小さなころから大人になるまで、誰しも一度は「なぜあの人はあんなに物事を覚えられるのだろう?」「頭がいい人とそうでない人の違いってなんだろう」と思ったことがあるでしょう。
脳科学という観点から、そんな疑問に挑むのが慶應義塾大学助教授の出利葉拓也さん。どうすれば効率よく勉強できるのか? 脳を鍛えられるのか? という、学習についての研究に情熱を注いでいます。
「新進気鋭の若手脳科学者・出利葉さんが考える未来学習」の連載をお送りします。
【ライタープロフィール】
出利葉 拓也(いでりは・たくや)
慶應義塾大学助教・博士課程在学中。牛山潤一研究室所属。自身の学生時代の経験から、脳科学に興味をもち、大学ではヒト脳波を題材にワーキングメモリ、記憶、学習についての研究を行なっている。学部・修士時代からニューロテック事業に携わる。
東大生は学習のエキスパート
東大生といえば、日本最難関の入試を突破した「学習のエキスパート」だといえます。
旺文社の調査によると2023年度の大学受験者数は64.3万人で、同年5月の東京大学1年生の数は3,124人。東大に合格できるのは、同世代の0.5%以下です。(参考:旺文社|2023年度の学部学生数263.3万人で過去最多!、東京大学|令和5年5月1日現在 学部学生・研究生・聴講生数調よりまとめた)
しかも、最難関レベルの英語・数学・国語・理科・社会の5分野から7科目をたった数年間でマスターしなければなりません。
彼らのように高い学習能力を身につけることができれば、英語や資格の試験を乗り越えることができ、仕事の効率もいま以上に高められるはずです。
学習能力を高めることは難しい
しかし、学習能力を高めることは簡単ではありません。「頑張ってもなかなか頭に入らない」という経験は誰しもあるでしょう。
なぜ、思ったように学習成績を高めることが難しいのでしょうか? 実は、私が脳の研究をはじめるきっかけがこの問いでした。
脳波を鍛えられる時代が来る? 新進気鋭の若手脳科学者が「学習」に本気で挑む
まだまだ道半ばではありますが、その研究や調査の成果を紹介したいと思います。
ひとりひとりまったく違う脳を持っている
学習の得意・不得意が生じる原因としては、いろいろな要素が考えられます。
たとえばコツコツものごとに取り組める勤勉な性格や、学習テクニックが学業成績に影響を与えることは心理学の論文でもたびたび報告されています。しかし、いろいろな学習テクニックを活用しながらコツコツ取り組んでも、思ったように成績が伸びないことも少なくありません。
そこで私が着目したのが、「脳の違い」です。
日常的に気づくことはありませんが、私たちひとりひとりは、まったく異なる脳の特徴をもっています。
私は脳研究者として、これまでに数百人の脳活動を計測してきました。するとおもしろいことに、話している言葉やふるまいは同じように見えても、脳の活動はまったく異なることがわかります。
たとえば、アルファ波と呼ばれる脳波(集中力やリラックス状態などと関わることが知られている脳波の一種)が常に強くみられる人もいれば、まったくといっていいほど現れない人もいます。アルファ波以外にもさまざまな脳活動があり、そのどれをとっても同じ人はいません。
これほどまでに脳活動がひとりひとり違うのであれば、学習能力に個人差が生じるのは当然です。
つまり、東大生のように学習が得意な人とそうでない人の脳の違いがわかれば、学習が得意な人に近づくヒントが得られるはずです。そう考え、私はある実験をスタートしました。
東大生の脳の特徴とは?
