大事なプレゼン。「完璧な資料」を作り込み、何度も練習を重ね、準備は万全。
なのに、いざ本番を終えてみると聴衆の反応はイマイチ……。手ごたえを感じられず「何がいけなかったんだろう……」とモヤモヤした経験はありませんか?
もしかしたらその原因は、プレゼンの「ピーク」と「エンド」にあるかもしれません。
人の記憶にはクセがあり、「ピーク」と「エンド」に大きく左右されるという性質があるのです。
この記事では聴衆の心を掴んで離さないプレゼンのための「ピークエンドの法則」活用術を紹介。「ピーク」と「エンド」を磨き上げればあなたのプレゼンはもっと聴衆の記憶に残り彼らの心を動かすものに変わるはずです。
- あなたのプレゼン、聴衆の記憶に残ってる?
- 聴衆の心を掴む「ピークエンドの法則」とは?
- なぜ「ピーク」と「エンド」が重要なのか?:プレゼンにおける聴衆心理
- 「ピークエンドの法則」を、プレゼンに応用する4つの戦略
- スティーブ・ジョブズの伝説のスピーチ
- 「ピーク」と「エンド」を制する者は、プレゼンを制す
あなたのプレゼン、聴衆の記憶に残ってる?
多くの人がプレゼンで「何を話すか」に注力し、話す内容を練り上げることに多くの時間を費やします。もちろん話す内容が重要なのは言うまでもありません。しかし「どう記憶に残すか」を軽視しがちなのも、また事実です。
せっかく良い内容を準備しても聴衆の記憶に残らなければ、あなたの努力は十分に報われません。どんなに素晴らしいアイデアも、どんなに熱い想いも相手に伝わらなければ意味がないのです。
人がもつ記憶の「クセ」。そのクセを理解し、うまく利用すればあなたのプレゼンはもっと効果的に聴衆の心に響くものに変わるのです。
聴衆の心を掴む「ピークエンドの法則」とは?
ここで紹介したいのが「ピークエンドの法則」です。
これは、人は経験の「ピーク(最も感情が動いた瞬間)」と「エンド(終わり方)」によってその経験全体を評価する傾向があるという法則です。
この法則は行動経済学の第一人者でありノーベル経済学賞受賞者でもあるダニエル・カーネマン博士の研究によって実証されています。
カーネマン博士の「冷水実験」(1993年)
カーネマン博士は被験者に冷たい水に手を浸してもらう実験を行いました。実験1: 60秒間、14℃の冷水に手をつける
実験2: 60秒間、14℃の冷水につけた後、さらに30秒間少しだけ水温を上げた水(例えば15℃)につける
この2つの実験の後に「どちらの実験をもう一度やりたいですか?」と質問したところ、より長く冷水につけ、苦痛の総量が多いはずの「実験2」を選ぶ被験者が多かったのです。
これは「実験2」の方が「終わり(エンド)」の苦痛が少しだけ小さかったからだと考えられます。つまり人は苦痛の総量ではなく「ピーク」と「エンド」の印象で経験を判断する傾向があるということ。
この他にも「ピークエンドの法則」は、様々な研究で実証されてきました。
私たちの脳はすべての情報を記憶するのではなく重要な部分を効率的に記憶しようとします。その結果「ピーク」と「エンド」といった感情が大きく動いた瞬間や直前の出来事が記憶に残りやすくなるのです。
なぜ「ピーク」と「エンド」が重要なのか?:プレゼンにおける聴衆心理
では、プレゼンにおいて「ピーク」と「エンド」は具体的にどのような意味を持つのでしょうか?
