
右を向いてもAI、左を向いてもAI。AIの自動化がすごいだとか、自分の仕事は残るのかとか、期待と不安が世の中を席巻しています。
スタディーハッカー編集部でもAIはもちろん活用しています。でも、使う機会が増えれば増えるほど思うのは、いま自分がもっている知識やノウハウが、成果物そのものの質に直結するということ。
平たく言ってしまえば、よくものを知っていて、使いどころもわかっていないと、平凡でありきたりなものしかでてこない、ということです。
何かを「知っている」こと、そしてそれを適切に「取り出せる」ということは、実はこれまで以上にその重要性を増しているのではないか、と感じます。
そこで、過去の記事や、記憶に関する研究から、記憶の保管の仕方と取り出し方について考えてみました。

そもそも脳は忘れるようにできている
記憶を適切なタイミングで利用するためには、当然ですが頭の中にその知識が残っている必要があります。つまり「記憶しておく」ということですね。
その記憶ができないから困っているんだよ、という声が聞こえてきそうです。でも、安心してください。人間の脳は、ものを忘れるようにできていて、あなたが覚えられないのは「仕様」なのです。
「忘却は記憶の故障ではない」という立場は、研究でも示されています。2017年、神経科学誌Neuronに掲載された総説(トロント大学の神経科学者リチャーズ氏らによる)では、記憶の目的をこう示しています。
「記憶の目的は意思決定をよくすることであり、そのためには覚えておくことと、忘れることの両方がいる」
なんと、忘れることそのものが、意思決定の質をあげるというのです。
少し整理しましょう。
総説が挙げる忘却の2つの役割
01
古い情報に引きずられない
古い情報が判断に与える影響を減らし、状況が変わったときに柔軟に動けるようにする。
02
似た場面に応用がきく
過去の個別の出来事に引きずられすぎるのを防ぎ、似た場面に応用がきくようにする。
この2つがあるから、忘れることは覚えておくことと同じくらい記憶にとって大切なのです。*1
昨日読んだ内容が今日出てこないとき、脳のなかでは覚える仕組みと忘れる仕組みがどちらも動いています。
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記憶に残るもの、捨てられるもの
忘れるのが仕様だとすると、脳は何を残して、何を捨てているのでしょうか。昨日読んだ内容が今朝出てこないのは、脳がその内容を捨てていい側に仕分けたからです。仕分けには基準があります。
基準は、使われたかどうか。脳は、取り出そうとした回数で、その情報の重要度を決めます。見た回数は数に入りません。読んだだけの知識は、入ってきただけで一度も外に出ていない。思い出そうとした知識には、出ていった痕が残る。脳はその痕を見て、これは要るものだと判断します。
コラム
出力依存
脳研究者の池谷裕二氏(東京大学大学院薬学系研究科教授。海馬と記憶の研究を専門とし、『記憶力を強くする』『海馬』など記憶に関する著書多数)は、著書『受験脳の作り方』で、脳を「出力依存型」と呼んでいます。
「もちろん、情報の入力と出力はどちらも大切なのです。入力のない出力はありえませんから。しかし、脳がどちらをより重要視しているかといえば、圧倒的に『出力』です。脳は出力依存型なのです」
氏によれば、海馬は「この情報はこれほど使用する機会が多いのか。ならば覚えなければ」と判断している。だから詰め込み型より知識活用型の勉強が効率がよく、教科書や参考書を何度も見直すより、問題集を何度も解く復習が効果的だといいます。*2
だとすれば、思い出し方が、記憶の保管の仕方を決めることになります。ここから先は、思い出す機会を勉強のなかに一回ずつ増やす手順です。

「思い出す」のカギは "直前の8秒" である
一つ目の手順は、答えを見る前に8秒だけ、自分の答えを出すこと。問題集を開いたら、解答を見る前に、思いついたものを書く。外れてかまいません。むしろ外れるつもりで書きます。
これだけで、そのあとに見た正解の残り方が変わります。取り出そうとした痕が先にできているので、正解がそこに入る。読んでから覚えようとする順では、痕がないまま正解が通り過ぎます。
研究でも確かめられています。UCLAの心理学者コーネル氏らは、当てずっぽうがほぼ必ず外れる材料を使い、問題だけを8秒見て答えを出してから正解を5秒見る条件と、最初から問題と正解を一緒に読む条件を比べました。先に外れた答えを出した学生は、最終テストで正答率が上でした。合計時間を揃えても、テストを約38時間後にしても、同じでした。*3
