上司の機嫌が悪い日は、なぜか自分まで一日中落ち着かない。会議で言われたひとことを、帰りの電車のなかでまだ反芻している。頭では「気にしても仕方ない」とわかっているのに、気づけばまた他人の言動に心をつかまれている……。
そんな自分を、「メンタルが弱いからだ」と責めてはいませんか。
STUDY HACKER編集部はこれまで、数多くの専門家に「人間関係」について取材してきました。あるとき気づいたのは、心理学者の舟木彩乃さん、公認心理師の大野萌子さん、そして企業研修の現場に20年以上立ち続けてきた大串亜由美さんという、専門も立場も異なる3人が、驚くほど同じ結論にたどり着いていたことです。
舟木さんの言葉を借りれば、「振りまわされない人は、特別に強いわけではありません」。彼らは強いのではなく、あることを「やめている」だけでした。取材の蓄積から見えてきた共通点を紹介します。
やめていること1 「相手を変えようとする」
1人目は、外資系企業の人事を経て、アサーティブコミュニケーションの研修を20年以上続けてきた研修講師の大串亜由美さんです。*1
大串さんが取材で強調していたのは、「本人の意志と努力で変えられないことは指摘してはいけない」ということでした。その代表例が性格です。長い時間をかけて形成された性格は、そう簡単には変えられません。それを「よくない」「変えるべきだ」と迫るのは、ハラスメントにもなりかねないと言います。
たとえば、提出期限を守れない後輩に「だらしない」と指摘しても、だらしない性格はやはり変わりません。大串さんがすすめるのは、性格ではなく行動に目を向けることです。まず「どうした?」と状況を聞き、「今度の期限は守れそう?」と確認し、必要なサポートをする。性格を変えるのは難しくても、行動なら変わる余地があるからです。
苦手な相手についても同じです。大串さんは、「好きか嫌いか」という物差しをいったん脇に置き、相手を「仕事の役割」でとらえることをすすめています。役割でとらえれば、無理に好きになろうとしなくても、自然に相手を尊重できるからです。
じつは、「振り回される」の正体の一部はここにあります。性格のような変えられないものを変えようとしている限り、相手の反応に一喜一憂し続けることになるのです。
数多くの企業の現場を見てきた研修のプロがまず戒めるのが、「変えられないものを変えようとすること」だった。この事実は示唆的です。

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やめていること2 「相手の感情まで引き受ける」
では、理不尽な相手にはどう向き合えばいいのでしょうか。2人目は、約1万人のカウンセリングを行なってきた心理学者の舟木彩乃さんです。舟木さんが教えてくれたのが、「バウンダリー(心の境界線)」という考え方です。*2
舟木さんによれば、同じ上司のもとで働いていても平気な人と消耗する人がいるのは、性格の強弱の問題ではなく、境界線の引き方などの違いによるところが大きいそうです。境界線が曖昧な人は、どこまでが自分の責任で、どこからが相手の領域なのかを区別できず、相手の感情や問題まで自分のものとして抱え込んでしまいます。
具体的な線の引き方として舟木さんが挙げてくれたのは、たとえばミスを指摘されたとき、「内容として妥当な指摘は受け取るが、上司の感情的な態度までは引き受けない」というものです。
指摘の中身と、相手の機嫌は別物です。前者は自分の領域、後者は相手の領域。そう線を引くだけで、不要なダメージは確実に減らせると言います。
受け取るもの ミスの内容そのもの(事実として妥当な指摘)
引き受けないもの 上司の不機嫌や感情的な態度(相手の領域)
なお舟木さんは、他人の評価に反応してしまうこと自体は弱さではなく、集団からの排除をリスクととらえる脳の仕組みによる、人間の本能に近いものだとも話していました。振り回されやすい自分を責める必要はない、ということです。

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やめていること3 「察してもらうことに期待する」
3人目は、6万人以上に講演や研修を行なってきた公認心理師の大野萌子さんです。大野さんの取材で印象的だったのは、次の言葉でした。*3
「コミュニケーションというのは、基本的に『発信者がなにを伝えたか』ではなく『相手がどう受け取ったか』で決まります」
自分では伝えたつもりでも、相手がそう受け取っていなければ、伝わっていないのと同じ。ここで生まれた齟齬こそが、「なんでわかってくれないんだ」「そんなつもりで言ったのではないのに」という、振り回される状態の温床になります。
だからこそ大野さんは、相手をダブルバインド(矛盾した指示で身動きが取れない状態)にさせるような曖昧な言い方を避け、期限や意図を具体的に伝えることをすすめています。
振り回されない人は、相手の察しのよさに期待しません。受け取り方を運任せにせず、誤解が生まれる余地そのものを小さくしているのです。相手の内面はコントロールできなくても、自分の伝え方は今日から変えられます。

3人が一致した、たった1つの前提
心理学者、公認心理師、そしてビジネス研修のプロ。3人の話を並べ直すと、共通する前提がひとつ浮かび上がります。それは「他人は変えられない。変えられるのは、自分の関わり方と受け止め方だけ」というものです。
相手を変えようとしない(大串さん)。相手の感情を引き受けない(舟木さん)。相手の察しに期待しない(大野さん)。3つの「やめていること」は、すべてこの前提から導かれる実践です。
最後に、舟木さんが教えてくれた小さな習慣を紹介します。一日の終わりに、「今日、自分がした小さな貢献」をひとつ書きとめること。コンビニで募金をした、誰かに親切にした、その程度で十分だそうです。
自分の行動が誰かの役に立った事実を積み重ねることが、他者評価に揺らがない心の土台をつくってくれます。
***
振り回されない人は、強いのではありませんでした。相手を変えることを手放し、引き受けるものに線を引き、伝え方を自分の側で整えている。それだけのことを、淡々と続けているのです。
強くなろうとするより、やめることから始める。今日の帰り道、まずは小さな貢献をひとつ、思い出してみてください。

よくある質問(FAQ)
Q. 境界線を引くと、相手に冷たい印象を与えませんか?
Q. 振り回されやすいのは、メンタルが弱いせいなのでしょうか?
Q. 相手にどうしても変わってほしいときは、どうすればいいのでしょうか?
*1 STUDY HACKER|"苦手な人" とでも仕事がしやすくなるコツ。「○○でとらえる」と相手を自然に尊重できる
*2 STUDY HACKER|同じ上司なのに、なぜ「平気な人」と「消耗する人」がいるのか。心理学者が解く「心の境界線」
*3 STUDY HACKER|「感じがいい人」は "あの言葉" を絶対に使わない。相手をダブルバインドの状態にさせない言い方とは?
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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