組織における「心理的安全性」の重要性が言われて久しい。だが、この概念を真に理解し実践する組織は案外少ないとも言われ、誤った解釈によって、表面的な職場づくりの対策に終始している場合も多いのが実情だ。ビジネスパーソンを経て、現在は株式会社フライヤーなどスタートアップのアドバイザーとしての活動のほか、武蔵野大学などで教員活動も行なう、株式会社学びデザイン代表取締役荒木博行氏に、心理的安全性の本質や課題、どうすれば心理的安全性を組織に根づかせることができるのかを聞いた。
※本稿は、YouTubeチャンネル「Bring.」の動画「なぜいま、『心理的安全性』が注目されるのか?日本企業にある課題と現状、そして心理的安全性の高め方」の内容を再編集したものです。
構成/岩川悟(合同会社スリップストリーム) 文/辻本圭介 写真/塚原孝顕
【プロフィール】
荒木博行(あらき・ひろゆき)
1975年生まれ、千葉県出身。株式会社学びデザイン代表取締役。住友商事、グロービス(経営大学院副研究科長)を経て、株式会社学びデザインを設立。株式会社フライヤーなどスタートアップのアドバイザーとして関わるほか、武蔵野大学、金沢工業大学大学院、グロービス経営大学院などで教員活動も行なう。北海道にある株式会社COASや一般社団法人十勝うらほろ樂舎にも関わり、学びの事業化を通じた地方創生にも関与する。著書に『裸眼思考』(かんき出版)、『独学の地図』(東洋経済新報社)、『自分の頭で考える読書』(日本実業出版社)、『藁を手に旅に出よう』(文藝春秋)、『見るだけでわかる! ビジネス書図鑑』シリーズ、『構造化思考のレッスン』(ディスカヴァー)、『世界「倒産」図鑑』『世界「失敗」製品図鑑』(日経BP)など多数。 Voicy「荒木博行のbook cafe」、Podcast「超相対性理論」のパーソナリティでもある。
【プロフィール】
澤円(さわ・まどか)
1969年生まれ、千葉県出身。株式会社圓窓代表取締役。立教大学経済学部卒業後、生命保険会社のIT子会社を経て、1997年にマイクロソフト(現・日本マイクロソフト)に入社。情報コンサルタント、プリセールスSE、競合対策専門営業チームマネージャー、クラウドプラットフォーム営業本部長などを歴任し、2011年にマイクロソフトテクノロジーセンター長に就任。業務執行役員を経て、2020年に退社。2006年には、世界中のマイクロソフト社員のなかで卓越した社員にのみビル・ゲイツ氏が授与する「Chairman's Award」を受賞した。現在は、自身の法人の代表を務めながら、武蔵野大学専任教員のほかにも、スタートアップ企業の顧問やNPOのメンター、またはセミナー・講演活動を行なうなど幅広く活躍中。2020年3月より、日立製作所の「Lumada Innovation Evangelist」としての活動も開始。主な著書に『「やめる」という選択』(日経BP)、『「疑う」からはじめる。』(アスコム)、『個人力』(プレジデント社)、『メタ思考 「頭のいい人」の思考法を身につける』(大和書房)、『うまく話さなくていい ビジネス会話のトリセツ』(プレジデント社)、『得意なことの見つけ方 自分探しにとらわれず、すぐに行動できる技術』(KADOKAWA)などがある。
- 心理的安全性とはなにか
- 心理的安全性が「ボトムアップ型の知恵」を引き出す
- ミスが表面化しなくなると組織は崩壊へ向かう
- 心理的安全性と「結果責任に対するコミットメント」の関係
- マネジメント職が意識したいコミュニケーションの大前提
- さまざまな知恵が還流する組織を目指す
心理的安全性とはなにか
【澤円】
最初に、荒木さんが考える「心理的安全性」はどのような概念でしょうか?
