
📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season8
Season7では「なぜこの構造(仕組み)は崩れないのか」を20社の事例で深掘りしました。
Season8でも引き続き、現代のマーケティングの本質を事例で解き明かしていきます。
まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
▶ Season 1【全14回まとめ】|▶ Season 2【全15回まとめ】|▶ Season 3【全20回まとめ】|▶ Season 4【全20回まとめ】|▶ Season 5【準備中】|▶ Season 6【準備中】|▶ Season 7【準備中】
音楽はスマホで聴くのが当たり前になった2026年。世界中の多くのリアルCDショップが閉店に追い込まれた時代に、日本のタワーレコードは純利益14億3,600万円(第44期・2025年2月期)という数字を叩き出しています。*1
今日も渋谷のタワーレコードには、K-POPアーティストのパネル展を目当てに行列を作る若者たちがいます。サイン入りポスターの抽選に一喜一憂し、限定フォトカードをスタッフに見せてもらい、スマホで撮影してSNSに投稿する——デジタルストリーミングの敗者になるはずだったこのブランドが、なぜ今、最もクールな「リアル経済圏」を証明できているのでしょうか。
Season8最終回。タワーレコードを通じて、20回分の学びをすべて回収します。
- 「音楽を聴く機能」を捨て、「推しへの愛を叫ぶ空間」へ——ドメインの転生
- 買い物ではなく「参拝」——UGCが自走する神社システムとポップアップメディア化
- Season8の結び——20回分の「怪物たち」が教えてくれたこと
- よくある質問(FAQ)
「音楽を聴く機能」を捨て、「推しへの愛を叫ぶ空間」へ——ドメインの転生
タワーレコードが生き残った理由を「CDが売れているから」と説明するのは間違いです。
現代の消費者にとって、音楽を「聴く」という機能価値はSpotifyやApple Musicで完全に満たされています。タワーレコードが売っているのは「聴くためのプラスチックの円盤」ではありません——大好きなアーティストと同じ空間にいるような「パネル展の臨場感」、自分の手で引き当てる「特典の歓喜」、そして部屋に飾るための「アート資産としてのフィジカル」です。*2
2025年11月から2026年2月にかけて完了した渋谷店の大規模リニューアルが、この転換を象徴しています。*2 等身大ビジュアルの横で撮影できる「個室フォトスポット」、韓国の繁華街をイメージしたネオンサイン風装飾の5階K-POPフロア、6階には音楽を聴きながらビールを飲めるスタンド——これは「CDショップ」ではなく「推し活の聖地」の設計です。
「ライブやイベント、展示に来てもらい楽しんでもらう。推し活がセットになり、結果としてパッケージが売れる」——タワーレコード渋谷店が10年かけて辿り着いたこの逆説が、純利益14億円の正体です。*2
| 項目 | 音楽サブスク | タワーレコード(リアル店舗) |
|---|---|---|
| 提供する価値 | 効率・安さ・利便性 | エモーション・所有感・空間の共有 |
| ユーザーの行動 | 日常のBGMとして「消費」する | 推しへの愛を証明しに「参拝」する |
| 製品の定義 | データのストリーミング | 部屋に飾りたい「アート・コレクターズアイテム」 |
| 2026年の価値 | 音楽を聴くための「OS」 | ファンの熱量が溶け出す「リアル神社(聖地)」 |

買い物ではなく「参拝」——UGCが自走する神社システムとポップアップメディア化
ファンにとって、タワーレコードに行く行為は「消費」ではありません。推しへの愛を証明し、お布施をする「お参り(参拝)」です。
パネル展で推しの等身大ポスターと並んで撮影し、「#タワレコ」「#推し活」としてSNSへ投稿する——このUGCが次のファンを呼び寄せ、そのファンがまた投稿する。広告費をかけずに自走するマーケティングの構造は、@cosmeの「香りのUGCループ」(vol.16)、SHIROの「エシカルなUGCループ」(vol.18)と本質的に同じです。*3
さらにレーベル(メーカー)にとって、タワーレコードはもはやただの小売店ではありません。実際にファンと対面できる「最強のリアルメディア」として、限定施策やプロモーション予算がここに集中します。K-POPのラッキードロー・サイン会抽選・限定フォトカード——これらはすべてレーベルがタワーレコードというメディアに「出稿」している広告です。*3
