
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season4
Season3までは、事例を中心にマーケティングの原則を学んできました。
Season4では、Season3だけではご紹介しきれなかった事例をさらに発展的に取り上げていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】|▶ Season 3【全20回まとめ】
1980年4月。大塚製薬から、ある飲料が発売されました。
245ml缶で120円。当時のコカ・コーラ(250ml)が100円ですから、やや割高です。味も「摩訶不思議」と評され、商品名には「スエット=汗」の文字。
そして何より異質だったのが、缶の色でした。
当時の飲料パッケージは赤、オレンジ、黄色といった暖色が常識。青は「食欲を削ぐ」「不味そうに見える」として、業界では明確なタブー色とされていました。*1
ところがポカリスエットの缶は、鮮やかなマリンブルー。流通関係者からは「オイル缶みたい」と揶揄されたといいます。*2
しかし45年経ったいま、あの青は「夏」「さわやかさ」「水分補給」の代名詞になっています。なぜタブーの色が、国民的ブランドの象徴になり得たのか。そこには、色の「常識」を逆手に取った周到な戦略がありました。
「味」ではなく「機能」と「情緒」を売る
大塚製薬が青を選んだのは、単なる逆張りではありません。
ポカリスエットの開発コンセプトは「飲む点滴」。出張先のメキシコで脱水症状になった研究員が、「体液に近い組成の飲み物があれば」と着想したのが始まりです。*3
つまりポカリスエットは、最初から「おいしいジュース」ではなく「失われた水分とイオンを補給する健康飲料」として設計されていた。
この時点で、既存の飲料のルールに従う必要がなくなります。
暖色系のパッケージは「おいしそう」「甘そう」という食欲の文法です。しかしポカリスエットが伝えたかったのは「おいしさ」ではなく、清涼感、清潔感、そして「水」としてのピュアさ。
デザイナーが選んだのは、「生命の源である海の青と、波を表す白」でした。*4
パッケージに描かれた白い波形は、実はポカリスエットと真水の吸収スピードを比較したグラフの曲線を象徴化したもの。*5 見た目の美しさだけでなく、「体に速く届く」というコンセプトそのものがデザインに込められていたのです。

色彩心理・シグナリング・カテゴリーリフレーミング
ここからは、この「青」の戦略を3つの心理メカニズムで読み解いてみましょう。
① 色彩心理——「製薬会社」としてのブランドを色で語る
色彩心理学の研究では、青は「信頼性」「誠実さ」「知性」を連想させる色とされています。*6
FacebookやTwitter(現X)、サムスン、IBMなど、テクノロジー企業や金融機関に青が多いのはこのためですね。
大塚製薬は飲料メーカーである以前に、製薬会社です。「医療の知見で作った、体のための飲料」——そのブランド価値と、青が持つ「信頼・清潔・科学的」というイメージが見事にリンクしていたのです。
② シグナリング——一瞬で「これはジュースではない」と伝える
自動販売機には何十本もの飲料が並んでいます。消費者がひとつの商品を見る時間は、ほんの数秒。
その数秒で「これは他のジュースとは違う何かだ」と脳に伝えるには、「違い」がひとめでわかるシグナルが必要です。*7
暖色ばかりの自販機のなかに突然現れた真っ青な缶。それ自体が、言葉を使わずに「私はジュースではありません」と語る強烈なシグナルになっていたのです。
③ カテゴリーリフレーミング——「飲み物」の定義を書き換える
ポカリスエット以前、飲料は「おいしいから飲むもの」でした。
大塚製薬はそのフレーム(認識の枠組み)を、「失われた水分とイオンを補給するもの」という機能的フレームへ書き換えました。*8
青いパッケージはこの「カテゴリーリフレーミング」の視覚的宣言だったのです。「イオン飲料」というまったく新しい市場カテゴリーを、既存の「ジュース」と混同させないための装置。
| 心理メカニズム | ポカリスエットでの作用 |
|---|---|
| 色彩心理 | 青が持つ「信頼・清潔・科学的」のイメージを、製薬会社のブランドと接続 |
| シグナリング | 暖色だらけの売場で「これはジュースではない」と一瞬で脳に伝達 |
| カテゴリーリフレーミング | 「おいしいから飲む」を「体に必要だから飲む」へ、認識の枠組みごと書き換え |
この3つが重なったことで、ポカリスエットの「青」は単なる色の選択ではなく、新しいカテゴリーを市場に宣言するための戦略装置として機能しました。

業界のタブーにこそ、最大のヒントが眠っている
さて、ここからは新人マーケターであるあなた自身の仕事に引き寄せてみましょう。
あなたの業界に、「みんながこうしているから」という理由だけで守られている常識はありませんか?
その常識が合理的な根拠に基づいているなら、守るべきでしょう。しかし、「なんとなく前例踏襲しているだけ」なら、そこにはチャンスが隠れているかもしれません。
ポカリスエットが教えてくれるのは、タブーを破ること自体が目的なのではない、ということです。
大塚製薬は「飲む点滴」というコンセプトを正確に伝えるために、青を「選ばざるを得なかった」。デザイナーの細谷巖氏は「デザインは本質を表現するもの」という信念のもと、タブー色を採用した。*9
つまり、本質(コンセプト)が先にあり、その必然として常識が破られたのです。
あなたが何かの「当たり前」を疑うとき、問うべきはこの一点です。
「この常識を破ることは、自社の本質をより正確に伝えることにつながるか?」
答えがイエスなら、それは単なる奇策ではなく、新しいカテゴリーを作るための第一歩になるはずです。