ある実験とは、いろいろな大学に通う大学生をたくさん集めてきて、彼らが新しいことを学習しているときの脳波を測るというシンプルなものです。
なかには東大生も含まれ、彼らの脳がどのような特徴をもっているのかを調べました。これは現在進行形の研究のため詳細を話せない部分もあるのですが、とても興味深い結果が得られつつあります。
結果としてわかったことは大きく分けてふたつあります。
結果1:多くの脳活動は学習の得意とあまり関係がない
まずひとつめは、多くの脳活動の指標は学習が得意な人も、そうでない人たちも大きな違いはなかったことです。
特に興味深かったのは、集中力との関連が示されている「アルファ波」と呼ばれる脳活動の指標は、学習の得手不得手とあまり関係がなさそうだったという点です。
いわれてみれば、私が学生時代、塾でアルバイトをした際に受けもった生徒の中にも、側から見ればものすごい集中力を発揮して勉強していたのに、思ったように成績が伸びていない子がいました。
集中力は、学習の得手不得手を決める最重要因子ではないのかもしれません。
もちろん、学習に集中力が重要ではないわけではないのですが、この結果は集中力のほかにも本当に大事な要因があるという興味深い可能性を示しています。
ただし気をつけていただきたいのは、「アルファ波=集中力」とは言い切れないという点です。脳波についてはまだまだ未解明な点が多いため、解釈には注意が必要です。
結果2:学習が得意な人は、間違えたときに脳にスイッチが入る
それでは、学習の得手不得手と関連する、重要な脳の活動は何なのでしょうか。
それがふたつめの結果です。結論から書くと、学習が得意な人は「間違えた際の脳活動」が、ほかの人たちと顕著に異なるということがわかりました。
東大生をはじめとする学習が得意な人たちは、問題に間違えたときに、前頭葉の活動性がスイッチを入れたように急激に増加していたのです。前頭葉は学習や記憶に重要な脳領域のひとつであるため、彼らは間違えたときに急速に学習効率を高めているようです。
このような反応は、学習が苦手な人ではあまり見られませんでした。
これが示唆することは、学習が得意な人たちは間違えたときにその事実を明確に認識し、誤りから学ぼうとする傾向がとても強いということです。
一方、学習が苦手な人たちは、間違えても脳があまり反応せず、同じ間違いを繰り返してしまう傾向がありました。
先行研究を調べてみると、2013年にJournal of Neuroscience誌に掲載された論文では、不正解時に前頭葉の活動性を示す脳波が強い人の方が、そうでない人よりも学習効率が高いことを示しています。また、2009年にPsychophysiology誌に掲載された論文では、そのような活動が実際の学業成績と相関することを報告しています。
私たちの発見は先行研究の報告と一貫して、間違えた際に前頭葉にスイッチが入ったように強く活動することの重要性を示しています。
これは、いわば「負けず嫌いの方がいい」ということなのかもしれません。
間違えてしまったときに間違えたことをとても重くとらえる人の方が、学習が早く進むのだととらえることができます。
将棋界のトップを走る藤井聡太棋士には、以下のような逸話があります。
谷川(浩司)先生との二枚落ちで敗勢に陥り、谷川先生が引き分けを提案したところ、将棋盤にしがみつくように泣きじゃくった
(引用:将棋情報局|【探求】藤井聡太のマグマはどこに行ったのか?)
そのぐらい負けず嫌いな脳を持っている方が、学習には有利なのかもしれません。
学習が得意になる方法
研究の結果、「間違えたときに前頭葉が活動すること」が大事であることが示唆されました。
それでは、学習が苦手な人はどうすれば学習が得意になれるのでしょうか。これについては、以下の研究結果が、いくつかのヒントを与えてくれます。
ひとつめは、外部デバイスを利用する方法です。
学習成果を高めるためには間違いからの学習効率を高める必要があります。
そのためには、たとえば数学や英語のテストを解いたあとに、間違えた箇所をメモ帳や復習アプリに記録し、定期的に学習するといったことが有効でしょう。脳の性質の違いは、ノートやスマホといった外部デバイスで補えばいいのです。
もうひとつの方法は、「間違えたときの前頭葉の活動」を高める方法です。
これには、いくつか興味深い先行研究があります。実は、脳活動は意外と簡単な方法で高めることができるようです。
その方法とは、「自主的に決める」ことと「衝動的に答えない」ことです。
2015年にCerebral Cortex誌に報告された研究では、学習に用いる道具を自分で選ぶという行為だけで、「間違えたときの前頭葉の活動」が大きく上昇することが報告されました。逆に、他者に決められた道具を使うと、このような活動は低下し、学習効率が下がりました。
日常的に学習に用いる文房具や書籍を自分で決めたり、いつどこで学習するかを自分の意思で決定したりするだけで、学習効率は向上するのです。
また、2010年にNeuroreport誌に報告された研究では、衝動的で無計画な行動をする傾向があると、間違えたときの前頭葉の活動が小さい傾向があることも示されています。
間違いから学ぶためには、十分に考えた上で回答しなければいけないということなのかもしれません。
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まだまだ研究は途上ですが、東大生のように学習が得意な人の特徴がわかってきました。彼らは、間違えたときに急激に前頭葉の活動性を高め、学習効率を高めていたのです。
このような脳の活動性は、外部のデバイスを活用することで補うことができますし、学習に取り組むちょっとした意識の違いで簡単に高められることも示唆されています。
ぜひ、普段の学習に取り入れてみてください。また、私たちの研究もこれからさらに加速していき、学習能力を飛躍的に高める方法を開発することを目指しています。これからの研究を応援していただければ幸いです。
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将棋情報局|【探求】藤井聡太のマグマはどこに行ったのか?
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