冷蔵庫も電池も作る会社が、化粧品のクチコミサイトで1位を取ってきた。Panasonic Beautyという「別の会社」の話【新人さんのためのマーケティング講座 Season9 vol.10】

パナソニックナノケアが8万5000円のドライヤーを化粧品の文法で売り家電の価格の天井を外した戦略解説

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season9

Season8では「機能から情緒へのドメイン再定義」を20社の事例で深掘りしました。
Season9でも引き続き、現代のマーケティングの本質を事例で解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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ドライヤーに、いくらまで出せますか。3,000円で実用的なものが買えて、1万円も出せば十分に高級。少し前まで、多くの人の相場観はそのあたりではなかったでしょうか。

2024年9月、パナソニックはヘアードライヤー ナノケアの新ライン「nanocare ULTIMATE」を発売しました。上位モデルEH-NC80の市場想定価格は85,000円前後。*1 *2 数千円で買えるはずのカテゴリーで、桁がひとつ違う値付けです。それでも話題を集め、ナノケアシリーズは国内ドライヤー出荷台数シェア12年連続1位、累計販売1,700万台を続けています。*1

背後にあるビューティ・パーソナルケア事業は、売上高が2021年度の1,488億円から2024年度に1,686億円へ成長し、2030年度に3,000億円を目指す成長事業です。*6 *7 家電が価格競争に苦しむ時代に、なぜドライヤーは価格の天井を外せたのか。20年かけて仕込まれた設計を解剖します。

家電の文法を捨て、化粧品の文法で売る

最初の鍵は、売り方の載せ替えにあります。

パナソニックの美容家電の系譜は古く、1990年には「エステジェンヌ・イオンスチーマー」を開発しています。*3 転機は2004年。スチーマーを「ナノケア」ブランドとして刷新し、翌2005年にナノイー技術を搭載した初代ドライヤー ナノケアを発売します。*3 *4 変わったのは製品だけではありません。ナノケア発売後は、実際に商品を使う女性がマーケティングや企画・開発を担当する体制になったのです。*3

当時の担当者は、狙いをこう語っています。「女性が欲しいのは、メーカー側からの情報じゃなくて、使った人のリアルな情報。ほかの家電製品とは売り方が違うんです」。*4 スペック表で比較させる家電の文法ではなく、使った人の実感がクチコミで広がる化粧品の文法で売る。結果、ナノケアは@cosmeの美容家電部門で連続1位を獲得するなど、美容の情報圏の中で評判を広げました。*4

この載せ替えが、価格に決定的な影響を与えます。量販店の棚で他社のドライヤーと並べば、比較されるのは風量と価格です。しかし美容の文脈で語られる製品の比較対象は、エステであり、美容院のトリートメントであり、化粧品です。1回数千円から1万円のサロンケアと比べれば、毎日使えて何年も持つ85,000円は「高い道具」ではなく「毎日できる自己投資」に変わる。参照点が動けば、同じ価格の意味が変わるのです。2014年からはターゲットを20代にまで広げ、「忙しいひとを、美しいひとへ。」と、道具の性能ではなく生き方の側から語りかけてきました。*6

ここから引き出せる原理は、こうまとめられます。価格の天井を決めているのは、製品の原価ではなく、顧客の頭の中の比較対象である。競合の定義を変えることが、価格の天井を外す、ということです。

Panasonic Beautyがナノイー技術ブランドで総合家電メーカーの中に美容専用の別会社を育てた構造とブランド戦略

巨大企業の中に「別の会社」を作る

もうひとつの鍵は、ブランドの置き方です。

パナソニックは冷蔵庫から電池まで扱う総合家電メーカーですが、美容領域では「Panasonic Beauty」というブランドを立て、別の文法で運営しています。表参道に体験施設を構え、会員制コミュニティ「ヘアサプ by Panasonic Beauty」でヘアケア情報の交流やイベントを行う。*1 家電の売り方というより、化粧品ブランドの顧客との付き合い方に近い設計です。

製品群を束ねるのは、ナノイーという技術ブランドです。ドライヤー、スチーマー、ストレートアイロンと、ヘアケアからフェイスケアまでを同じ技術の物語で串刺しにする。単発のヒットではなく、技術に信頼を積み上げ、カテゴリーをまたいで使い回す構造です。2022年からは製造・開発・商品企画・マーケティングをひとつのユニットに揃え、コンセプトから売り方までを一貫させる改革も行われています。*6

この設計は、性別も市場も越えます。男性向けでは、手のひらサイズのシェーバー「ラムダッシュ パームイン」がヒットし、2026年7月にはシリーズを拡大。あわせて男性向け化粧品やスキンケアといった非家電領域への進出を発表し、メンズ美容のグローバル販売額を2030年度までに1.5倍にする目標を掲げました。*8 中国では2007年からナノケアドライヤーを販売し、2012年に3万台だった販売台数が2017年には80万台へ。家電事業を率いた本間哲朗氏は「最高級のドライヤーが一番の売れ筋商品だ」と語っています。*5 毛質が近いアジアで、事業は2027年度のNo.1を目標に据えています。*7

その最上位に置かれたのがnanocare ULTIMATEです。事業部長の南波嘉行氏は狙いを「『高級ドライヤーといえば、パナソニックである』という評価をターゲットとする人たちに定着させ、そうした人たちから情報が発信される状況を作りたい」と説明し、グローバル展開を視野に入れた製品であることも明かしています。*9 20年かけて築いた第一想起の頂点に、価格の旗を立てる。巨大企業の中に、文法の違う「別の会社」を育てた成果ではないでしょうか。