まず「ピーク」とは聴衆の感情が最も動く瞬間です。驚き、感動、笑い、共感など聴衆の心を揺さぶるいわばプレゼンの「見せ場」と言えるでしょう。
一方「エンド」とはプレゼンの締めくくり最後のメッセージです。ここで聴衆にどのような印象を残せるかが、プレゼン全体の評価を大きく左右します。
これらの、「ピーク」と「エンド」の印象が良ければ聴衆はあなたのプレゼンを「良いプレゼンだった」と評価し逆に「ピーク」や「エンド」の印象が悪いと「イマイチなプレゼンだった」と感じてしまう可能性が高いのです。
「ピークエンドの法則」を、プレゼンに応用する4つの戦略
それでは「ピークエンドの法則」をあなたのプレゼンにどのように応用すれば良いのでしょうか? ここでは具体的な戦略を4つ紹介します。
戦略1:心を掴む「ピーク」をつくる
まず目的を明確にしましょう。聴衆に何を伝え、どんな行動を促したいのか。また、聴衆の属性(年齢層、関心事など)を把握することも大切です。・印象的な体験談: 共感を呼ぶ具体的な事例を紹介する
・クイズや質問: 聴衆を巻き込み、記憶に残りやすくする
・適度なユーモア: 緊張をほぐし、親近感を与える
・ストーリー展開: 感情に訴える効果的な語り口を心がける
戦略2:印象に残る「エンド」を演出する
最後は簡潔な要約と印象的なメッセージで締めくくります。・感謝の気持ち: 聴衆への謝意を伝える
・具体的な行動: 「〇〇をしましょう」など、明確な呼びかけをする
戦略3:効果的な構成で魅せる
「起承転結」や「序破急」を意識し、「ピーク」は中盤から後半に配置。徐々に盛り上げていく展開を心がけます。ただし、情報は詰め込みすぎないように注意が必要です。戦略4:演出で印象を強める
「ピーク」では視覚的なインパクト(写真、動画など)と声の抑揚を意識します。「エンド」では重要メッセージを大きく表示し、適切な間を使って印象付けます。スティーブ・ジョブズの伝説のスピーチ
「ピークエンドの法則」を巧みに活用したプレゼンとして歴史に残るのが2007年、初代iPhoneの発表会です。
スティーブ・ジョブズはまず冒頭で、
今日は3つの革新的な製品を発表します。1つ目はタッチパネル式のワイドスクリーンiPod。2つ目は革新的な携帯電話。そして3つ目は飛躍的なインターネット端末です
と聴衆の期待をかき立てる言葉を投げかけました。そしてこれら3つが別々の製品ではなく、一つのデバイス「iPhone」であることを発表。ここが「ピーク」と言えるでしょう。
さらに当時の常識を覆すマルチタッチインターフェース、洗練されたデザイン、そして直感的な操作性を実演を交えて紹介することで聴衆の心を完全に掴みました。
そして最後に
「今日アップルは電話を再発明します。それがこれです。」
という言葉と共にiPhoneの実機を掲げ歴史的なプレゼンテーションを締めくくったのです。
このプレゼンでは、「ピーク」をどこに持ってくるか、そして「エンド」をどう締めくくるか、その重要性が如実に示されています。
「ピーク」と「エンド」を制する者は、プレゼンを制す
「ピークエンドの法則」を理解しプレゼンに応用することで聴衆の心を掴み強い印象を残すことができます。「ピーク」と「エンド」を意識的にデザインすること。それこそがプレゼン成功のカギを握っているのです。
この法則はプレゼンだけでなく顧客対応、商品開発、マーケティング、教育、そして日常の人間関係など様々な場面で応用できます。
***
あなたも「ピーク」と「エンド」を磨き上げ自分の想いを効果的に伝える技術を身につけませんか? きっとあなたのプレゼンは聴衆の記憶に深く刻まれ彼らの心を動かす特別なものに変わるはずです。そしてその変化はあなたの人生をより豊かに、より実りあるものへと導いてくれることでしょう
Kahneman, D., Fredrickson, B. L., Schreiber, C. A., & Redelmeier, D. A. (1993). When more pain is preferred to less: Adding a better end. Psychological science, 4(6), 1401-405.
YouTube アップル公式チャンネル|Steve Jobs introducing the original iPhone at MacWorld 2007
大谷佳乃
「なぜ?」という疑問を大切に、日常に潜む人とモノとの関係性を独自の視点で読み解くライター。現在は、私たちが何かを選ぶときに働く「見えない力」に注目し、そのメカニズムを探求中。休日は、古書店で先人たちの知恵に触れるのが、自分にとっての「特別な時間」。