仕事の帰りに資格講座を調べながらも「今週は疲れるから、申し込みはまた後にしよう」と先送り。週末には「今日こそ勉強する!」と意気込んでも、気づけばドラマ鑑賞や友人の誘いに乗って勉強ができないでいる——。こんな経験、ありませんか?
「勉強は習慣化が大事だとわかっていても、最初の一歩が踏み出せない」
「リスキリングの必要性は理解しているのに、いつも楽なほうに流されてしまう」
こんなふうに、先延ばし癖に悩むビジネスパーソンは多いものです。しかし、「勉強の先延ばし常習犯」だとしても、考え方を少し変えるだけで状況は大きく改善できます。すぐ勉強を始められる人と先延ばしをしてしまう人では「勉強に取り組むための、マインドセット」が違うのです。
この記事では「勉強をすぐ始められる人と先延ばしをする人」の決定的な3つの違いを紹介します。効率的な学習法を身につけ、先延ばし癖から抜け出して、スキルアップとキャリアアップの第一歩を踏み出しましょう。
「楽観性バイアス」を自覚し、現実的な計画を立てる
先延ばしをしがちな人は「試験前までに終わらせればいい」と楽観的に考えてしまうもの。一方ですぐ勉強を始められる人は、「危機意識」を持って悲観的な考えで計画を立てます。
みなさんのなかには、夏休みの宿題に苦しんだ経験を持つ人もいるのではないでしょうか。「まだ休みがあるから余裕」と考えていたら、いつの間にか始業式直前に……。「夏休みの宿題」の苦い経験は、今でも教訓になっているはずです。
先延ばしをする人と勉強を始められる人の違い
❌ 先延ばしをする人の特徴
- 「まだ時間がある」と楽観的に考える
- 「楽観性バイアス」に囚われている
- 困難やリスクを過小評価してしまう
✅ すぐ勉強を始められる人の特徴
- 現実的な見通しで計画を立てる
- 「危機意識」を持って取り組む
- バッファ(余裕)を持った計画を作る
日本ファシリテーション協会フェローであり、組織コンサルタントの堀公俊氏は、夏休みの宿題のような「見通しの甘さ」を、行動経済学にある「計画錯誤」だと説明しています。計画錯誤とは「過去に計画どおり進まずに失敗した経験を持ちながらも、プロジェクトの完成に要する時間を過小評価する」傾向のことです。*1
興味深いのは、提唱者である行動経済学者のダニエル・カーネマン自身が体験した「計画錯誤」のエピソードです。カーネマン氏らは仲間と一緒に教科書を1年にわたり1、2章分執筆し終えたあと、チームに「すべて執筆し終えるのはあと何年か?」を予想してもらいました。
計画錯誤の実例:カーネマンの教科書プロジェクト
- チームの予想「最短で1年半、最長でも2年半で完成」
- 実際にかかった時間「8年」
- 誤差:約6年前後
この例からも、どんな専門家でも自分の能力や必要時間を過大評価してしまう傾向があることがわかります。
こうした将来を楽観視してしまう背景を、堀氏は「良いことが起こる可能性を過大に評価して、悪いことが起こる可能性を過小に評価する傾向」の「楽観性バイアス」が働いていると述べています。*1
将来の出来事に対して、「うまくいくだろう」「悪いことは起こらないだろう」と根拠なくポジティブに予測してしまう心理の傾向。この傾向が強いと、計画がうまくいかない原因になります。
「まだ時間がある」と楽観的に考えるからこそ、いつまでも危機感を持てず先延ばし……と、計画どおりに進まないわけですね。
一方で、すぐ勉強を始めることができる人は、前述の「楽観的に考えてしまう」傾向を見込んで計画を立てます。堀氏は計画を立てる場合、楽観性バイアスが働かないように、バッファ(余裕)を持って取り組むことをすすめています。
たとえば「予想のN倍かかる」とかなり長い期間を見積もった計画を立てるとよいのだそうです。*1
バッファを持った計画の立て方
🕒 時間見積もりを現実的に
- 最初の予想の1.5~2倍の時間を確保する
- 過去の似た課題で実際にかかった時間を振り返る
- 予期せぬ障害が発生することを前提に考える
📊 段階的に目標を設定
- 1日あたりのノルマを明確に設定する
- 途中でリカバリーできる余裕を残しておく
- やや高めの目標設定で適度な緊張感を維持する
「自己効力感」を意識した肯定的な言葉を使う
先延ばしをしがちな人は「勉強ができない」と感じるから、勉強がおっくうになるもの。一方ですぐ勉強を始められる人は、「今日のノルマを達成できる」と自信を持っています。
「自信を持ちましょう!」なんて、根性論だと思うかもしれません。いいえ、ここで紹介するのは科学的な話です。じつは「今日の勉強(ノルマ)を達成できる」という自信——自己効力感は先延ばしと密接な関連があります。
特定のタスクを完了したり目標を達成できるという信念のこと。自己肯定感とは異なり、特定の課題に対する達成能力への確信を指します。
例:「今日は問題集を5ページ解ける!」「半年でTOEICスコア150点上げる!」
教育心理学を専門に研究している教育者、ケンドラ・チェリー氏によると、自己効力感とは、「タスクを完了したり目標を達成できる」という信念のこと。
自己効力感が低ければ「難しいタスクを脅威とみなし、避ける傾向がある」とチェリー氏は説明します。同氏は、たとえ計画目標を立てても、意欲がなかったり責任感が低かったりすると指摘。*2「勉強ができない」という自信が低ければ低いほど、取りかかる意欲が削がれるのです。
自己効力感の高い人と低い人の違い
❌ 自己効力感が低い人
- 難しいタスクを脅威と感じ、避ける傾向がある
- 「自分にはできない」と最初から諦めてしまう
