
「なんでこの書類、いまだに印刷しているんだろう」「残業を減らせと言われても、仕事は全然減らない」。職場でこんなモヤモヤを感じたことはありませんか?
それでも多くの人は、こう考えて立ち止まります。ルールは偉い人が決めるもの。自分には変えられない——。じつは、その思い込みこそが、職場が変わらない最大の理由かもしれません。
2026年8月9日(日)、『組織の成果を最大化する ルールのデザイン』の刊行記念オンラインイベント「ボトムアップで職場を変えていく〜社内ルールも残業削減も、まずは半径3メートルからできること〜」が開催されました。登壇したのは、著者で組織論研究者の安斎勇樹さん(『問いのデザイン』著者)と弁護士の水野祐さん(『法のデザイン』著者)。特別ゲストは、8月21日発売の新刊『定時で成果』の著者・沢渡あまねさんです。
「ルールを守る側」のはずの法律家が「ルールは変えていい」と語る——そんな意外性に満ちた90分の見どころを、レポートでお届けします。
- 組織とは「ルーティンの集合体」である
- そのルール、「こだわり」ですか? 「囚われ」ですか?
- ローカルルールは「バズる」——大富豪の「8切り」に学ぶ
- 残業削減のカギは「既知」と「未知」の見極めにあった
- 「失敗を許容する文化」という言葉、やめませんか?
- 正論が通らないときは「ダメだこりゃ、次行ってみよう」
- なぜ「3メートル」なのか?
- まずは「小さくハンドルを握る」ことから
- よくある質問(FAQ)
組織とは「ルーティンの集合体」である
第1部は、安斎さん・水野さんによる『ルールのデザイン』のエッセンス紹介からスタートしました。
本書の土台にあるのは、組織を「繰り返される行動や思考の習慣=ルーティンの集合」として捉える視点です。「この会社ってどんな組織?」と問われたとき、部門の数や人数ではなく「どんなルーティンがあるか」で捉える。すると、組織を変えるとはルーティンを変えることだ、と見えてくるのだそうです。
会社には、明示されていないものも含めて「謎のルール・ルーティン」が無数に存在します。安斎さんが挙げた例は、思わず苦笑してしまうものばかりでした。
会社にひそむ「謎ルール」の例
・判子を社長に向けて傾けて押す「お辞儀ハンコ」
・正解のわからない名刺交換の作法(安斎さんも水野さんも「いまだに上手くならない」と意気投合)
・上座下座、ホチキスの留め方、さらには「オンラインの上座下座」まで
厄介なのは、こうした謎ルールに、入社3年も経つと疑問を抱かなくなってしまうこと。組織に適応していく「組織社会化」の過程で、私たちの違和感センサーはどんどん鈍っていくのです。
だからこそ安斎さんは、ルールを変える前にまず「自分たちがどんなルールやルーティンに囲まれているのかをメタ認知すること」がルールデザインの出発点だと強調しました。

そのルール、「こだわり」ですか? 「囚われ」ですか?
では、鈍ってしまったセンサーをどう取り戻せばいいのでしょうか。
安斎さんが企業で実践しているのが、身の回りのルーティンを付箋に書き出し、「こだわり」と「囚われ」に仕分けるワークショップです。
最初は「全然思いつかない」と手が止まるものの、ポツポツ出はじめると「サウナの汗のように」後半は一気に噴き出してくるのだとか。そして仕分けの議論を始めると、「この会議ルール、意外に大事では?」「これって本当にこだわりなんですかね?」と、役職や立場によってルールの重要性の認識が微妙にずれていることが可視化されていきます。
ここで本書の重要な整理が登場します。ルールには2種類あるという考え方です。
2種類のルール
統制のルール
リスクを縛り、問題を起こさせないためのルール。多くの会社はこれで埋め尽くされている
創造のルール
実験したくなる、意見が言えるようになる、人の可能性を広げるルール
だからこそ、「このチームでは、こういうことをして全然いいです」と明示的に宣言すること自体が、現場起点のルールデザインになるのです。
象徴的だったのが、イベントのチャット欄。開始直後は誰も書き込まなかったのに、運営から「書いてOK」と確認された途端、コメントが溢れ出しました。「ご自由にお取りください」と書かれていないと試食を取らない日本人の規範性——まさにその場でのライブデモとなりました。
ローカルルールは「バズる」——大富豪の「8切り」に学ぶ
「でも、現場でルールを変えたところで、会社は変わらないのでは?」
そう思う方にこそ知ってほしいのが、ローカルルールがグランドルールに育っていくルートです。安斎さんが示した流れはこうです。
ローカルルールが会社を変える4ステップ
1. 会議運用や情報共有など、怒られない範囲で現場単位のローカルルールを試す
2. うまくいったら、隣のチームや社内イントラでナレッジシェアする
3. 真似するチームが現れ、「ちょっと流行る」
4. 経営・人事の目に留まり、会社のルールとして採用される
トランプの大富豪で、ローカルルールだった「8切り」が定番ルールになったのと同じことが、経営でも起こるというわけです。本書の取材先であるサイバーエージェントでは、社内ルールをつくる際に「社内でバズるかどうか」を気にしているのだそう。いいルールには、真似したくなる・流行る性質があるのです。
スターバックスでは、従業員のメモ書きがきっかけで同性パートナーの登録が実現した事例も紹介されました。ポイントは、経営に不満をぶつけるのではなく、「採用しないと時代遅れになる」「ブランディングになる」といった経営側のメリットに刺さる形で波及させるという戦略的な視点です。

