折りたたみiPhoneがいつ出ても、サムスンは損をしない。名前を隠してでも勝ちにいく会社の設計図【新人さんのためのマーケティング講座 Season9 vol.9】

サムスンが日本でSAMSUNGロゴを隠しGalaxyブランドで信頼を貯めて戻す時間軸のブランド運用戦略解説

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season9

Season8では「機能から情緒へのドメイン再定義」を20社の事例で深掘りしました。
Season9でも引き続き、現代のマーケティングの本質を事例で解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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2026年秋、スマホ業界の話題の中心は、Appleが初の折りたたみiPhoneを発表すると報じられていることです。長年噂されてきた「画面を折り曲げるiPhone」が、いよいよ現実になるかもしれない、と期待が高まっています。

ただ、思い出したい事実があります。折りたたみスマホというカテゴリーは、サムスンが2019年から7年かけて育ててきたものです。2023年には世界シェア65.6%を占め、競合が増えた2025年でも世界41.3%、日本では67.7%でどちらも首位。*2 *3 Appleは、サムスンが耕し続けた畑に、これから参入する側なのです。

そしてもう一つ、意外と知られていない事実を重ねます。そのサムスンは2015年からの約8年間、世界で唯一、日本市場でだけ「SAMSUNG」の社名ロゴを製品から消し、「Galaxy」とだけ刻印して販売していました。*4 *5 誰よりも早く画面を折り曲げる大胆さと、市場によっては自分の名前すら消す慎重さ。攻めと引きがこれほど極端な会社の、意思決定の芯には何があるのでしょうか。

名前を隠し、貯めて、戻す。ブランドを手段として運用する設計

まず、日本で起きていたことを追いましょう。

日本のスマホ市場は、Appleが5割を超えるシェアを持ち、残りを国内メーカーが支える、海外メーカーには攻略が難しい市場です。サムスンはこの市場で、2015年発売のGalaxy S6 edgeから、製品の背面に刻む名前を「SAMSUNG」から「Galaxy」に変えました。*5 公式サイトもSNSも「Galaxy」名義。会社の名前を前面から下げ、製品ブランドだけで勝負する体制を取ったのです。

名前を伏せている間、サムスンは製品と体験の積み上げに徹します。2019年には原宿に体験施設「Galaxy Harajuku」を開設。そして2022年第1四半期、日本シェア13.5%を記録し、国内メーカーを抜いてAppleに次ぐ2位に浮上しました。*6

そして翌2023年、方針を転換します。会社ブランドの表記を「Samsung」に戻すと発表し、Galaxy S23シリーズから背面ロゴを「SAMSUNG」に復活させたのです。サムスン電子ジャパンはその理由を、日本でもGalaxyの認知が向上したこと、グローバル企業としての姿勢を社名とともに届けていくことだと説明しています。*4

この流れを翻訳すると、こうなります。会社名が製品の評価に有利に働かない市場では、名前をいったん引っ込める。製品の品質と体験で「顧客の頭の中の信頼残高」を貯める。貯まったら名前を戻し、信頼をウォッチやイヤホンを含むブランド全体で回収する。「隠す→貯める→戻す→回収する」という時間軸の設計です。

注目したいのは、この設計の冷静さです。多くの企業にとって社名は誇りであり、「うちの名前を隠すなんてありえない」という感情が、検討の前に議論を止めてしまいます。しかしサムスンは、ブランドを誇りではなく「目的を達成するための手段」として扱いました。名前が売上に貢献しないなら外し、貢献する状態になったら戻す。これは特定の市場や消費者への評価ではなく、市場特性に合わせて道具の使い方を変えた、という話です。

サムスンが2019年Galaxy Fold発売失敗後も毎年改良を続け折りたたみスマホ世界シェア首位を守り続けたリスクテイク

公開の失敗から逃げなかった、折りたたみ7年間のリスクテイク

次に、世界での「攻め」の記録です。

2019年2月、サムスンは初代Galaxy Foldを発表します。しかし4月の発売を前に、レビュー用としてメディアに先行配布した端末でディスプレイの破損報告が相次ぎ、発売直前に延期を決断。設計を全面的に見直したうえで、同年9月に改めて発売しました。*7