- 失敗を個人的な欠点と捉えがち
✅ 自己効力感が高い人
- 難しい課題にも挑戦する意欲がある
- 「今日のノルマを達成できる」と自信を持っている
- 失敗を学びの機会と捉える
そこで、ひとつの解決策として「肯定的な言葉で脳をだます」方法があります。元臨床心理士で作家のアリス・ボーイズ氏は、「自分に思いやりを示す方法の一つ」であるセルフトークをすすめています。実際にボーイズ氏は、以下の言葉を自分に語りかけているとのこと。
「このタスクを始めたくないだろう。不安だからね。無理もない。いい仕事をしたいだけだ。いい仕事をする最善の方法は、少しずつやること。ずっとやり続ける必要はない。1日90分頑張ったら、後は気楽にやろう」*3
まるで親しい友人を優しく励ますように、語りかけるのです。筆者も勉強のシーン別にセルフトークを考えてみましたよ。
<仕事終わりに勉強する気が起きない場合>
「今日は疲れたよね。一日頑張ったのだから、昨日よりできなくても大丈夫。数年までは勉強習慣さえなかったのだから、仕事終わりに勉強しようと思うだけでも成長しているよ」
<勉強しない日が続き、改めて取りかかる場合>
「勉強しなかった数日分を一気に取り戻そうとしなくても大丈夫。また取り組む勇気がでたこと自体が頑張っているよ。今日は今日のペースでゆっくりやろう」
自分を思いやりながら、一歩踏み出そうとした自分を褒めてみました。大きな成果はでなくとも、「進もう」とする力が出たのは事実。肯定的なセルフトークで自分自身の背中を押してみましょう。
開始前のハードルを意図的に下げる
先延ばしをする心理のひとつは「面倒くさい」から。一方で、すぐ勉強を始められる人は面倒だと思いません。なぜなら、「すぐにやめてもいい」と考えているからです。
『勉強脳』(東洋経済新報社)の著者、ヴァージニア大学心理学教授、ダニエル・T・ウィリンガム氏は、勉強になかなか取り組めないのは「苦痛なことを先延ばし」にして「楽しいことをやろうとする」からだと述べます。もっともな意見ですが、先延ばし癖を変えるのが難しいのは、以下の厄介な問題があると説明しています。
この問題が少々厄介なのは、未来に想定する楽しみや苦痛が今の楽しみや苦痛と同じパワーを持たないからです。*4
もしTOEICの試験日まであと1か月しかないのなら、スキマ時間を駆使して勉強することが理想です。ですが、15分の空き時間ができたら、SNSでトレンドをチェックしたり、面白い動画を観たりするほうが楽だ——この心理は多くの人が共感できるのではないでしょうか。
これが、「勉強をするのは面倒くさいなあ」と先延ばしをする理由。
となれば、未来の報酬を得るために、「勉強するのは案外簡単だ」と考えられるようになることが大切です。その方法は勉強に着手したら「すぐにやめてもいい」と考えることだ、とウィリンガム氏。
肝心なのは「すぐにやめてもいいのだ。取りかかるだけなら難しいことではない」と思えることです。*4
具体的な方法としては、目標を「小さな目標に切り分け」、「分けたタスクは具体的に書く」こと。*4 簡単だと錯覚できる小さなタスクにし、着手する前に「何からしよう?」を考える手間も省きます。
先延ばし心理を克服するアプローチ
❌ 「面倒くさい」と考える人の行動パターン
- 勉強を大きな負担と捉えてしまう
- 「今の楽しみ」を優先してしまう
- 始める前から「長時間やらなければ」と思い込む
✅ 「すぐにやめてもいい」と考える人の行動パターン
- 開始のハードルを意図的に下げる
- 小さなタスクから始めて負担感を減らす
- 「続けたい」と思えるまで少しずつ取り組む
筆者も短冊状の付箋を使って「10分以内で完了できるタスク」を作ってみました。以下がその画像です。
付箋は勉強内容別に色分けしてます。筆者は韓国語と英語、さらに勉強用の読書を同時並行で勉強したいと思う一方で、手をつける数が多く、勉強をするハードルが高いと感じる日があります。
ですが、10分以内にできるタスクに小分けして可視化すると、「すぐやめられる」短い時間でも勉強を割り振ればいいと感じられるようになりましたよ。ぜひ、お試しください。
まとめ:先延ばし克服の3つのポイント
🔑 現実的な時間見積もり
- 「楽観性バイアス」を自覚し、余裕を持った計画を立てる
- 予想時間の1.5〜2倍を確保する習慣をつける
🔑 自己効力感を高める
- 肯定的なセルフトークで自分を励ます
- 「できる」という自信を小さな成功体験から積み上げる
🔑 始めるハードルを下げる
- 「すぐにやめてもいい」という心理的安全を確保する
- 10分以内でできる小さなタスクに分割して取り組む
***
「行動してみれば案外簡単だ」という感触がえられれば、勉強を始めるのは苦痛でなくなるはず。最初の一歩を踏み出すための、マインドセットのヒントになれれば幸いです。
*1 NIKKEI リスキリング|夏休みの宿題も仕事も達成困難 最悪招く計画錯誤とは
*2 verywell mind|Self Efficacy and Why Believing in Yourself Matters
*3 Harvard Business Review|自分に思いやりを示す「セルフトーク」の技法
*4 東洋経済 ONLINE|先延ばし癖を一瞬で治す魔法の言葉「5分間だけ」
青野透子
大学では経営学を専攻。科学的に効果のあるメンタル管理方法への理解が深く、マインドセット・対人関係についての執筆が得意。科学(脳科学・心理学)に基づいた勉強法への関心も強く、執筆を通して得たノウハウをもとに、勉強の習慣化に成功している。