 認知負荷の軽減
ランキングは、脳の意思決定エネルギーを節約するショートカットとして機能する。
4. 適合性バイアス
TOP 10を観ることで「会話についていける」という社会的報酬も得られる。
5. 自由を与えることは親切ではない
顧客が求めているのは、無限の選択肢ではなく「決断の背中を押してくれる情報」である。
よくある質問(FAQ)
BtoBビジネスでも「TOP 10」のような施策は有効ですか?
非常に有効です。「導入社数No.1」「業界シェア1位」「〇〇業界で最も選ばれている」といった表現は、まさに社会的証明です。特に高額な意思決定ほど、他社の導入実績が決め手になることが多いです。
ランキングを作るほどの商品数がない場合はどうすればいいですか?
「一番売れている」「リピート率が高い」「スタッフのおすすめ」など、切り口を変えれば少ない商品数でも社会的証明は作れます。数字がなくても「〇〇さんも愛用」といった推薦の声も有効です。
選択肢を減らすと、顧客が離れてしまいませんか?
むしろ逆です。選択肢が多すぎることで離脱している顧客の方が多いケースがほとんどです。「まずはこの3つから」と提示し、もっと見たい人には「すべての商品を見る」リンクを用意すれば、両方のニーズに対応できます。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season3
マーケティングの理屈が具体的に使われている事例を見ながら学んでいきます。
- 第1回:ルブタンの靴底はなぜ赤く、Appleのイヤフォンはなぜ白いのか?
- 第2回:なぜ私たちは、自分で組み立てたIKEAの椅子を最高だと思うのか?
- 第3回:なぜダイソンは、あえて「不快なゴミ」を丸見えにしたのか?
- 第4回:なぜティファニーは、中身を見る前に人をときめかせるのか?
- 第5回:なぜパタゴニアは「このジャケットを買わないで」と言ったのか?
- 第6回:なぜNetflixは「TOP 10」という小さな枠を作ったのか?(本記事)
- 第7回:なぜレッドブルはロンドンの街中を「自社のゴミ」で埋めたのか?
- 第8回:なぜスターバックスは「手書きメッセージ」をやめないのか?
- 第9回:コストコの「180円」が、数万円の買い物のハードルを下げるカラクリ
- 第10回:なぜハーゲンダッツは、他より高くても選ばれ続けるのか?
- 第11回:なぜAmazonは「欲しいもの」を言い当てるのか?
- 第12回:なぜ楽天トラベルの「残り1室」を見ると、つい予約してしまうのか?
- 第13回:なぜコストコの「会費制」は、顧客を逃がさないのか?
- 第14回:なぜユニクロは、店頭でわざわざ「実験」をしてみせるのか?
▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season 2(全15回)はこちら|現場で成果を出すための実践スキル
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
X→@oka_kgs / Instagram→@oka_ken2010
/ 著書(amazon)