【荒木博行】
心理的安全性は、元々1999年にアメリカの組織行動学者であるエイミー・エドモンドソンが提唱した概念です。ただ、いまの時代に言われるようになったのは、会社経営において「ボトムアップ型の知恵」がより求められるようになってきた面が大きいと考えています。
そして、現場や社員からのボトムアップ型の知恵が生み出される組織をいかにつくるかを考えると、私は心理的安全性とともに、仕事の「結果責任に対するコミットメント」という2軸が必要だと考えています。
簡単に言うと、心理的安全性がある組織では、個人がアイデアをオープンに発言し、経営に還元することを促すことができます。しかし、結果責任に対するコミットメントが抜け落ちていると、各々が言いっぱなしになり、各部署も責任をもたない状態に陥りかねないのです。
【澤円】
心理的安全性ばかりを重視し、結果責任に対するフェアな評価が疎かになると、経営そのものがおかしくなってしまいます。
【荒木博行】
おっしゃる通りです。心理的安全性は、近年職場のハラスメントが問題化されるなかで、その対策として広まってきた面があります。でも、勘違いすると、「責任を追求しすぎない」「どんなこともまずは認める」といった、いわば、ゆるい組織やチームができてしまう危険性があるのです。
もちろん、相手にかける言葉には注意する必要があります。一方で、結果責任の軸を機能させるには、やはり必要なことはしっかりと指摘しなければなりません。
そのとき、「どのタイミングで、どんな言い方をするか」に知恵を使うことが、組織の心理的安全性を担保します。この両軸があって初めて、心理的安全性は意味をなすのです。
心理的安全性が「ボトムアップ型の知恵」を引き出す
【澤円】
先に、「ボトムアップ型の知恵」の重要性に言及されました。私はその背景には、インターネットの登場により「知」が共有しやすくなった面が大きいと見ていますが、いかがでしょうか?
【荒木博行】
その面はあると思いますね。インターネットの登場により、工業社会から知識社会(脱工業化社会)へ時代が大きく変化し加速しました。戦後、日本の成長を支えてきたのは、製造業をはじめとする大量生産型の工業化ですが、それだけでは産業が成り立たなくなりました。そこで、たくさんの人のナレッジを組み合わせながらサービスを提供するという、知識社会型のビジネスモデルが次々と現れてきました。
一方で、組織にはいまだトップダウンでさまざまなことを決定し、言われた通りに生産するという工業社会型のメンタルモデルが根強く残っています。すると、ボトムアップ型の知恵が求められているのに、自由に意見を発する心理的安全性が不足している状態になります。「こんなことを言ってもいいのかな」と遠慮したり、「言っても無駄だ」と諦めたりして、現場の意見が活かされなくなる恐れがあるのです。
【澤円】
いまは、地球環境のような世界的規模の課題はさておき、たいていの課題は解決されていつつも、現場レベルの小さな課題はたくさんある時代です。だからこそ、ボトムアップ型の知恵が重要ですが、それをうまく吸い上げられないわけですね。
【荒木博行】
いまの時代は、現場で小さな課題に向き合う人たちが、いかにいいアイデアを生み出すかの勝負となっています。トップが目利きをして、会社の進む方向をすべて決めるようなモデルは限界にきているからです
もうひとつ、心理的安全性が求められる背景として、脳科学の進展により脳の仕組みが解明されてきたことも、私は大きい要素だと見ています。その知見のなかでよく言及されるのが、「デフォルトモードネットワーク(DMN)」です。これは、脳が意識的な活動をしていない、ぼんやりした状態のときに活性化する神経回路のことです。
要するに、アイデアが浮かぶのは、なにもしていないぼーっとしたときが多いということであり、そうした時間や環境をつくるのが大事だと、多くの人や企業が気づき始めています。
【澤円】
緊張感がある状態が続くと、知識社会において重要な新しいアイデアや知恵が生まれづらくなるのですね。
【荒木博行】
よく雑談の重要性なども言われますが、職場のなかにそうした余白の時間や空間を、いかに意図的につくり出すかが大事だというわけです。
私は新規事業創出のお手伝いもしていますが、心理的安全性が担保されている会社では、ブレストなどの際に、少々危ういキーワードが飛び交うことがあります。でも、実はそうした自由な発言のなかから、社会の動きやトレンドの半歩先を行くおもしろいアイデアが生まれることも珍しくありません。そんなアイデアを次々と生み出していくためにも、やはり心理的安全性がある企業は強いと感じます。
ミスが表面化しなくなると組織は崩壊へ向かう
【澤円】
心理的安全性が不足すると、組織運営において具体的にどんな問題が起きるのでしょうか?
