「グレーのスーツを着ると、いつも商談がうまくいく」
「メールの返信が遅いのは、あの人に嫌われているからだ……」
──そんなふうに、たまたまの出来事を「きっと意味がある」と感じた経験はありませんか?
じつはこれ、人間に備わった認知の働きによるもの。
私たちの脳は、偶然のなかに「つながり」や「因果関係」を見出し、意味を創り出すようにできているのです。*1
この性質は、人類が進化の中で獲得してきた重要な力でもあります。複雑な世界を理解し、他者の意図を読み取るうえで、大きな役割を果たしてきました。*1
しかし──
これが行き過ぎると、「意味の過剰投影」となり、ビジネスの現場で誤解や判断ミスを招くことがあります。
だからこそ必要なのは、「これはたまたまかもしれない」と立ち止まれる冷静さ。本記事では、そんな思い込みグセとうまく付き合うための視点をご紹介します。
偶然に振り回されず、物事をそのまま見つめるために。あなたの思考に、ちょっとした余白を加えましょう。
意味の過剰投影とビジネス上のリスクとは?
私たちの脳は偶発的な出来事に対して何らかの意味やパターンを見出そうとする傾向があります。
認知心理学を専門とする、立命館大学 総合心理学部 教授の高橋康介氏らが2017年に発表した論文では、次のように述べられています。*1
人はノイズをノイズのまま、偶然を偶然のまま無意味なものとして認識するのではなく、ノイズに有意味なパターンを知覚し、偶然の事象に因果を認識する
(人は、ただのノイズや偶然の出来事を「意味のないもの」として受け取るのではなく、そこに何らかのパターンや理由を感じとろうとする傾向があります)
そんな、本来まったく関係がないこと同士を結びつけてしまうクセが「意味の過剰投影」です。
ビジネスにおいてこのクセが強くなると、下記のような誤った判断によるトラブルを招くリスクがあります。4つ例を挙げましょう。
よくある「意味の過剰投影」の例
- 例①:「グレーのスーツを着ると商談がうまくいく」
一度の成功体験をラッキーアイテムと信じ込み、状況に応じた判断ができなくなる。
- 例②:「メールの返信が遅いのは嫌われているからだ」
相手の都合を考えずに思い込みで関係をこじらせてしまう。
- 例③:「朝の占いがネガティブだった=今日はうまくいかない」
気分が引っ張られ、本来の力を出せなくなる心理的バイアス。
- 例④:「会議でメモをとってくれない=自分の案に興味がない」
一面的な解釈で自信を失い、関係に溝をつくってしまう。
このように、「意味のない偶然」に「意味あるサイン」を見出してしまうのが、意味の過剰投影です。
冷静に「偶然」を受け止めるためのチェックリスト
では、過剰に意味を見出すクセから自由になるには、どうすればいいのでしょう?
じつは――
何か特別なことが必要なわけではありません。大事なのは、「意味づけに慎重になる姿勢」です。
認知心理学を専門とする信州大学 人文学部教授の菊池聡氏は、このように指摘します。
科学の発展などにおいて、偶然の一致が重要な役割を果たすこともある。だが――その一方で、何の裏付けもない「偶然の一致」を、背景にまるで何かがあったかのように思い込み、なんとなくうまくまとめてしまうことがある。*2
そして、こう伝えています。
こうした「心の動きを客観的に捉える力」は、心理学ではメタ認知と呼ばれ、成功する人の資質のひとつとされている。*2
つまり、「この偶然には意味がある」とひらめいても、メタ認知を働かせ、その根拠を確かめる習慣を身につけることが大切なのです。
そこで、菊池聡氏の指摘をもとに、第三者の視点で生成AI(ChatGPT 4o)にチェックリストを作成してもらいました。
以下のように、思い込みを検証するための問いかけをいくつか用意しておくことで、「偶然を深読みしてしまうリスク」から少し距離を取れるようになるはずです。
≪チェック項目≫
チェックリストを実際に取り入れてみた
前章でご紹介したチェックリストを、筆者も実践してみました。その流れをお伝えします。
1:【出来事】
オンライン会議の冒頭、ある上司が終始無言だった。「あれ、機嫌が悪いのかな」「自分の企画が気に入らなかったのかも」と不安になった。
2:【意味づけ】
「私の案をよく思っていないから、リアクションしなかったんだ」と解釈していた。
3:【メタ認知始動】
チェックリストを使ってふりかえる
4:【まとめ】
チェックリストを使ったことで、「私の案が悪かったのでは」という思い込みは、じつは「偶然の一致」に過ぎなかったことに気づけた。
自分の不安を根拠に意味づけしていたことに気づき、次回以降は「反応が薄い=否定された」と短絡的に判断しないようにしようと思った。
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今回は「意味の過剰投影」が、ビジネスの判断ミスにつながる可能性について、そして、その思い込みに気づくためのチェックリストをご紹介しました。
私たちは皆、偶然の出来事に「意味」を感じてしまうものです。それ自体は人間らしい自然な働きですが、時にはその直感が、冷静な判断を曇らせてしまうこともあります。
そんなときこそ、「これは本当に意味のあることなのか? それとも、たまたまの一致かもしれない」と立ち止まる視点が必要です。
ぜひ、このチェックリストを、日々の思考のそばに置いてみてください。
*1: 日本認知科学会 |過剰に意味を創り出す認知:ホモ・クオリタスとしての人間理解へ向 けて
*2: PRESIDENT Online|ありえない偶然はなぜ起こるか?
上川万葉
法学部を卒業後、大学院でヨーロッパ近現代史を研究。ドイツ語・チェコ語の学習経験がある。司書と学芸員の資格をもち、大学図書館で10年以上勤務した。特にリサーチや書籍紹介を得意としており、勉強法や働き方にまつわる記事を多く執筆している。