売上11億から54億へ——新日本プロレスに学ぶ「熱狂できる物語」の設計術【新人さんのためのマーケティング講座 Season6 vol.16】

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season6

Season5では、身近な事例を通じてマーケティングの原則を深掘りしました。
Season6でも引き続き、「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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2011年、新日本プロレスの年間売上は11億円でした。*1 かつて40億円を誇った団体が、総合格闘技ブームに押され、倒産寸前まで追い込まれていた時代の話です。

それから10年余り。2019年7月期の売上は54億円を超え、過去最高を記録しました。*2 東京ドームを連続満員にし、世界中に熱狂的なファンを持つ「復活した王者」へ。

この復活劇に、純粋なスポーツの強さは関係ありません。仕掛けたのは、カードゲーム会社のマーケティング戦略でした。

前回の小林製薬が「わかりやすさという即物的な武器」で市場を獲ったとすれば、新日本プロレスが使った武器は正反対です——情緒と熱狂の設計。「物語を売る」という戦略です。

「格闘技か、キャラクターか」——ブシロードが見抜いた本質

2012年1月、カードゲーム・アニメコンテンツを手がけるブシロードが、新日本プロレスを5億円で買収しました。*1

業界は首をかしげました。プロレスとアニメ・ゲームは接点がない。しかしブシロードの木谷高明はすでに確信を持っていました。「プロレスはキャラクターコンテンツとしていける」——これがすべての出発点です。*3

当時の新日本プロレスが低迷した根本的な原因は、1990年代後半に起きた総合格闘技ブームへの対応でした。「ガチンコ(真剣勝負)こそ本物」という空気の中で、プロレスはエンターテインメントとしての独自性を失い、総合格闘技の劣化版のように見られるようになっていた。

木谷が気づいたのは、プロレスの本質が「格闘技」ではなく「物語」だということです。ヒールとベビーフェースの因縁、王座をめぐる攻防、敗者の雪辱——これはスポーツではなくキャラクターが織りなすドラマです。アニメやカードゲームで培ったIP(知的財産)開発のノウハウが、そのままプロレスに応用できると判断しました。

買収直後、ブシロードは約3億円の広告費を投入し、山手線の車体広告やテレビスポットCMを展開します。*3 狙いは「流行っている感の創出」——かつてプロレスを見ていた30〜40代に「プロレスまたおもしろくなってるらしい」と思わせることでした。

「100年に一人の逸材」——キャッチコピーによるキャラクターIP化

ブシロード流の改革で最も象徴的なのが、選手の「キャラクターIP化」です。

それまでプロレスラーは「強い格闘家」として語られることが多かった。ブシロードはこれを変え、選手をアスリートであると同時に「応援したくなるキャラクター」として徹底的にブランディングしました。

「100年にひとりの逸材」——棚橋弘至のキャッチフレーズです。*2 低迷期にも団体のエースとして戦い続け、「プロレス愛してます!」と叫び続けた棚橋のキャラクターは、ファンの感情移入の核になりました。

「レインメーカー(金の雨を降らせる者)」——オカダ・カズチカのキャッチフレーズです。*2 2012年に棚橋からIWGPヘビー級王座を奪い「レインメーカーショック」を起こした彼は、以後10年以上にわたって新日本プロレスのドル箱として君臨しました。

このふたりの関係性こそが、新日本プロレスの「物語の骨格」です。エースと新鋭、師と弟子、ライバルと宿敵——同じリングで繰り広げられる因縁が、ファンを「次の展開」へと引き込み続けます。

メディア展開も同時多発的に行われました。

  • 自社動画配信「NJPW WORLD」でアーカイブを含む全試合配信
  • AbemaTV、YouTubeへの無料コンテンツ展開
  • SNSを通じた選手の日常・マイクパフォーマンスの拡散
  • BS・CS放送での番組枠拡大
  • グッズ・アパレル展開の強化

アニメのメディアミックス戦略をそのままプロレスに適用することで、「試合を知らない人」でも選手のキャラクターから入れる設計を作りました。

「結果」ではなく「プロセス」を売る——未完成の物語が生む熱狂

新日本プロレスのマーケティングで最も本質的な問いはこれです。なぜ、結末がある程度「わかっている」ショーに、これほど人が熱狂するのか。

答えは、プロレスが「結果」ではなく「プロセスへの参加」を売っているからです。

試合結果だけを追うなら、翌日のニュースを読めばいい。しかしプロレスのファンが求めているのは、前哨戦での因縁の積み重ね、マイクパフォーマンスでの感情の爆発、敗者がどう立ち上がるか——つまり「推しの選手が苦難を乗り越えて頂点に立つまでの物語」への参加です。

新日本プロレスは「Road to〜(ビッグマッチに向けた前哨戦シリーズ)」という興行フォーマットで、この構造を意図的に設計しています。*1 ひとつのビッグマッチに向けて数回の前哨戦でアングル(物語)を展開し、本番で感情を爆発させる——これはドラマの「第1話から最終回への伏線回収」と同じ構造です。

