
会議室に入った瞬間、同僚の名前がとっさに出てこない。先週見たはずの数字が頭に残っていない。打ち合わせでの判断に、以前より少し時間がかかる。
困るほどではないし、わざわざ誰かに相談することでもない。けれど、こういう小さな引っかかりが、最近少し増えた気がする。
その「なんとなく」を、いちど形にしてみましょう。頭の調子は自分ではなかなか測れませんが、5年前の自分と引き比べると、変化はぐっと見えやすくなります。
下のリストに、思い浮かぶまま答えてみてください。直感でかまいません。
ひとつでも気になる項目があったなら、その感覚は気のせいとは限りません。それが何を意味するのか、ここから順に見ていきます。
頭の回転は、20代から落ちはじめている
「まだ若いから関係ない」と思うかもしれませんが、話はそう単純でもありません。処理速度や作業記憶といった「頭の回転」にあたる機能は、研究では27歳前後からゆるやかに下がりはじめるとされています。*1
中高年になってからではなく、20代のうちに始まっているわけです。先ほどのチェックで引っかかった項目があっても、不思議ではありません。
ただし、脳のすべてが落ちるわけではありません。落ちやすい力もあれば、むしろ伸びる力もあります。
なお、チェックを「5年前と比べて」としたのには理由があります。変化がゆるやかなぶん、「最近どうか」では捉えにくいのです。
期間が短すぎるとその日の体調や季節に左右され、長すぎると記憶が曖昧になる。5年が、ちょうど変化を見やすい幅なのです。*2
そして、もともと落ちはじめる力に、慢性的なストレスや睡眠不足が重なると、低下に拍車がかかります。「最近どうも頭が回らない」という感覚の正体は、たいていこの重なりです。
やっかいなのは、この変化が一定のペースで進むわけではない点です。じわじわ積み重なったものが、あるところで表面化し、立て直す負担が一気に増します。
しかも、それが正常な変化なのか異常なのかを教えてくれる仕組みは、医療にも職場にもありません。だからこそ、まず自分でチェックすることが出発点になります。

感情の乱れも、脳からのサインかもしれない
セルフチェックの最後の項目に、感情のことを入れました。「このごろイライラしやすい」「小さなことで動揺する」といった変化です。
これを性格や気分の問題で片づけてしまう前に、脳からのサインとして一度立ち止まってみてください。慢性的なストレスは、感情の振れ幅を大きくしやすいことがわかっています。*3
もっとも、「感情の乱れが認知の変化の早期サインだ」と直接裏づけた研究は、いまのところ見当たりません。あくまで、観察のためのひとつの視点として受け取ってください。
それでも、「疲れているだけ」で済ませずに眺めてみる。その小さな習慣が、早めの気づきにつながります。

今日からできる、3つの対処法
気づいたら、やることはシンプルです。深く眠る、体を動かす、新しいことに取り組む。この3つ。目新しくはありませんが、ひとつずつ「何をするか」と、その裏づけを分けて見ていきます。
深く眠る
睡眠は「長さ」より「深さ」を意識します。深い眠りを増やすには、次のようなことが役立ちます。
体を動かす
気合を入れて頑張るほど続きません。日々の動作に運動を埋め込むのがコツです。目安は、週3回・30分ほどの有酸素運動。
新しいことに取り組む
うまくやる必要はありません。「どうもぎこちない」と感じる活動を選ぶのがポイントです。
3つとも、特別な才能もまとまった時間も要りません。チェックで気になる項目があったら、まずはひとつから始めてみてください。

***
27歳から落ちはじめるとはいえ、できることはあります。チェックで気になる項目があったら、深く眠る・体を動かす・新しいことに取り組むのうち、ひとつからでかまいません。
脳は、手をかけた分だけ応えてくれる臓器です。今日から少しずつ、自分の頭を観察してみてください。
*1 Salthouse TA. When does age-related cognitive decline begin? Neurobiol Aging. 2009 Apr;30(4):507-14. doi: 10.1016/j.neurobiolaging.2008.09.023. Epub 2009 Feb 20. PMID: 19231028; PMCID: PMC2683339.
*2 Galvin JE, et al. The Healthy Brain 9 (HB9): A New Instrument to Characterize Subjective Cognitive Decline, and Detect Anosognosia in Mild Cognitive Impairment. medRxiv [Preprint]. 2025 Mar 23. PMID: 40166560; PMCID: PMC11957164.
*3 McEwen BS. "Stress and hippocampal plasticity." Annual Review of Neuroscience, 1999.
*4 Ohayon MM, Carskadon MA, Guilleminault C, Vitiello MV. Meta-analysis of quantitative sleep parameters from childhood to old age in healthy individuals: developing normative sleep values across the human lifespan. Sleep. 2004 Nov 1;27(7):1255-73. doi: 10.1093/sleep/27.7.1255. PMID: 15586779.
*5 Iliff JJ, et al. "A Paravascular Pathway Facilitates CSF Flow Through the Brain Parenchyma." Science Translational Medicine, 2012.
*6 Erickson KI, et al. Exercise training increases size of hippocampus and improves memory. Proc. Natl. Acad. Sci. U.S.A. 108(7):3017-3022, 2011.
*7 Draganski B, et al. "Changes in grey matter induced by training." Nature, 2004.
よくある質問(FAQ)
Q. 認知機能の低下は何歳から始まるのですか?
A. 処理速度や作業記憶といった流動性知能は、27歳前後からゆるやかに下がりはじめるとされています。一方で、語彙力や知識量などの結晶性知能は50代以降も伸びることが多く、ひとくちに「衰える」とは言えません。どの力がどう変化しているかを、自分で観察する視点が大切です。
Q. 物忘れが増えた気がします。病院に行くべきですか?
A. 働き盛りの認知の変化には、医療機関でも「正常か異常か」を判断する明確な基準がまだありません。日常や仕事に大きな支障が出ているなら専門家に相談を。そうでなければ、まず「5年前の自分と比べて」変化を観察しつつ、睡眠・運動・新しい学びという3つの習慣を整えることから始めるとよいでしょう。
Q. 脳のために、最も効果的な習慣は何ですか?
A. 複数の研究が支持しているのは、「深く眠る」「体を動かす」「新しいことに取り組む」の3つです。深い睡眠中の老廃物除去、有酸素運動によるBDNFの増加、新しい学びによる神経可塑性の促進と、働く仕組みはそれぞれ違います。組み合わせることで、互いに支え合う効果が期待できます。
Q. ストレスが多い時期が続いています。脳への影響はありますか?
A. 慢性的なストレスが続くと、コルチゾールが過剰に分泌され、記憶や学習の中枢である海馬にダメージが積み重なることがわかっています。感情を司る扁桃体も過活動になりやすく、「このごろイライラしやすい」といった変化が現れがちです。ストレスの多い時期こそ、睡眠の質と運動の習慣を保つことが大切です。
柴田香織
大学では心理学を専攻。常に独学で新しいことの学習にチャレンジしており、現在はIllustratorや中国語を勉強中。効率的な勉強法やノート術を日々実践しており、実際に高校3年分の日本史・世界史・地理の学び直しを1年間で完了した。自分で試して検証する実践報告記事が得意。