【荒木博行】
やはり怖いのは、「ミスが表面化しない」ことです。組織運営において、失敗をタイムリーに把握できるかどうかはかなり重要です。しかし、例えばミスを報告する必要があるときに、上司の険しい表情を見ればどうなるでしょう? 「今日は言わないほうがいい」「できる範囲でカバーしておこう」などと、つい考えてしまうものです。すると、ミスが表面化しなくなり、原因が解明されないまま組織のなかにどんどん溜まっていくのです。
【澤円】
私はかつてサイバーセキュリティの仕事に携わっていましたが、事故が起きたときにやってはいけないのが、ミスを起こした本人を叱責することです。「なにやっているんだ!」とやってしまうと、ほかの人たちはそのあと報告を躊躇してしまうからです。報告してくれたら、すぐに対策ができるわけですから、「むしろそんな人をほめてください」とよく経営者にお伝えしていました。
【荒木博行】
まさにミスや事故の瞬間にどんなリアクションをするかが、心理的安全性の有無を決めますよね。丁寧な言葉遣いでコミュニケーションすることだけが、心理的安全性ではありません。
誰かが激しく叱責されるのを見ると、まわりは「ちょっとやめとこう」「失敗しないくらいにしておこう」となり、誰も本気を出さなくなります。なぜなら、本気を出すとどうしても失敗するリスクが上がるからです。
【澤円】
そうなると当然、成長エンジンも弱くなります。特に、年功序列や終身雇用など上下関係が強固な企業では起きやすい現象かもしれません。
【荒木博行】
これもやはり、「経験を積んだ人こそナレッジがあり、優れた知恵をたくさん出せる」とみなす工業社会のモデルなのです。ですが、いまの知識社会はかなり変化が激しいですから、経験がそのままナレッジにつながるとは必ずしも言えないでしょう。
心理的安全性と「結果責任に対するコミットメント」の関係
【澤円】
では、心理的安全性を高めるためには、どのようなことから始めればいいですか?
【荒木博行】
じつは、組織の心理的安全性を意識する前に、私は「自分のなかの心理的安全性」を意識するのが第一歩になると考えています。
自分のなかには、例えば「人の言うこと聞きたくない自分」「好奇心旺盛な自分」という具合に、いろいろな分身(要素)があるものです。こうした自分のなかの多様な要素を、まわりに自由に出してもいいという感覚をもつことが、とても大事だと思うのです。
【澤円】
お話を聞いて、ふと「自分に嘘をつく」というキーワードが頭に浮かびました。自分との対話を怠ると、知らないうちに、本音をごまかしたり、抑えつけたりすることにもつながりそうです。
【荒木博行】
本当にそうですね。そして、そうした態度が組織の人間関係にもつながるのです。特に規律的な人は、他人の意見を「べき論」で抑えつけたり、意見を言わせない態度をとったりすることもあります。
【澤円】
自分のなかの心理的安全性という観点は大事なポイントですね。では、組織やチームでは、どのように心理的安全性を高めていけばいいでしょうか?