さらに自社プラットフォーム「NJPW WORLD」は、このファンを直接課金・データとして囲い込む仕組みです。*2 映像配信サービスとして過去の名勝負を見られるだけでなく、海外ファンへのリーチ拡大の核として機能しています。棚橋社長は「WWEはゲート収入(チケット代)が全収入の半分以下。映像・グッズ収入が本当に大きい」と語り、NJPW WORLDの強化を経営課題に据えています。*2

あなたの商品は、単体で「機能」を語りすぎていないでしょうか。その商品の背景にある「ストーリー」や、顧客が応援したくなる「人格(キャラクター)」を付け加えられないか——新日本プロレスが証明したのは、モノを売ることではなく、顧客と一緒に「熱狂できる物語」を紡ぐことが、最も強固なファンを生むということです。

 

【本記事のまとめ】

1. 「格闘技ではなくキャラクターコンテンツ」——本質の再定義がV字回復を生んだ
売上11億円の倒産寸前から54億円超への復活を可能にしたのは、「プロレスはスポーツではなくキャラクターが織りなすドラマだ」という本質の再定義だった。アニメ・ゲーム業界のIP開発ノウハウが、そのままプロレスに応用された。

2. キャッチコピーによるキャラクターIP化——「推し」が生まれる設計
「100年にひとりの逸材」「レインメーカー」という言語化が、選手を応援したくなるキャラクターに変えた。SNS・動画配信・グッズのメディアミックスが「試合を見たことがない人」でもキャラクターから入れる導線を作った。

3. 「結果」ではなく「プロセスへの参加」を売る——未完成の物語が熱狂を生む
前哨戦からビッグマッチへの物語構造が、ファンを「次の展開」に引き込み続ける。モノを売るのではなく、顧客と一緒に熱狂できる物語を紡ぐことが、最も強固なファンコミュニティを生む。

よくある質問(FAQ)

新日本プロレスのV字回復は、試合の質が上がったから?それともマーケティングのおかげ?

両方が必要条件でしたが、マーケティングが先でした。ブシロードの手塚社長は「試合を見てもらえれば面白いし、一回来てもらえばリピーターになってくれる自信はある。問題はそれをどうやって知らしめるか」と語っています。コンテンツの質があっても、知られなければ人は来ない。大規模な広告投資で「流行っている感」を作り、まず人を呼ぶ——これが復活の順序でした。試合の質とマーケティングは車の両輪ですが、マーケティングが先にアクセルを踏んだのです。

「キャラクターIP化」という発想は、BtoB企業や製造業にも応用できますか?

できます。BtoB企業でも「人格のある会社・人格のある製品」は強力な差別化要因になります。たとえばキーエンスは「顧客の課題に誰よりも深く向き合うコンサルタント型営業」という人格を持ち、製造業のダイキンは「空調の使い方を一緒に考えるパートナー」というキャラクターを確立しています。製品スペックではなく「この会社と一緒に働きたい」「この人から買いたい」という感情を設計できるか——これがキャラクターIP化の本質で、業種を問わず有効です。

「物語を売る」戦略は、小規模なスタートアップでも使えますか?

むしろ小規模な組織ほど向いています。大企業は「会社」として語られますが、スタートアップは「創業者の物語」「チームの挑戦」として語ることができる。顧客が応援したくなるのは、完成した成功体験よりも「苦難を乗り越えようとしている途中の物語」です。新日本プロレスが11億円の倒産寸前から這い上がる過程にファンが熱狂したように、あなたの事業のリアルな苦闘と挑戦のプロセスを公開することが、最も強力なブランドストーリーになります。

(参考)

*1|NTT東日本 BizDrive「新日本プロレスは『埋もれた魅力』の再発見で低迷脱却」。売上推移(1996年約40億円→2005年14億円→2011年11億円)・2012年ブシロード買収・買収直後に約3億円の広告費投入・山手線車体広告・2017年までV字回復の経緯を確認
*2|集英社オンライン「棚橋弘至、引退後の課題」Yahoo!ニュース掲載。過去最高売上54億1600万円(2019年7月期)・2023年度売上約53億円・NJPW WORLDの位置づけ・WWEとの比較・棚橋社長のゲート収入依存脱却発言・「100年に一人の逸材」「レインメーカー」キャッチフレーズを確認
*3|東洋経済オンライン「なぜ私は、新日本プロレスを買ったのか?」木谷高明インタビュー。「プロレスはキャラクターコンテンツとしていける」という木谷の発言・買収経緯・ブシロードがスポンサーから買収へ至った経緯を確認

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season6

「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で深掘りしていきます。

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Season4(全20回)はこちら|「摩擦の除去」で読み解く世界的ブランドの設計思想
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【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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