世界中が見ている前での失敗でした。撤退の判断も十分にあり得たはずです。鳴り物入りで登場して一代で消えた新カテゴリーの製品は、業界の歴史にいくつもあります。

しかしサムスンは、翌年も、その翌年も、毎年世代を重ねました。横開きのZ Foldと縦開きのZ Flipの2系統で改良を続け、ヒンジを薄く、折り目を浅く、本体を軽くしていく。その積み重ねの結果が、2023年の世界シェア65.6%です。*3 競争が激しくなった2025年でも世界41.3%で首位を守り、日本では67.7%を占めています。*2

そして2026年、Appleの参入が報じられています。Counterpoint Researchの予測では、2026年の折りたたみ市場はサムスン32%、Apple 25%、Huawei 24%。首位は守るものの、独走は終わる見通しです。*1

ところが、ここに面白い構図があります。その折りたたみiPhoneのディスプレイは、サムスングループのサムスンディスプレイが3年契約で独占供給するとみられる、と報じられているのです。*8 7年磨き続けた蓄積は、自社製品のシェアだけでなく、後発ライバルへの部品供給という形でも回収される。競合の参入が、そのまま自社グループの売上になる二重の回収構造です。

お気づきでしょうか。「名前を隠す」と「公開の失敗から逃げない」は、正反対の行動に見えて、根が同じです。名前を隠すのが恥ずかしいという体面も、失敗したから撤退したいという体面も、判断の材料にしない。残高と回収、つまり合理だけで決める。振れ幅の大きさは、芯の一貫性の裏返しなのです。

項目 業界の一般的な判断 サムスンの構造
社名の扱い 常に前面に出す 市場によっては隠す
ブランドの捉え方 変えてはいけない資産 貯めて回収する残高
失敗した新カテゴリー 撤退して傷を浅くする 公開の失敗後も毎年改良を続ける
ライバルの参入 脅威として迎え撃つ 参入者にも部品を売って回収する

体面ではなく合理で判断するサムスンのブランド残高と回収設計から学ぶ新人マーケター向け意思決定の視点

体面と合理を、切り分けられているか

サムスンの事例が突きつけるのは、「体面と合理を切り分けられているか」という問いです。

私たちの判断は、思っている以上に感情に縛られています。ブランドへの思い入れが「名前を引っ込める」という選択肢を最初から消す。立ち上げた施策への愛着が、撤退や改修を遅らせる。ライバルへの対抗心が、「競合に売る」という回収の道を見えなくする。どれも自然な感情ですが、感情が選択肢を狭めていることに気づかないままだと、打ち手は減る一方です。

そこで、担当領域を2つの軸で棚卸ししてみることをおすすめします。ひとつめは「顧客の頭の中の残高」。自社の名前や施策について、どれだけの信頼が貯まっているかを、願望ではなく事実で見積もる。残高が乏しい名前を無理に前面に出していないか。逆に、十分貯まったのに回収の設計がない資産を眠らせていないか。

ふたつめは「回収の設計」。いま続けている施策は、いつ、どういう形で回収するつもりのものか。サムスンの日本戦略には「認知が貯まったら名前を戻す」という絵があり、折りたたみには「カテゴリー首位と部品供給」の二重の回収がありました。回収の絵がない投資は、愛着だけで続いている可能性があります。逆に、絵が描けるなら、目先の失敗や体面の悪さは続ける理由を消しません。

あなたのスマホは、GalaxyでしょうかiPhoneでしょうか。どちらでも、その1台の裏には、体面ではなく合理で判断を重ねてきた会社の静かな設計が入っています。次にスマホのニュースを見るとき、「この判断の回収の絵はどうなっているのだろう」と考えてみてはいかがでしょうか。

