
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season8
Season7では「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を20社の事例で深掘りしました。
Season8でも引き続き、現代のマーケティングの本質を事例で解き明かしていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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2026年5月22日、スープストックトーキョーがプレスリリースを発表しました。6月26日(金)・27日(土)の2日間、看板であるスープをすべて店頭から消し去り、カレー専門店に変身する「Curry Stock Tokyo」——2016年にスタートした今年で11回目の夏のお祭りです。*1
SNSはすぐに「今年もこの季節がきた!」という歓喜の声であふれました。1杯1,000円前後というファストフードとしては高単価なスープを提供するこのブランドが、「世の中の体温をあげる」という理念のもとで27年間(1999年創業)愛され続けている理由——その構造を解剖します。
- 女性が1人で鎧を脱げる「オアシス」——空間の定義から設計されたポジショニング
- 「スープのない2日間」——自らの看板を破壊することでファンと一体化するリチュアル
- 「誰かの人生に深く寄り添う」——特定の感情ペインを徹底的に解消する設計
- よくある質問(FAQ)
女性が1人で鎧を脱げる「オアシス」——空間の定義から設計されたポジショニング
スープストックトーキョーが登場した1999年、ファストフードの世界は「安さとスピードと回転率」を競う場でした。牛丼・立ち食いそば・ラーメン——これらは男性中心に設計されており、女性が1人で入るには心理的障壁が高かった時代です。
スープストックトーキョーは「誰のための空間か」という問いから設計を始めました。ブランドのパーソナリティとして設定された「秋野つゆ」——都会で忙しく働く女性が、仕事帰りに最もリラックスして、罪悪感なく体に良いものを食べられる「聖域(サードプレイス)」。*2 これがブランドの核心です。
無添加へのこだわり、ガラス張りの明るい店内、そして「スープ」というプロダクト選択——スープはスプーンで少しずつ飲むものです。大きな口を開けてかき込む必要がない。1人で静かに自分のペースで食べられる。外食を「空腹を満たす作業」から「自分を労わる儀式」へと格上げするすべての設計が、このポジショニングに収束しています。
| 項目 | 従来のファストフード | スープストック |
|---|---|---|
| 提供価値 | スピード・安さ・満腹感(作業) | 心と体の癒やし・自分へのご褒美(儀式) |
| メインターゲット | 効率よく食事を済ませたい男性層 | 都会で働く、自分を大切にしたい女性層 |
| イベントの思想 | 定期的な「値引き」による客数維持 | 自らの看板を捨てる「お祭り」による熱狂 |
| 2026年の価値 | コモディティ化した外食の選択肢 | ポーチを置いてホッと一息つける「街のオアシス」 |

「スープのない2日間」——自らの看板を破壊することでファンと一体化するリチュアル
11年目を迎えたCurry Stock Tokyoの本質は、「カレーを売ること」ではありません。
今年のテーマは「Something Yellow!」——この2日間、店舗で黄色いものをスタッフに見せると「何かいいことが起こるかも」という仕掛けがあります。*1 2種がけ(21通り)・3種がけ(70通り)のカレーの組み合わせを選ぶ時間そのものがお祭りの一部として設計されています。
スープ専門店がスープを捨ててカレー専門店になる——この「自らのコアをあえて捨てる」という狂気的なイベントは何を生み出すのでしょうか。毎年この2日間を心待ちにするファンたちが「今年もこの季節がきた!」と自発的にSNSへ投稿し、UGCが爆発します。スタッフ自身も「文化祭のような気持ちで取り組んでいる」と語るように、*3 つくり手とファンが同じ「お祭りの当事者」として一体化する瞬間が生まれます。