項目 従来の家電の売り方 Panasonic Beautyの構造
比較のされ方 スペックと価格で比較される 美容の文脈でクチコミされる
競合の定義 同じカテゴリーの家電 エステ・美容院・化粧品
ブランドの置き方 会社の看板で全製品を売る 美容専用ブランドを立てる
ヒットの作り方 単発のヒットを狙う 技術ブランドで20年積み上げる

競合をエステや美容院に再定義して比較対象を変えることで価格の天井を外すマーケティング視点まとめ

自分の商品は、何と比較されているか

この事例が突きつけるのは、「自分の商品は、何と比較されているか」という問いです。

同じカテゴリーの中で比較されている限り、価格競争から逃れることはできません。棚の隣の競合と1円単位で削り合う消耗戦は、体力のある会社しか勝てないゲームです。しかし顧客の生活には、別の支出があります。サービスへの支出、体験への支出、習慣への支出。自分の商品がそれらと比較される文脈に載せ替えられたとき、価格は「高い・安い」ではなく「何の代わりになるか」で測られます。ドライヤーがエステと比較された瞬間に、85,000円の意味が変わったように、です。

なお、この連載のロジクール回で扱った「単価を上げる話」とは機序が違います。あちらは同じ土俵の上で、仕事道具としての格を上げる話でした。今回は土俵そのものを降りて、比較される相手を変える話です。格上げは性能の説得で実現できますが、土俵の載せ替えには、売り場・語り手・情報の流れる場所まで含めた文脈の設計が必要です。ナノケアが20年かけて美容の情報圏に住み続けたのは、そのためです。

今日からできることとして、自社商品の「本当の競合」を書き出してみてください。顧客はこの商品を買わなかったとき、代わりに何にお金を使うのか。同業他社の製品か、それとも別のサービスや習慣か。後者の答えが見つかったなら、そこにはまだ誰も参照していない価格の物差しが眠っているかもしれません。

nanocare ULTIMATEとPanasonic Beautyの20年の設計から学ぶ土俵を変えて価格天井を外す戦略まとめ

 

【本記事のまとめ】

1. 家電の文法を捨て、化粧品の文法で売る
2004年のナノケア刷新で、パナソニックは製品だけでなく売り方を変えた。「女性が欲しいのは、メーカー側からの情報じゃなくて、使った人のリアルな情報」という言葉のとおり、美容のクチコミで広がる設計にした結果、比較対象が他社ドライヤーからエステや化粧品に変わり、85,000円が「毎日できる自己投資」として受け入れられた。競合の定義を変えることが、価格の天井を外す。

2. 巨大企業の中に「別の会社」を作る
総合家電の中に「Panasonic Beauty」を立て、ナノイーという技術ブランドで製品群を串刺しにし、体験施設やコミュニティまで化粧品ブランドの文法で運営する。ラムダッシュ パームインなどメンズ美容へも展開し、中国では最高級モデルが一番の売れ筋に。20年かけて「美容家電といえばパナソニック」という第一想起を築いた。

3. 自分の商品は、何と比較されているか
同じカテゴリーの中で比較されている限り価格競争から逃れられない。顧客の生活の中の別の支出(サービス・体験・習慣)と比較される文脈に載せ替えられれば、価格の意味が変わる。ロジクール回の「道具の格上げ」とは機序が違い、土俵の載せ替えには文脈の設計が必要。自社商品の「本当の競合」を書き出してみよう。

よくある質問(FAQ)

文脈の載せ替えは、どんな商品でも可能なのでしょうか?

前提がひとつあります。載せ替えた先の文脈で語るに値する、本物の実力です。ナノケアが受け入れられたのは、ナノイーという技術と20年の改良があり、使った人が実感を語れたからです。中身が伴わないまま文脈だけ変えると、クチコミの世界では逆に酷評が広がります。まず載せ替え先の文脈で評価される品質基準(家電ならスペックではなく仕上がりの実感)を明確にし、製品をその基準で磨き、そのうえで売り場や語り手を変える。文脈の載せ替えは、看板の掛け替えではなく、評価基準の引っ越しです。

大企業の中で「別の文法のブランド」を立てるには、何が必要ですか?

最大の障壁は、社内の共通ルールです。全社共通の販促の型、価格設定の慣行、成功の評価軸が、別の文法を静かに殺していきます。Panasonic Beautyは、実際に商品を使う人が企画やマーケティングを担う体制を作り、のちに製造から売り方までをひとつのユニットに揃えました。権限をカテゴリー単位でまとめて渡す考え方が参考になります。新人でも、担当商品に「標準的な売り方が合っているのか、別の文法が必要なのか」を見立てて提案することは今日からできます。

高価格帯に挑戦すると、既存の手頃な価格帯の顧客が離れませんか?

価格帯ごとに役割を分ければ、両立できます。ナノケアは複数の価格帯を持ち、最上位のULTIMATEには「高級ドライヤーといえばパナソニック」という評価を作る旗艦の役割があります。最上位が憧れを作り、その信頼が中位・普及価格帯の選ばれやすさを支える構造です。逆に、安売りから入ってあとから高価格帯に上がるのは、参照点が「安いブランド」に固定されるため難易度が上がります。価格の階段は、上から作るほうが設計しやすいのです。

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season9

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【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社 代表取締役。
1977年生まれ、福岡県出身。同志社大学文学部英文学科卒業。2010年に株式会社恵学社(現・株式会社イングリッシュカンパニー)を創業。2014年に学習メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ、編集長を通算10年以上務める。STUDY HACKERは最大で月間500万PV、STUDY HACKERのInstagramは月間700万PV、フォロワー28万人(2026年10月7日時点)。2026年に新恵社を設立し、自社のメディアで読者と直接つながる「広報のD2C」を掲げる。著書に『勉強の戦略』(朝日新聞出版)など。
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