英語教育の話題になると、決まって出てくる批判があります。「This is a penなんて、実際には使わない」。飲み会でもSNSでも、この一言は学校英語への定番のツッコミとして繰り返されてきました。
たしかに、ペンを見せながら「これはペンです」と言う場面はまずありません。実際、いまの検定教科書は挨拶や「I am」から始まるのが主流です。それでも「I am a student.なんて言わない」と、同じ形の批判は続いています。
標的を替えても批判が消えないなら、笑われているのは教科書の文の単純さです。この記事では、その単純さがどこから来るのかを、教科書を「設計する」側から考えてみます。
教科書の文が単純でなければならない理由
学校英語では、ひとつの単元で新しく教える文法事項を、原則としてひとつ程度に抑えなければなりません。教育現場では、これはごく当たり前の考え方として共有されています。
たとえば一日の授業で、一般動詞と三人称単数と疑問文と否定文と助動詞と過去形を一気に詰め込んだらどうなるのでしょうか。
生徒は何を覚えればいいのかわからなくなります。だから教材は「今日は一般動詞だけ」「今日はbe動詞だけ」というように、一歩ずつ積み上げていくのです。
文法だけ制限しても、語彙が自由なままでは、それだけで文は難しくなります。
たとえば「This is a fire extinguisher.」という文を考えてみてください。意味は「これは消火器です」。文法はこのうえなく簡単ですが、extinguisher(消火器)という単語を知らなければ理解できません。
つまり、新出文法をひとつに抑えるだけでは足りず、新出語彙もできるだけ少なくしなければならないのです。すると使える単語は、pen、book、desk、cat、dogのような、イラスト一枚で意味が伝わる身近なモノの名前に限られてきます。
文法と語彙を絞っても、文には状況が必要です。誰が話しているのか。誰に向かって話しているのか。何のために話しているのか。そう考えると、「これはペンです」くらいシンプルな状況のほうが、余計な情報を増やさずに済みます。
逆に、実際の自己紹介なら「Hi, I'm Ken. I'm really into baseball.」のように話すほうが自然です。しかしこの短い文にも、I'mという短縮形や、「〜にハマっている」を表すbe intoという言い回しが入っています。be動詞を習ったその日の生徒には、説明しきれない量です。
教科書は積み木でできている
日常会話で本当によく使う表現を挙げると、「I mean」「You know」「Kind of」「Depends」「I'm gonna」のようなものになります。ところが、これらは初心者に説明するのが非常に難しい表現です。
省略、会話のつなぎ言葉、くだけた言い方、文脈への依存、音の変化。ひとつ説明し始めると、何ページも必要になります。
「よく使う」ことと「最初に教えやすい」ことは、まったく別の話なのです。
教科書は一文ごとに切り出して評価してはいけません。教科書は積み木だからです。積み木をひとつだけ取り出して見れば、「なんで四角い木なんだ」「こんなの家じゃない」と言うこともできます。しかし、その積み木を積み重ねることで、初めて家になります。

英語も同じです。最初は「This is a pen.」、次に「This is my pen.」、その後「Is this your pen?」、さらに「Whose pen is this?」というように、少しずつ文法を増やしていく。
ひとつ前の知識を使いながら、次の知識だけを追加する。そのための設計なのです。
教科書は英語例文集ではなく、学習者の認知負荷を管理しながら知識を積み上げる教材です。料理教室が初日からフルコースを作らせないのと同じです。
まずは包丁の持ち方、次に切り方、それから火の使い方。一品を作るのはその先です。「This is a pen」はゴールではなく、be動詞というルールを学ぶための足場にすぎません。
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「もっと自然な例文にすればいい」は言うほど簡単ではない
「じゃあ、もっと自然な例文にすればいいじゃないか」。そう思う人もいるかもしれません。では、実際に考えてみてください。条件は次のとおりです。
例文づくりの条件
- 新出文法はbe動詞だけ
- 新出語彙はほぼ増やせない
- 中学入学直後でも理解できる
- イラスト一枚で状況が説明できる
- 次の単元にもつながる
- 誤解が少ない
- 全国どこの学校でも使える
- 特定の文化や地域に依存しない
この条件をすべて満たしながら、「実際によく使う自然な文」を大量に作るのは、想像以上に難しい仕事です。だからこそ、多くの教科書は似たような例文に収束していきます。設計条件が似ていれば、解も似るからです。
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「This is a pen」を笑うのは簡単ですが、同じ制約のなかで代案を作れる人はほとんどいません。

そして標的が「I am」に替わっても「Hello」に替わっても、きっと同じ笑いが繰り返されるはずです。批判が消えないのは文が古いからではなく、私たちの多くが教科書を「例文集」として眺めているからです。自然な英文にたくさん触れたいなら、それは例文集や多読教材の持ち場です。教科書にそれを求めるのは、木に登って魚を捕ろうとするようなものです。
教材づくりとは、学べる順番を設計することです。あの短い一文の向こうには、認知負荷と語彙と場面を同時に管理する、緻密な設計の仕事があるのです。
よくある質問(FAQ)
Q. 「This is a pen」は、いまの教科書にも載っていますか
Q. なぜ教科書の例文は不自然に感じられるのですか
Q. 実際によく使う表現から学び始めてはいけないのですか
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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