残業削減のカギは「既知」と「未知」の見極めにあった
第2部は、沢渡さんによる新刊『定時で成果』のプレゼンです。
……の前に、会場を席巻したのが「オフィスちくわ」の話題でした。顧問先のヤマサちくわ(間もなく創業200年)と展開する、「オフィスにお菓子があるなら、ちくわがあってもいい」という取り組みです。ヤマハのダイバーシティ推進チームが「ちくわと私」という自己紹介で相互理解を深めた事例に加え、クロストークではこんな驚きのエピソードも飛び出しました。
「普段ずっと喋っていて黙らない統括部長が、ちくわをかじったら黙ったので、他の人が意見を言えた」
安斎さんいわく「口を塞ぐ意味でのちくわ」。笑い話のようですが、意外なものの活用で職場の課題を解決する——本書のテーマである「意外性」の見事な実演です。
さて、本題の残業削減。沢渡さんのスタンスは明確でした。「とにかく無駄を減らせ」で無味乾燥な組織を量産したいのではない。そんな組織は「陳腐化まっしぐら」だからです。では何がカギなのか。それが「既知と未知の見極め」です。
仕事を2つのゾーンに切り分ける
既知(効率ゾーン)
すでに知っているパターンの仕事。基準の手順で淡々と終わらせる。AIに任せる、外注する、やめる
未知(探索ゾーン)
初めてのテーマや、いつもと違うパラメーター。組織知を探し、他人の知恵を借り、「これはトレーニング」と意味づけして、あえて時間をかける
仕事ができる人は、この見極めを無意識にやっています。逆に、これが「野生の勘」任せになっていると、無駄が増幅し、人も育たない。残業が減らない正体はここにあるというのです。
そして管理職の役割は、溢れた仕事を一手に引き受けることではありません。「能力と余力と協力」をチームに作ること。この言葉は、管理職ではない人にとっても「チームの小さなリーダー」として心に留めておきたいものです。

「失敗を許容する文化」という言葉、やめませんか?
クロストークで最も白熱したのが、『定時で成果』のコラムを巡る議論でした。そのタイトルは「『失敗を許容する文化』という言葉をやめよう」。
耳を疑った方もいるかもしれません。挑戦を促す「いい言葉」のはずでは? しかし沢渡さんの分解は痛烈でした。
「上の句と下の句に分解しますね。『失敗を』『許容する』。どっちも上から目線で失礼だな、と思うんですよ」
「失敗を許容する」への3つのツッコミ
1. そもそも、失敗かどうかを決めるのは誰なのか。3年かかる挑戦に、1年目で「失敗」のレッテルを貼るのは、既存の物差しによる決めつけにすぎない
2. 事実ベースで言えば、それは失敗ではなく「新しい体験を得た」ということ。振り返りで意味づけすれば、組織の知恵に変わる
3. 「一緒にやりましょう」と言いながら「許容する」とは何様なのか
これを受けた安斎さんの考察も見事でした。ある企業では、良かれと思って導入した「キャリアアップシート」のせいで、「書けない人はキャリアダウンなのか」という空気が生まれてしまったといいます。
概念をひとつ導入すると、二項対立と物差しがセットで持ち込まれ、評価や権力と結びついて、想像以上の「ルール」として機能してしまう。日々使っている言葉への違和感こそが、ルールを見直す入り口になるのです。
正論が通らないときは「ダメだこりゃ、次行ってみよう」
参加者からは「率直な物言いができる人と、『もっと言い方があるでしょ』と言われる人を分けるものは?」という質問も寄せられました。
水野さんの答えは「前提としてリスペクトがあるかどうか」。相手の現場の知見や経験への敬意を持ったうえで、弁護士の枠を越えて経営にも人事にも「一人の人間として」率直に語る。さらに安斎さんが明かした水野さんの技術が印象的でした。クリティカルな疑問を投げたあとに「でもこれは強い意見ではありません」と、自分の意見の強弱をあえて宣言する——相手の忖度を防ぐ、外部者ならではの知恵です。
一方、沢渡さんの答えはさらに実践的でした。人は感情で動く。誰に言われるかで受け取り方が変わるのは「人間の摂理」。ならば、それに抗わないことです。引用されたのは、いかりや長介さんの名言でした。
「ダメだこりゃ。次行ってみよう」
自分が言ってダメなら、聞いてもらえる人に代弁してもらう。部長の言葉が届かないなら担当者から。社内が動かないなら外部の人から。広報と組んで社内報で特集してもらうのも手です。沢渡さんはこれを「説得戦略ではなく納得戦略」と呼びます。一人で正面突破を頑張らない。これも立派なルールデザインの技術なのです。

