仕事のストレスは発散するな。脳科学者が警告する「最も危険なストレス習慣」

脳科学者・西剛志が解説:仕事のストレスが人生の質を下げるメカニズムと脳への影響

「人生の質」を左右するものはなんでしょうか。収入や肩書、健康、人間関係などさまざまな要素がありますが、その土台には「どのような脳の状態で日々を過ごしているか」という視点があります。慢性的なストレスは「仕事の成果にとどまらず人生そのものに悪影響を与える」と警鐘を鳴らすのは、脳科学者の西剛志さん。仕事のストレスが人生をむしばむメカニズムと、その対処法について聞きました。

構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人

【プロフィール】

西剛志(にし・たけゆき)

1975年生まれ。脳科学者(工学博士)、分子生物学者。東京工業大学大学院生命情報専攻修了、博士号取得。特許庁を経て2008年にうまくいく人とそうでない人の違いを研究する会社を設立。世界的に成功している人たちの脳科学的ノウハウや、才能を引き出す方法を研究し、エビデンスに基づいた企業研修・商品開発サービスを全国に展開している。これまでに上場企業や教育・公的機関を中心に100団体以上で研修や講演を実施、経営層から若手社員までのべ4万人以上を指導。人間関係・役職・業務負荷といったストレスの悩みに向き合い、離職率の低下解消・チームの生産性向上に貢献してきた。著書には『80歳でも脳が老化しない人がやっていること』(アスコム)などベストセラー多数。

ストレスが人生全体の質を下げる

みなさんに強くお伝えしたいのは、仕事のストレスを軽く考えてはいけないということです。なぜなら、ストレスは単に気分が悪くなるだけではなく、仕事の成果や人生そのものに大きな影響を与えることがわかっているからです。

まず、ストレスが高い状態になると幸福度が下がります。当たり前の話ですが、ストレスフルな状態を幸せだと感じる人は少ないでしょう。そして、幸福度が低い状態では、生産性や創造性まで低下することが研究から明らかになっています。実際、強いストレスを抱えているときにどれだけ考えてもいいアイデアなど出づらいはずです。

さらに深刻なのは、ストレスが長期間続くと脳自体に変化が起きることです。前頭前野は理性や判断力を担う「脳の司令塔」と呼ばれる場所ですが、慢性的なストレスによって機能が低下しやすくなります。すると、冷静な判断が難しくなり、本来なら避けるべき行動を取ってしまうこともあるのです。また、記憶を司る海馬にも影響が及びます。最近物覚えが悪くなった、人の名前が出てこないといった変化もストレスと無関係ではありません。

加えて、怒りや不安などマイナスの感情にかかわる扁桃体の働きも変化し、ふだんなら抑えられる感情が抑えにくくなります。正常な状態であれば受け流せる言葉に過剰に反応したり、感情的な発言をしてしまったりすることが増えるため、職場の人間関係が悪化しやすくなるのです。

つまりストレスは、幸福度、生産性、創造性、判断力、記憶力、人間関係など、仕事の成果や人生の質を左右するあらゆる要素を低下させてしまうわけです。そして、それによってさらにストレスが増えるという悪循環につながることにもなりかねません。

精神的ストレスは要因がなくなっても脳内で増幅する——職場のストレスを家に持ち込まない重要性

ストレス要因が消えてもストレスは増幅する

もちろん、誰だってそうした事態は避けたいものです。多くの人は、仕事のストレスをためたら休日に発散しようと考えるのではないでしょうか。しかし、脳科学の観点から見ると、それ以前に重要なことがあります。それは、「仕事のストレスを職場から持ち帰らないこと」です。

基本的にストレスは、物理的ストレスと精神的ストレスのふたつに分類されます。ある実験では、マウスに電気ショックを与えるグループと、その様子を見続けるグループを比較しました。前者が受けるのは物理的ストレス、後者が受けるのは精神的ストレスということです。すると意外なことに、電気ショックを与えるのをやめたあともストレスが長く残り続けたのは、見ていただけのグループだったのです。

精神的ストレスは、原因そのもの(この実験では電気ショック)がなくなっても脳内で増幅することがあります。いうまでもなく、マウスだけでなく人間も同様です。職場で上司に嫌なことを言われたとします。職場にいるあいだだけならまだいいのですが、帰宅後も「あの言い方はひどかった」「また明日もなにか言われるかもしれない」と考え続けると、脳内ではストレスが再生され続けます。

実際には上司は家にいません。しかし、脳のなかには存在し続けている状態です。その結果、本来は休息の場所である自宅までもが、強いストレスを感じる場所になってしまうのです。

だからこそ、帰宅後も仕事のメールを何度も確認したり、嫌だった出来事を繰り返し思い出したりする習慣には注意が必要です。脳は現実に起きている出来事と、強く想像している出来事を完全には区別できません。思い返しているだけのつもりでも、ストレス反応そのものは続いてしまう可能性があることを覚えておきましょう。

ストレスをどう発散するかも大切ですが、それ以上に「仕事のストレスを家に持ち込まない仕組みをつくること」が重要です。まずは仕事とプライベートの境界線を意識することから始めてみてください。

脳の認知を書き換えてストレスを軽減する:ネームチェンジ法・音楽・コーヒーの香りの活用

脳の認知を書き換えてストレスを軽減する

そのために重要なのが、「脳の警報装置」である扁桃体を過剰に反応させないことです。同じ出来事を経験しても、大きなストレスを感じる人とそうでない人がいるのは、ストレスが出来事自体ではなくそれを「どう認知したか」によって決まるからです。

私がおすすめしている方法のひとつが、「ネームチェンジ法」です。苦手な上司がいる場合、その人の名前を、たとえば「田中部長」ではなく「田中様」と呼んでみる。「たったそれだけ?」と思うかもしれませんが、脳は名前と記憶を強く結びつけています。

同僚と「また田中様にお叱りを受けてさあ」などと雑談をしている場面を想像してみてください。ちょっと茶化したような雰囲気が出て、過度にストレスを感じなくなるような気がしませんか? 呼び方が変わると認知も変わり、ストレス反応が弱まるのです。

また、音楽を聴くことも有効です。人は楽しい音楽を聴いたあとと悲しい音楽を聴いたあとでは、同じ出来事でも受け取り方が変わることがわかっています。私自身もかつて苦手な取引先へ向かう前に気分が上がる音楽を聴くことで、相手の言葉を攻撃的に感じなくなった経験があります。

さらに、コーヒーの香りもおすすめです。コーヒーの香りには人を穏やかにし、他者への親切な行動を増やす効果が報告されています。苦手な相手と会う前にコーヒーの香りを嗅ぐだけでも、認知のフィルターが変わるわけです。

残念ながら、ストレスを完全にゼロにすることはできません。しかし、脳の仕組みを知れば、ストレスとのつき合い方は大きく変えられます。大切なのは、無理をしてストレスに耐えることではなく、脳がストレスを受け取りにくい状態をつくることなのです。

脳科学的ストレス対処法の完全ガイド:扁桃体を制御して仕事のストレスを軽減する方法

西剛志さん ほかのインタビュー記事はこちら】

  • なぜあの人は折れないのか? 脳科学者が教える「ストレスに強い脳」のつくり方(※近日公開)
  • 仕事は好きなのに苦しい——「脳の状態×適性」でわかる働き方の正解(※近日公開)
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)

1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。