数ページで挫折するようになってしまったら——脳の負担を減らす『戻れる1冊』読書術

読書しても内容が入ってこない女性

「学生時代は没頭できたのに、いまは数ページ読んだだけで集中が途切れてしまう」

「文字は目で追っているのに、内容がまったく頭に入ってこない」

こうしたお悩みの原因は、やる気や知性の衰えではなく脳の疲れです。大量の情報を処理し続ける脳は、新しい本に挑む余力を失っています。

そこで今回ご紹介する解決策が「戻れる1冊」というアプローチです。本記事では、すでに内容を知っていて心置きなく戻れる愛読書を、こう呼びます。

大人が本を読めなくなる理由

日中はメールやチャット対応、会議での複数議題の処理に追われる。退勤後の疲れ切った脳には、設定や人物名を覚えるキャパシティが残っていません。

医学博士で脳科学に詳しい佐藤洋平氏は、コラムのなかで「精神疲労は頭の使い過ぎから来る疲労であり、一時的なものと慢性的なものがある」と解説しています。メディアでよく耳にする"脳疲労”は、学術的にはこの精神疲労と呼ばれるもの。集中力の障害や思考の遅さといった症状を伴うとされています。*1

数ページで集中が切れたり、内容が頭に入ってこなかったりするのも、根性のせいではなく、仕事で酷使した脳の一時的な機能低下によるものです。

「知らない本」より「知ってる本」。「戻れる1冊」が脳の負担を減らす

そこでおすすめしたいのが「戻れる1冊」です。結末も登場人物も頭に入っている、内容を熟知した既読本を選びましょう。

クリエイト速読スクール二代目代表の劉智秀氏は、コラムのなかで「新しいことを学ぶ際には、スキーマを持たない状態からのスタートとなるため、大きなストレスがかかります」と述べています。*2

スキーマとは、脳内にある知識の枠組みのこと。新しい本は魅力的な反面、この枠組みがまだありません。疲れた脳には、既読本のスキーマを活用するのが有効です。

さらに、米国内科専門医・感染症専門医の安川康介氏も、効果的な学習法に関する解説のなかで、同じ文章を2回目に読むときのほうが文章に慣れてすらすら読める、と指摘しています。*3

これは再読の学習効果を検証する文脈での指摘ですが、脳がすでに展開を把握しているぶん処理の負荷が下がる点は、読書にも当てはまります。

整理すると、「戻れる1冊」はスキーマがあるため理解の負荷が少なく、文章に慣れているためすらすら読み進められます。だからこそ「戻れる1冊」なら、集中力が続かない日でも軽い負荷で読めるのです。

読書している女性

最後まで読み切れる「本の選び方」4つの条件

「戻れる1冊」の効果を得るには、本選びが重要です。選ぶ基準は、次の4つです。

1
既読で、あらすじを追う負担がゼロ結末や展開を、すでに知っていること
2
何度読んでも飽きない内容を知っていても、苦にならず楽しめること
3
区切りが良い短編集や、章立てが細かい本など、スキマ時間でも読み進めやすいこと
4
自分にとって読みやすい文章である文章が難しすぎない、リズム感が合っているなど、負担なく読めること

具体的には、1話完結の短編集や、思い出深い長編小説が候補です。学生時代の教科書や実用書も、なじみ深ければ「戻れる1冊」になり得ます。

愛読書から新規本へ! ハードルを下げる「3ステップ」のバトンパス

とはいえ、「戻れる1冊」を繰り返すだけでは、読書習慣として定着しにくいものです。リズムがつかめてきたら、少しずつ新しい本へ足を伸ばしましょう。

グロービス経営大学院研究科長の田久保善彦氏は、習慣化に関するコラムのなかで「最初は小さな目標に設定して、習慣化してきたら、少しずつストレッチした目標に設定し直す」ことを勧めています。*4

ここでいう「目標の大きさ」を、読書では「本の難易度」と捉えるとどうでしょうか。「戻れる1冊」を足がかりに、「もう少し読めそうだ」と感じたら「知っている」という支えを少しずつ手放し、負荷を段階的に上げていくイメージです。