なぜ「3メートル」なのか?
終盤、参加者から本質を突く質問が届きました。「お三方それぞれの『3メートル』『5メートル』はどんなイメージですか?」
登壇者は「数字は割と適当」と笑いつつも、掘り下げると重要な論点が浮かび上がりました。
水野さんによれば、『ルールのデザイン』は個人の「マイルール」を起点に、チームのルール、組織のルールへとステージを上げていく構成。自分と、もう一人か二人の同僚が入る「3メートル」は、マイルールを他者とシェアできるギリギリの広さなのだそうです。1メートルでは自分に閉じてしまい、ルールが波及する可能性も閉じてしまいます。
沢渡さんの答えはこうでした。大切なのは何メートルかではなく、「小さな実験ができる環境がどの半径か」。ある信用金庫では「10分悩んだら、声を上げて頼る」というルールをチームで決めただけで、課題解決が早まり、残業も減ったといいます。
クロージングで安斎さんは、こんな気づきを語りました。ファシリテーターは「握手できるテーブル配置か」など数十センチ単位で人の距離を考えるのに、組織論になると途端に大づかみになってしまう。手触りのあるスケールで、目の前の現実を実験的に動かすこと——それがこのイベント全体を貫くメッセージでした。
まずは「小さくハンドルを握る」ことから
最後に、沢渡さんが締めくくりに贈った言葉を紹介します。
「仕事や組織を車に例えて、『小さくハンドルを握る体験』を増やしていってほしい。小さくハンドルを握ると、車の良さも楽しさも、危険さもわかる」
会社全体は動かせなくても、半径3メートルなら変えられます。
明日からできる「半径3メートルの実験」
・「このチームでは、感想でも疑問でもチャットに書いていい」と宣言してみる
・会議運用や情報共有の方法を、自分の課だけで変えてみる
・「10分悩んだら、声を上げて頼る」とペアやチームで決めてみる
・身の回りの「謎ルール」を付箋に書き出し、「こだわり」か「囚われ」か仕分けてみる
どれも、明日からできる小さな実験です。あなたの職場の「謎ルール」、まずはひとつ、付箋に書き出してみませんか?
***
ルールは、がんじがらめになるものではなく、遊び、デザインするもの。そして残業削減のゴールは「無駄ゼロ」ではなく、主体的で創造的なチームづくり。2冊の新刊は、水野さんいわく「同じ問題を違うレンズで見ている」関係です。あわせて読むことで、理解がぐっと深まるはずです。

📖 イベントで紹介された書籍
『組織の成果を最大化する ルールのデザイン』(安斎勇樹・水野祐 著)……発売中。発売直後からAmazonランキング3カテゴリで1位を獲得
『定時で成果』(沢渡あまね 著、ディスカヴァー・トゥエンティワン)……2026年8月21日発売
本記事で紹介した「こだわり」と「囚われ」の仕分けワークも、「失敗を許容する文化」を巡る白熱の議論も、いかりや長介さんの名言が飛び出した質疑応答も、90分の本編でノーカットでご覧いただけます。
▶ アーカイブ視聴はこちら
視聴期限:2026年10月3日まで
よくある質問(FAQ)
Q. 『ルールのデザイン』はどんな人向けの本ですか?
Q. 「半径3メートル」とは、具体的にどの範囲を指すのですか?
Q. 「統制のルール」と「創造のルール」の違いは何ですか?
Q. 会社のルールに違和感すら持てなくなっています。どうすればいいですか?
Q. 『定時で成果』はいつ、どこから発売されますか?
*1: 出版記念イベント「ボトムアップで職場を変えていく〜社内ルールも残業削減も、まずは半径3メートルからできること〜」(2026年8月9日、オンライン開催)
*2: 安斎勇樹・水野祐『組織の成果を最大化する ルールのデザイン』
*3: 沢渡あまね『定時で成果』(ディスカヴァー・トゥエンティワン、2026年8月21日発売)
STUDY HACKER 編集部
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