【荒木博行】
先に、心理的安全性を2軸で整理しました。このとき「結果責任に対するコミットメントが高く、心理的安全性も高い」右上の状態が目指すべき地点です。そして、そこに至るには複数の通り道があります。
仮に、目標やノルマでガチガチになっていて、「とにかく言われたことをやる」という結果責任のコミットメントが高い組織だとします。その場合は、いかに個人の意見やアイデアを言える空気をつくっていくかが、まずはとるべきアプローチになります。
逆に、すでにある程度の仲間意識や、いい意味のゆるさがある組織ならば、やはり結果責任に対するコミットメントをいかに高めていくかを考えるのがいいでしょう。
特に新しい企業の場合、社員にあまり厳しいことを言わず、和気あいあいとした雰囲気でスタートする会社が見受けられます。でも、何期か迎えるうちに、どんな企業でも壁にぶつかるわけで、そのときマネジメント層が急に厳しくなることがあるのです。
すると、最初の空気感が好きだった社員たちが一気に抜けていきます。こうしたことも、心理的安全性をつくるときの「通り道」の失敗例と言えるでしょう。
マネジメント職が意識したいコミュニケーションの大前提
【澤円】
どうやら組織やチームの心理的安全性を醸成するには、特にマネジメント職は、常にまわりを「観察」しておく必要がありそうですね。
【荒木博行】
まさにそうで、どちらの通り道を進むとしても、大事なのは観察することと、そのベースとなる、お互いに対する関心や好奇心をもつことです。
心理的安全性で勘違いしてはいけないのは、決して言葉遣いの問題ではないということです。「語尾はどうする」だとか「最初にいいですねをつける」などと気をつけても、やりとりこそ円滑になるかもしれませんが、心理的安全性の本質はコミュニケーションにはありません。
そうではなく、心理的安全性の前提となるのは、相手に対する関心や好奇心なのです。それがないままにコミュニケーションだけを整えている状態が、成長の観点でも、リスク管理の観点でも最も危険だと思います。
【澤円】
問題の本質に目をつぶるのは、確かにまったく時間の無駄でもありますよね。
【荒木博行】
もちろん、言葉が態度をつくるとも言えますし、「言葉から変える」というアプローチ自体は否定しません。ただ、表面的な言葉ばかりを繕って、心のなかでは「この部下はどうせ無理だろう」「結局自分のアイデアしかない」などと考えていては、いいボトムアップ型の知恵は出てきません。
なにより、そんなリーダーの姿勢はまわりに伝わります。「どうせこの人が全部決めるんだろう」というのがわかると、表面的にだけ付き合っておくという状態になり、組織やチームがどんどん脆くなっていくのです。
でも、リーダーが本気でメンバーに関心をもち、「みんなのアイデアが欲しい」「どう考えているのか教えて?」と自ら踏み込んでいけば、メンバーは安心して意見を言えるはずです。そうして初めて、組織はダイナミズムを発揮できるのです。
さまざまな知恵が還流する組織を目指す
【澤円】
最後に、今後企業や組織において、心理的安全性はどのような役割を果たしていくのかお聞かせください。
【荒木博行】
今後の企業や組織では、肩書きや年齢、職歴などにとらわれない「知恵」が還流していくことが重要な要素になります。それをつくるための、ひとつのキーワードが心理的安全性であり、決して心理的安全性をつくることが目的ではありません。
その知恵の還流をつくるには、メンバーそれぞれが「私も意見を言えるし、聞いてもらえる」「自分のナレッジが組織にとって意味がある」と思えることが大事なポイントになります。そうした心理的に安全な状態をまずつくることで、組織内にボトムアップ型の知恵がどんどん回り始めます。
【澤円】
現在は、企業や組織のなかでも情報が流通しやすい状態ですから、それをいかにして有効に流していくかですね。よく心理的安全性についての方法論が言われますが、スキルというよりも、ひとりひとりの「意思」のような気がします。
【荒木博行】
はい。お互いに関心をもつという「意思」によってコミュニケーションしていくことが、最も大事な姿勢になるのではないでしょうか。
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