仕事に勉強に忙しい毎日のなかで、「これがあるから頑張れる」と思える存在はありますか?
アイドルや俳優、アニメのキャラクター、動物や植物、さらには仕事道具やカフェのラテアートまで——人でもモノでも、自分が心から愛し、応援したくなる「推し」があると、人生にちょっとした彩りが生まれます。
いわゆる「推し活」とは、愛でたり、応援したりする活動のこと。
一見ただの趣味や娯楽のようにも思えますが、じつはこの推し活が、私たちの脳や心に驚くほどポジティブな影響を与えていることが近年の心理学・脳科学の研究で明らかになってきました。
本記事では、仕事や毎日に前向きなエネルギーをもたらす「推し活的習慣」の可能性について、科学的視点と実践例を交えてご紹介します。
脳の報酬系とは
私たちが「嬉しい!」「またやりたい!」と感じるとき、脳内ではどんな反応が起きているのでしょうか。
その鍵となるのが、「報酬系」と呼ばれる脳の神経回路です。
この「報酬系」は、達成感や快楽といったポジティブな感情に深く関係し「もっとやりたい」という意欲を駆りたてます。
このときに分泌されるのが「ドーパミン」と呼ばれる神経伝達物質。
「ドーパミンとは、脳の中で分泌される神経伝達物質で、“報酬系ホルモン”とも言われ」、「物事にハマッたり、状況をより良くしようという原動力になる」ものだと説明するのは、大脳生理学者で医学博士の故久保田競氏。*1
- 自分が提案した施策が採用され、成果につながった
- 学んだ知識を活かしてクライアントとの商談がうまくいった
- タスクの優先順位を整理して、定時での退勤に成功した
このようになにかを達成したときにドーパミンが分泌されます。
同氏によると、ドーパミンは回数が多いほどよく出やすくなり、「次は◯◯を目指そう」「新たな挑戦をしてみよう」といった前向きな行動を促す作用があるのだそう。*1
よく「目標は小さく分割して、成功体験を積み上げよう」と言われますが、積み上げられた成功体験がドーパミンを分泌させて、私たちを成長へと導いているのです。
推し活の心理学的効果
ドーパミンの分泌は、勉強や仕事といった場面にとどまりません。
自分の好きな人やものに熱中する「推し活」でもドーパミンが分泌されます。
「楽しい『ごほうび』が、ドーパミンサイクルを回す」のです。*1
たとえば、応援しているアーティストのライブに行ったり、グッズを買ったりといった推し活は、「嬉しい」「楽しい」と脳にポジティブな刺激を与え、ドーパミンを分泌させます。
実際に、野村総合研究所 未来創発センターの研究レポートでは、推し活と幸福度の関係が次のように明らかになりました。
- 推し活をしていない人の幸福度は20.9%であるのに対し、推し活している人の幸福度はそれ以上である
- 推している数が1つの人の幸福度は31.8%、2つの人は40.7%、3つの人は42.2%と、数が増えるほど幸福度が上がる
- 推し活を個人で楽しんでいる人の幸福度は30.2%であるのに対し、家族で共通の推し活をしている人の幸福度は48.8%と向上する *2
心理学者マーティン・セリグマン氏が提唱した「PERMAの法則(幸福度を構成する5つの要素)」に「前向きな感情」と「時間を忘れるほど没頭すること」がありますが、これは推し活で得られる要素とも言えるでしょう。*2
筆者にも推しているアーティストがいますが、彼らが活躍する様子から希望をもらえて前向きな気持ちになることが多いです。
そしてそれが、筆者の幸福度にもつながっていると実感しています。
さらに、脳神経内科はつたクリニック院長の初田裕幸氏が行なった次の研究から、推し活は幸福度を高めるだけでなく、健康にもいいことが明らかになりました。
被験者:物忘れ外来に通院する男女855人
調査内容:プロスポーツの勝敗と認知症症状の関連
調査期間:阪神タイガース優勝の翌日(令和5年9月15日)から年末にかけて
【結果】
- 阪神タイガースファンの軽度認知症患者:攻撃的な暴言や昼夜逆転などの症状が改善
- スポーツ観戦しない人や、ひいきのチームがない人:症状に変化がないか、悪化の傾向 *3より筆者がまとめた
この結果をふまえて初田氏は、ひいきのチームの勝利でプラスの感情が積み重なり、ほかのストレスに強くなったのだろうと述べています。*3
たしかに筆者も、嬉しいことや楽しいことに没頭すると、ネガティブな気持ちからいったん距離をとれるので、冷静になれたり気持ちを切り替えられたりしました。
推し活は幸福度だけでなく、ストレスへの耐性も高めるのです。
「推し活的習慣」とは
「推し活と言っても、アイドルやスポーツには興味がないし、推せるものがない」
と思われる人もいるかもしれません。
しかし、「推し」は人でなくてもいいのです。
東北大学加齢医学研究所教授で医師の瀧靖之氏は、「推し」がない人は「自分は何をしているときにワクワクしているのか振り返ってみて」とすすめます。*4
たとえば筆者は、次のように夢中になっていることが推し活的習慣につながっています。
- 刺しゅうや編み物に夢中になるうちに好きな作家を見つけ、その人が販売しているキットを集めるようになった
- 植物育成にハマっているうちに、SNSでその植物に詳しい人を見つけ、その人が発信する情報を追うようになった
- 鳥好きが昂じて、外出時は季節の野鳥を探すようになった
ワクワクすること、好きなことを徹底的に楽しむことは、「ドーパミンの好循環」をもたらすのです。
仕事に追われて疲弊したとき、あるいはキャリアの停滞感に悩んだとき、誰しも「このままでいいのか」と立ち止まりたくなる瞬間があるはずです。
そんなとき、推し活的習慣はただの気分転換以上の役割を果たしてくれます。
たとえば、
- 朝、好きな音楽を聴くことで気持ちを整える
- 昼休みに推しの最新情報をチェックしてリフレッシュする
- 帰宅後に趣味の時間を取ることで1日をポジティブに締めくくる
そんなささやかな工夫が、やがて大きな「前向きのスパイラル」へとつながります。
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人生における「推し」とは、何もアイドルや俳優に限ったものではありません。
自分の内面がわくわくし、少しでも前向きになれるもの——それを見つけ、日々のルーティンに組み込んでいくことが、私たちの幸福度を高め、脳を活性化させ、仕事への意欲すら変えていきます。
あなたもぜひ、自分なりの「推し活的習慣」を今日から始めてみてください。
※引用の太字は編集部が施した
*1 日経xwoman|「推し」で毎日が輝く!報酬系ホルモンドーパミンとは?
*2 野村総合研究所 未来創発センター|データでみる日本人の幸福なライフスタイル
*3 The Sankei Shimbun|「推し活」がつくる幸福感 阪神優勝で認知症患者の症状改善、プラス感情でストレス耐性か
4 健活手帖|推し活で健康になる(3)~“推し”がいない人も「ワクワク」で脳は変化・成長する
澤田みのり
大学では数学を専攻。卒業後はSEとしてIT企業に勤務した。仕事のパフォーマンスアップに不可欠な身体の整え方に関心が高く、働きながらピラティスの国際資格と国際中医師の資格を取得。日々勉強を継続しており、勉強効率を上げるため、脳科学や記憶術についても積極的に学習中。