デジタルが便利になればなるほど、人間は「手で触れること」「目で見ること」「同じ熱量を持つ仲間と空間を共有すること」を渇望する——この逆説的なインサイトが、CDショップという斜陽業態の真ん中に「誰も真似できない独自の楽園」を生み出しています。

Season8の結び——20回分の「怪物たち」が教えてくれたこと
「デジタル化で自社の市場が縮小している」「もう終わりだ」——時代の変化を言い訳にして諦めていないでしょうか。
タワーレコードが証明したのは「斜陽産業の中にこそ、誰も真似できない独自の楽園を創ることができる」という事実です。CDが売れなくなった時代に、CDショップが「推し活の聖地」として生まれ変わる——このドメインの再定義こそが、Season8を通じてすべての怪物たちが実践してきたことの本質です。
今シーズン、私たちが追いかけた20社の共通点を振り返ってみましょう。
instaxチェキ(vol.1)は「撮れない不便さ」を「リアルの愛おしさ」に変えた。アシックス(vol.2)は「変わらないこと」を「本物の証明」に変えた。リップモンスター(vol.3)は「廃盤という運命」を「入手困難というプレミアム」に変えた。アパホテル(vol.4)は「高い」という批判を「強さの証」に変えた。ロピア(vol.7)は「不便さ」を「熱狂の演出」に変えた。まいばすけっと(vol.8)は「コンビニとスーパーの間」を「日常インフラ」に変えた。近畿大学(vol.9)は「お行儀のよさ」を捨てて「ニュースメーカー」になった。Fビレッジ(vol.13)は「野球場」を「街のOS」に変えた。千葉ジェッツ(vol.14)は「観客」を「推し活の当事者」に変えた。サンフレッチェ広島(vol.15)は「試合」を「街の体温の発生源」に変えた。@cosme(vol.16)はネットのクチコミを「物理の棚」に変えた。nosh(vol.17)は「手抜き」を「健康への投資」に変えた。SHIRO(vol.18)は「広告」を「価値観の鏡」に変えた。スープストック(vol.19)は「外食」を「自分を労わる儀式」に変えた。そしてタワーレコードは「CDショップ」を「推しへの参拝地」に変えた。
すべてに共通するのは「機能から情緒へのドメイン再定義」です。効率の波に流されることなく、顧客の「愛着と熱狂の受け皿(インフラ)」を泥臭く、美しくデザインし続けること——これが2026年のマーケティングの、唯一無二の正解です。
デジタルがどれほど進化しようとも、人間は生身の感情(エモーション)を持つ生き物です。自社のサービスの「ドメイン(定義)」を機能から情緒へとずらす(リ・ポジショニング)ことができれば、どんな斜陽産業の中にも、あなただけの独自の楽園を創ることができます。
Season8、全20回。読み続けてくださってありがとうございました。今シーズンで学んだ視点を、あなた自身のビジネスの現場で、ぜひ試してみてください。

【本記事のまとめ】
1. 「CDショップ」から「推し活の聖地」へ——ドメインの再定義が純利益14億円を生んだ
音楽を聴く機能はサブスクで完結する時代に、タワーレコードは「パネル展の臨場感」「特典の歓喜」「アート資産としてのフィジカル」を売る場所に転生した。2026年2月完了の渋谷店リニューアルでは個室フォトスポット・K-POPフロアのネオンサイン装飾・ビアスタンド設置など「推し活の聖地」設計が完成。「ライブやイベント展示がセットになりパッケージが売れる」という10年かけて辿り着いた逆説が純利益14億円の正体だ。
2. 「参拝」というUGCが自走する神社システム——レーベルのプロモーション予算も集中する
ファンにとってタワーレコードへ行く行為は消費ではなく推しへの愛を証明する参拝だ。パネル展撮影→SNS投稿→次のファンを呼ぶというUGCの自走ループが広告費なしのマーケティングを実現。レーベルにとっては限定施策・ラッキードロー・サイン会抽選という「リアルメディアへの出稿」の場となりプロモーション予算が集中する好循環が生まれている。
3. Season8 全20回の結論——機能から情緒へのドメイン再定義が唯一の正解
デジタル全盛時代においても人間は生身の感情(エモーション)を持つ。自社サービスのドメインを機能から情緒へとずらすリ・ポジショニングができれば斜陽産業の中にも誰も真似できない独自の楽園を創ることができる。今シーズン20社の怪物たちが共通して示したのは「効率の波に流されず顧客の愛着と熱狂の受け皿をデザインし続けること」だ。
よくある質問(FAQ)
タワーレコードはCD以外の収益源はあるのですか?