【本記事のまとめ】
1. ポカリスエットは、飲料業界のタブー色「青」を選んで成功した
「おいしそうに見せる」ための暖色を避け、「体のための飲料」であることを色で宣言した。
2. 青は「逆張り」ではなく「コンセプトの必然」だった
「飲む点滴」というコンセプトを正確に伝えるために、清涼感・清潔感・信頼性を持つ青が選ばれた。
3. 3つの心理メカニズムが同時に機能していた
色彩心理(信頼)、シグナリング(識別)、カテゴリーリフレーミング(再定義)が重なり、新しい市場カテゴリーが生まれた。
4. 業界のタブーにこそ、カテゴリー創造のヒントがある
ただし、破るべきは「本質を伝えるための必然」がある常識だけ。奇をてらうだけの逆張りは長続きしない。
よくある質問(FAQ)
ポカリスエットは発売当初から売れていたのですか?
いいえ。発売初年度はほとんど受け入れられませんでした。「味が摩訶不思議」「パッケージが異質」と市場は戸惑い、流通も否定的でした。大塚製薬は初年度に約3,000万本を無償配布し、サウナや野球場など「汗をかく場所」で飲んでもらうことでコンセプトを体感させる戦略を取りました。その結果、発売2年目の夏に爆発的なヒットとなり、「イオン飲料」という新しい市場カテゴリーを確立しました。
色彩戦略は飲料以外の業界でも使えますか?
もちろん使えます。色彩によるカテゴリーシグナリングはあらゆる業界で有効です。たとえばAppleがPC業界に「白」を持ち込んだこと、ティファニーが「ティファニーブルー」を商標登録していること、日本の高級食パン店が黒や紺のパッケージを採用していることなど、業界の暗黙の色彩ルールを意図的に破ることで「これは従来品とは違う」というシグナルを送っている事例は数多くあります。
「カテゴリーリフレーミング」と「リポジショニング」は何が違いますか?
リポジショニングは、既存のカテゴリー内でブランドの位置づけを変えることです。一方、カテゴリーリフレーミングは、カテゴリーそのものの定義を書き換えます。ポカリスエットは「清涼飲料水」のなかでの立ち位置を変えたのではなく、「飲み物=おいしさを楽しむもの」というカテゴリーの前提自体を「飲み物=体に必要な水分を補給するもの」へ再定義しました。既存市場のなかで戦うか、新しい市場を作るかの違いと言えます。
*1 J-Net21「『ポカリスエット』"汗の飲料"は2人のアイデアから始まった」。それまでの飲料パッケージは赤やオレンジなど暖色系が主流であり、青を基調とした寒色系は「売れない色」とされていた。
*2 大塚製薬オオツカ・プラスワン「ポカリスエット誕生秘話(3)」。発売当時、飲料業界ではブルーはタブー色であり、「オイル缶みたい」と言われたこともあった。
*3 大塚製薬「ポカリスエット誕生ストーリー」。出張先のメキシコで脱水症状になった研究員と、点滴液を飲む医師の姿がヒントとなり、「飲む点滴液」のアイデアが生まれた。
*4 大塚製薬「ポカリスエット製品ストーリー」。「生命のルーツである海の青と波を表す白」をイメージしたマリンブルーのパッケージ。
*5 同上。白い波形は「ポカリスエットと真水の吸収スピードを比較したグラフの曲線」を象徴化したもの。
*6 Labrecque, L. I. & Milne, G. R. (2012). "Exciting red and competent blue: the importance of color in marketing." Journal of the Academy of Marketing Science, 40(5), 711–727. 青色が「信頼性」「能力」の知覚と結びつくことを実証。
*7 Spence, C. (2016). "Multisensory Packaging Design: Color, Shape, Texture, Sound, and Smell." Integrating the Packaging and Product Experience in Food and Beverages. パッケージの色彩が購買意思決定における最初のシグナルとなることを指摘。
*8 大塚製薬は公式にポカリスエットを「スポーツドリンク」ではなく「発汗により失われた水分、イオン(電解質)をスムーズに補給する健康飲料」と定義している。
*9 大塚製薬オオツカ・プラスワン「ポカリスエット誕生秘話(3)」。「デザインは本質を表現するもの」というデザイナーの信念と、「商品コンセプトを伝える」という社長の強い意志によってブルーのデザインが採用された。パッケージ全体のリニューアルは発売2年目にグラフィックデザイナーの細谷巖が担当。ロゴデザインはタイポグラファーのヘルムート・シュミットによる。
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season4
Season3だけではご紹介しきれなかった事例をさらに発展的に取り上げていきます。
- 第1回:なぜマクドナルドは、わざわざ「割安なセット」を用意するのか?
- 第2回:なぜ私たちは、リッツ・カールトンを「最高だった」と記憶するのか?
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- 第4回:なぜディズニーは、何もない場所に「ポップコーンの匂い」を漂わせるのか?
- 第5回:なぜブルーボトルコーヒーでは、15分待たされても満足度が高いのか?
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- 第8回:なぜサイゼリヤは、インフレの時代に300円のドリアを守り抜けるのか?
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▶ Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで
▶ Season 2(全15回)はこちら|現場で成果を出すための実践スキル
▶ Season3(全20回)はこちら|現場で使える顧客心理・ブランド戦略・価格設計の本質
岡 健作(おか・けんさく)
スタディーハッカー 代表取締役社長
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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