「世の中の体温をあげる」という理念が、年に2日間、最も高い温度で燃える夜——これが11年間続いてきた理由は、値引きイベントには絶対に生み出せないカルト的ロイヤルティ(愛着)の永久機関です。

「誰かの人生に深く寄り添う」——特定の感情ペインを徹底的に解消する設計
スープストックトーキョーの事例から学べる最も重要な問いは「自社の商品やサービスを、ただの便利な道具として、競合と機能や価格だけで競わせていないか」というものです。
「1人で入りにくい」「体に悪いものを食べている罪悪感」「仕事中に息を抜ける場所がない」——これらは都会で働く女性たちが長年抱えてきた、言語化されにくい深い感情のペインです。スープストックトーキョーはそのペインに名前をつけ(「秋野つゆ」というブランド・パーソナリティとして)、空間・プロダクト・価格設定のすべてを通じて「あなたの味方」として定義し直しました。
Curry Stock Tokyoというお祭りは、その「味方」関係をさらに深めるリチュアル(儀式)です。毎年この日を一緒に祝うことで、ブランドとファンの間に「私たちだけの時間」という記憶が積み重なっていきます。
2026年のマーケティングは、全員に大量に売ることではありません。特定の誰かの人生に深く寄り添い、時に「お祭りの夜」のような遊び心でファンと手を繋ぐ「世の中の体温をあげる仕組み」を創ること——スープストックトーキョーの27年間が、その見本を見せ続けています。

【本記事のまとめ】
1. 「誰のための空間か」から設計する——女性が1人で鎧を脱げる「オアシス」の構築
「秋野つゆ」というブランド・パーソナリティのもと、無添加・明るい店内・スープというプロダクト選択まで「都会で働く女性が1人で安心してリラックスできる聖域」として一貫設計した。外食を空腹を満たす作業から自分を労わる儀式へと格上げしたポジショニングが、27年間の支持の根拠だ。
2. 自らの看板を捨てる「Curry Stock Tokyo」——年2日間だけ燃えるリチュアルの永久機関
2016年スタート・2026年で11回目。スープ専門店がスープを消してカレー専門店に変身する「狂気的なお祭り」が毎年ファンの自発的UGCを爆発させる。値引きではなく「つくり手とファンが同じ当事者として一体化する瞬間」の設計がカルト的ロイヤルティを生み出す永久機関だ。
3. 特定の誰かの感情ペインに名前をつけ「味方」として定義する——これが長く愛されるブランドの核心
競合と機能・価格だけで競わせず顧客の深い感情ペインに寄り添い空間・プロダクト・イベントのすべてを通じて「あなたの味方(インフラ)」として定義し直すこと。特定の誰かの人生に深く寄り添い年に2日間のお祭りでファンと手を繋ぐ——これが2026年の「世の中の体温をあげる仕組み」の本質だ。
よくある質問(FAQ)
「秋野つゆ」はスープストックトーキョーのペルソナですか?
正確にはペルソナではなく「ブランド・パーソナリティ(ブランドそのものを表す人)」です。スープストックトーキョーを運営するスマイルズの創業者・遠山正道氏が設定した秋野つゆは「顧客のターゲット像」ではなく「このブランドが何者であるか」を人格として表現したものです。ペルソナが「誰に売るか」を規定するのに対し、ブランド・パーソナリティは「このブランドはどんな人間か」を規定します。秋野つゆという人格を通じてブランドの価値観・行動原理・コミュニケーションスタイルが一貫して定義されており、これが27年間のブランドの一貫性を支えています。
Curry Stock Tokyoはなぜ「値引き」ではなく「看板を捨てる」という選択をしているのですか?
値引きイベントは「お得だから来る」顧客を集めますが、値引きが終われば離れます。Curry Stock Tokyoは「スープストックトーキョーというブランドが大好きな人が、この特別な2日間を一緒に楽しむ」という設計です。黄色いものを持参する・2種がけ3種がけを選ぶ・スタッフと一緒にお祭り気分を楽しむ——この体験が「私はこのブランドのお祭りの当事者だ」という帰属意識を生みます。毎年繰り返されることで「この季節がきた」という儀式的な感覚が積み重なり、広告費をかけずにファンが自発的に発信するUGCの連鎖が生まれます。
「サードプレイス」の概念を自社のビジネスに応用するにはどうすればいいですか?