折りたたみiPhone参入でもサムスンディスプレイが部品供給する二重回収構造とGalaxy戦略まとめ

 

【本記事のまとめ】

1. 名前を隠し、貯めて、戻す。ブランドを手段として運用する設計
サムスンは2015年のGalaxy S6 edgeから日本でだけSAMSUNGロゴを消し、Galaxyブランドだけで勝負した。信頼を積み上げ、2022年に日本シェア13.5%で2位に浮上。認知が貯まった2023年、S23シリーズからSAMSUNGロゴを復活させた。「隠す→貯める→戻す→回収する」という時間軸の設計であり、ブランドを誇りではなく手段として扱う冷静さがある。

2. 公開の失敗から逃げなかった、折りたたみ7年間のリスクテイク
2019年の初代Galaxy Foldは、レビュー端末の画面破損で発売直前に延期という公開の失敗から始まった。しかし撤退せず毎年改良を重ね、2023年に世界シェア65.6%、2025年も41.3%で首位。2026年のApple参入後もサムスン32%で首位予測だが、折りたたみiPhoneのパネルはサムスンディスプレイが独占供給するとみられると報じられ、先行投資は「カテゴリー首位」と「部品供給」の二重で回収される。

3. 体面と合理を、切り分けられているか
名前を隠す判断も、公開の失敗後に続ける判断も、根は同じ「体面を判断基準にしない」こと。ブランドへの思い入れ、施策への愛着、ライバルへの対抗心が選択肢を狭めていないか。名前・施策・カテゴリーを「顧客の頭の中の残高」と「回収の設計」で冷静に見直そう。

よくある質問(FAQ)

ブランド名を市場ごとに変えるのは、グローバルの一貫性を壊しませんか?

一貫性には2つのレベルがあります。守るべきは「何を約束するブランドか」という中身の一貫性で、ロゴや名称の見せ方は市場ごとに最適化してよい表層です。サムスンは品質という約束を世界共通のまま、日本では入口の名前だけを絞りました。変えてはいけない核(約束・品質基準・体験)と、調整してよい要素(名称の出し方・チャネル・訴求点)を最初に仕分けしておくと、一貫性の議論が感情論になりません。

失敗しても続けるべきか、撤退すべきかは、どう見分ければよいですか?

分かれ目は、失敗の原因が「需要」なのか「完成度」なのかです。初代Galaxy Foldの延期は完成度の問題であり、大画面を折りたたんで持ち歩きたい需要は残っていました。完成度は世代を重ねれば改善できますが、需要は改善できません。「顧客は欲しがっているのに実現できていないだけか」を切り分け、そうなら続ける根拠になります。続ける場合の回収の絵(シェア、技術蓄積、部品供給など)の言語化も大切です。

競合に自社の強みを売るのは、敵に塩を送ることになりませんか?

「競合が自社から買わなければ、参入を諦めるのか」と問い直してみてください。別の供給元から買って参入するなら、拒んでも参入は止まらず、売上機会だけを失います。技術で先行する側にとって、後発への供給は競合の動きを収益に変換する回収装置になり得ます。ただし、供給するものが自社の決定的な差別化要素そのものなら話は別です。売ってよい強みと、売ってはいけない核心を線引きしたうえで判断することが前提になります。

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season9

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【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社 代表取締役。
1977年生まれ、福岡県出身。同志社大学文学部英文学科卒業。2010年に株式会社恵学社(現・株式会社イングリッシュカンパニー)を創業。2014年に学習メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ、編集長を通算10年以上務める。STUDY HACKERは最大で月間500万PV、STUDY HACKERのInstagramは月間700万PV、フォロワー28万人(2026年10月7日時点)。2026年に新恵社を設立し、自社のメディアで読者と直接つながる「広報のD2C」を掲げる。著書に『勉強の戦略』(朝日新聞出版)など。
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