具体的には、次の3ステップで進めてみましょう。

1
同じ著者の未読作品なじみのある文体で負荷を抑えつつ、新しい物語に触れる
2
似たジャンルの新しい本恋愛やSFなど、似たジャンルの雰囲気でハードルを下げる
3
まったく別のジャンルやビジネス書「知っている」という支えを手放す

1ページすら読み切れない筆者がやってみた結果

学生時代は暇さえあれば本を開いていた筆者も、いまは1ページの途中で集中が切れることがあります。読みたい本は増え、積読は溜まる一方でした。

そこで選んだ「戻れる1冊」が、村田沙耶香氏の短編集『生命式』。人によっては強烈なテーマ設定ですが、簡潔な文章がむしろ自分にはしっくりきています。

筆者が選んだ戻れる1冊

筆者が選んだ戻れる1冊
※この画像は筆者が作成した

実際に読んでみると、「そうそう、こんな話だった」という安心感からページが進みました。一字一句追わなくても大まかなストーリーを覚えているため、サクサク読めました。この成功体験で、「集中力が続かない」「頭に入らない」悩みは解消されました。

次に、負荷を段階的に上げるための新規本も3冊用意しました。同じ著者の未読作品『地球星人』、ジャンルが同じ古谷田奈月氏の『リリース』、そしてまったく別のジャンルとして藤村シシン氏の『古代ギリシャのリアル』です。

筆者が用意した新規本3冊。『地球星人』『リリース』『古代ギリシャのリアル』

筆者が用意した新規本3冊
※この画像は筆者が作成した

後日、まずは同じ著者の未読作品『地球星人』に挑戦。負荷や集中の途切れを感じず読み進められました。

こうして「戻れる1冊」と段階別の新規本を、すぐ手に取れる場所に常備。新規本がはかどらない日は「戻れる1冊」に戻る、を繰り返すうちに、短時間ながらも毎日読書ができるようになりました。脳の疲れ具合の判断は難しいので、その日の気分で選んで構いません。

***

読書が続かないのは、意志の弱さではなく脳の疲労が原因です。「戻れる1冊」で負荷を減らし、少しずつ新しい本へバトンを渡していく。それが、読書習慣を無理なく取り戻す近道です。まずは今日、読み慣れた1冊を手に取ってみませんか。

よくある質問(FAQ)

「戻れる1冊」に決まったジャンルはありますか?
決まったジャンルはありません。小説でも実用書でも、何度読んでも苦にならず、既読で内容を把握している本であれば、「戻れる1冊」として活用できます。
「戻れる1冊」ばかり読み続けても大丈夫ですか?
読書のリズムを取り戻す初期段階としては効果的ですが、そこに留まり続けると新しい情報から得られる脳への刺激が不足します。慣れてきたら、同じ著者の別作品など、少しずつ新しい本へ移行することをおすすめします。
忙しくて「戻れる1冊」を読む時間も取れません。どうすればいいですか?
時間の長さより、負荷の低さを味方にしましょう。「戻れる1冊」は内容をすでに知っているぶん、5分程度のスキマ時間からでも、疲れた状態のまま読み進めやすくなります。通勤中や寝る前のわずかな時間に、開くだけから始めてみてください。
「戻れる1冊」を読んでいるだけで、読解力は伸びますか?
「戻れる1冊」自体は、あくまで読書のリズムを取り戻すための入口です。読解力そのものを伸ばすには、記事内で紹介した「バトンパスの3ステップ」のように、少しずつ未読の本へ挑戦していくことが欠かせません。

【ライタープロフィール】
藤真唯

大学では日本古典文学を専攻。現在も古典文学や近代文学を読み勉強中。効率のよい学び方にも関心が高く、日々情報収集に努めている。ライターとしては、仕事術・コミュニケーション術に関する執筆経験が豊富。丁寧なリサーチに基づいて分かりやすく伝えることを得意とする。