まず「第一の場所(家)」でも「第二の場所(職場)」でもない、顧客が素のままでいられる空間・時間・体験を定義することが出発点です。物理的な店舗でなくても構いません。オンラインコミュニティ・定期的なイベント・サブスクのコンテンツ配信——これらすべてが「第三の場所」になり得ます。重要なのは「ここにいると自分らしくいられる」という感覚を顧客に与えることです。そのためには「誰のための場所か」を明確に定義し、その人が感じているペイン(心細さ・孤独感・プレッシャー)に寄り添う設計が必要です。
*1|スープストックトーキョー公式「6月26日(金)~27日(土)、"スープのない2日間" Curry Stock Tokyoを開催します」(2026年5月22日)。2026年6月26日(金)・27日(土)開催・2016年スタートで11回目・テーマ「Something Yellow!」・カレー7種類(新作3種含む)・黄色いものをスタッフに見せると何かいいことが起こるかも・2種がけ(21通り)・3種がけ(70通り)の組み合わせを確認
*2|Narrative Genes「スープストックトーキョー新社長・工藤萌氏と語る、顧客と紡ぐ独自のブランド体験と『離乳食炎上』声明文の舞台裏」(2024年5月28日)。工藤萌氏(取締役社長)・「世の中の体温をあげる」という企業理念・「秋野つゆ」はブランドのパーソナリティ(ブランドそのものを表す人)・1999年1号店オープン・スープを「メインディッシュとして」提供するというポジショニング・「Soup for all!」という考え方を確認
*3|サングループ「スープのない2日間!『Curry Stock Tokyo』試食会レポート」(2025年6月26日)。「スタッフ全員がスープストックトーキョーの理念『世の中の体温をあげる』を体現するため、この日はお客様と一緒に楽しめるよう文化祭のような気持ちで取り組んでいる」というスタッフの言葉・つくり手とファンが同じお祭りの当事者として一体化する仕組み・カルト的ロイヤルティの永久機関としてのCurry Stock Tokyoの構造を確認
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season8
現代のマーケティングの本質を事例で深掘りしていきます。
- 第1回:「消せない・加工できない・失敗するかもしれない」——そのカメラが、なぜ世界で売れ続けるのか
- 第2回:アシックスの靴は、何も変わっていない——それなのに、なぜ世界が熱狂しているのか
- 第3回:コスメは「数ヶ月で廃盤」が常識のはずだった——リップモンスターに何が起きているのか
- 第4回:「高すぎる」という声を無視し続けるアパホテルが、3期連続最高益を叩き出す理由
- 第5回:なぜZOZOは、アパレル不況のなかで取扱高過去最高を更新し続けられるのか
- 第6回:フェイラーは何も変えていない——それなのに、なぜ若者が抽選に殺到するのか
- 第7回:「カードが使えない、まとめ買い専用」——それでも週末に駐車場が満車になるロピアの構造
- 第8回:年200店舗ペースで首都圏を包囲するまいばすけっとの、誰も真似できない方程式
- 第9回:「お行儀のいい大学広報」を捨てた近畿大学に、何が起きたのか
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- 第11回:シャトレーゼはなぜ、物価高の2026年に「安くて美味しい」を維持できるのか
- 第12回:「ホームセンター」という定義を捨てたカインズに、何が起きているのか
- 第13回:営業利益193%増・累積損失一掃——エスコンフィールドが「野球場」の概念を破壊した方法
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- 第15回:広島の夜に、帰ってきた歓声。——エディオンピースウイング広島が証明した記憶のマーケティング
- 第16回:ネットのクチコミが「棚」になった——@cosmeが売上596億円を叩き出す「二階建てプラットフォーム」の構造
- 第17回:冷凍弁当を「手抜き」と呼ばせない——noshが累計1.5億食を突破した構造
- 第18回:「このブランドを選ぶ自分が好き」——SHIROが広告宣伝に頼らずに熱狂を生み出す「価値観の鏡」戦略
- 第19回:スープストックトーキョーはなぜ、「スープを捨てる2日間」でファンをさらに熱狂させられるのか(本記事)
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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