コーネル氏らの実験 2つの条件(合計13秒)
先に答える条件
読むだけの条件
最終テスト 正答率が高かったのは、先に答える条件。約38時間後のテストでも同じ。
8秒は、問題文を読んで、思いついたものを書くだけの時間です。解けそうにない問題ほど、何かを書いてから解答を開く。
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「答え合わせ」のカギは "翌日" である
二つ目の手順は、今日解いたページの解答は、明日の勉強の最初に、もう一度解いてから開くこと。「解いたらすぐ答え合わせ」に慣れていると落ち着きませんが、やることはそれだけです。
答えを見る回数は変わりません。変わるのは出力の回数で、同じ問題を思い出す機会が1回増えます。答え合わせが、そのまま2回目の学習になるわけです。
研究でも、大学生に正解をその場で見せた問題と翌日見せた問題を比べると、1週間後によく残っていたのは翌日に見せた問題でした(ワシントン大学セントルイスの心理学者バトラー氏らの研究)。*4
答え合わせのタイミングで、出力の回数が変わる
その場で答え合わせ 出力1回
翌日に答え合わせ 出力2回
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***
資料をつくるとき、「あのデータが使えそう」「あの事例もいいな」と頭に浮かべば、AIに出せる指示も変わりますよね。何も浮かばなければ、「あれやっといて」に近い指示しかできず、平凡なものしか出てきません。
そしてその「浮かぶかどうか」は覚えようという努力ではなく、思いだそうとする仕組みに支えられていました。脳は忘れるのが「仕様」で、取り出そうとしたものを記憶にとどめます。
今日のハックはたったふたつ。
- 答えを見る前の8秒
- 答え合わせは翌日に
どちらも、覚える工夫であると同時に「取り出す練習」にもなっています。記憶は使うためのもの。AI時代だからこそ、記憶への向き合い方を変えてみませんか?
よくある質問(FAQ)
Q. 覚えたそばから忘れるのは、記憶力が悪いからですか。
Q. 答えを見る前に考える時間は、どのくらい必要ですか。
Q. AIに聞けば済むのに、覚える必要はありますか。
*1: Richards, B. A. & Frankland, P. W. (2017), Neuron, 94(6), pp.1071–1084|The Persistence and Transience of Memory
*2: 新潮社|『受験脳の作り方 脳科学で考える効率的学習法』池谷裕二(新潮文庫)
*3: Kornell, N., Hays, M. J. & Bjork, R. A. (2009), Journal of Experimental Psychology: Learning, Memory, and Cognition, 35(4), pp.989–998|Unsuccessful Retrieval Attempts Enhance Subsequent Learning
*4: Butler, A. C., Karpicke, J. D. & Roediger, H. L. (2007), Journal of Experimental Psychology: Applied, 13(4), pp.273–281|The Effect of Type and Timing of Feedback on Learning From Multiple-Choice Tests
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社 代表取締役。
1977年生まれ、福岡県出身。同志社大学文学部英文学科卒業。2010年に株式会社恵学社(現・株式会社イングリッシュカンパニー)を創業。2014年に学習メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ、編集長を通算10年以上務める。STUDY HACKERは最大で月間500万PV、STUDY HACKERのInstagramは月間700万PV、フォロワー28万人(2026年10月7日時点)。2026年に新恵社を設立し、自社のメディアで読者と直接つながる「広報のD2C」を掲げる。著書に『勉強の戦略』(朝日新聞出版)など。
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