あります。大きく3つです。①アナログレコードの販売——近年のレコードブームを受けて渋谷店6階に「TOWER VINYL」という専門フロアを設け、クラフトビールを楽しめるビアスタンドと組み合わせた体験型空間を展開しています。②グッズ・コレクターズアイテムの販売——K-POPトレカ・アーティストグッズ・限定フォトカードなどCDに付随するフィジカルコンテンツが収益の柱になっています。③プロモーション・メディア収入——レーベルがファンへのプロモーション施策(ラッキードロー・パネル展・サイン会抽選など)のためにタワーレコードの場所・チャネルを活用する際の収益です。CDの売上は減少しても、これらの補完収益が純利益14億円を支えています。
「ドメインの再定義」を自社のビジネスで実践するにはどこから始めればいいですか?
「顧客は自社の商品・サービスを通じて、本当は何を手に入れたいのか」という問いから始めることをお勧めします。タワーレコードの顧客は「音楽を聴きたい」のではなく「推しへの愛を表現する場と証拠が欲しい」のでした。この「機能の裏にある感情的な欲求」を掘り起こすことが出発点です。競合と同じ「機能」で戦っている限り価格競争に陥ります。しかし感情的な欲求の次元に移動した瞬間、比較対象がなくなります。noshの「手抜きではなく健康への投資」、SHIROの「このブランドを選ぶ自分が好き」——これらはすべてこの問いへの答えです。
Season8で紹介された20社に共通する「強さ」を一言で表すとしたら何ですか?
「顧客の愛着の受け皿になること」です。チェキは写真というリアルな記憶の受け皿、アパホテルは「高くてもここがいい」というロイヤルティの受け皿、Fビレッジは「球場以外でも来たい」という体験欲求の受け皿、タワーレコードは「推しへの愛を叫びたい」という感情の受け皿——すべての強いブランドは、顧客がすでに持っている感情・記憶・熱狂に対して「あなたの受け皿はここです」と手を差し伸べています。この「受け皿」を作ることこそが、2026年のマーケティングの核心です。
*1|決算公告データ倉庫「タワーレコード株式会社 第44期決算 当期純利益1,436百万円!」(2025年6月)。第44期(2025年2月28日期末)当期純利益14億3,600万円・純資産114億円超・自己資本比率50%超・「デジタル化の波に洗われた音楽小売業界においてこれだけの利益と資産を維持していることは同社が時代の変化に適応し成功を収めていることの証明」を確認
*2|アドタイ「タワーレコード渋谷店が大規模リニューアル 音楽と推し活の新聖地をめざす」(2025年10月21日)。渋谷店リニューアル(2025年11月〜2026年2月28日フルオープン)・等身大ビジュアルフォトスポット(個室化)・5階K-POPフロアのネオンサイン風装飾・6階TOWER VINYLのビアスタンド(TOWER RECORDS BEER)新設・「推し活がはかどるスポット」というコンセプトを確認
*3|タワーレコード渋谷店公式サイトおよびタワーレコード公式「タワレコ渋谷店が大幅リニューアル」(2025年10月20日)。「4F:全ての推し活を応援するフロア!」「5F:熱気を体感する日本一のK-POP空間!」「6F:スタンディング・ビアバーを新設した日本最大規模のレコード専門フロア!」・パネル展示&パネルプレゼント抽選・ラッキードロー・サイン会などレーベルとの限定施策・「ライブやイベント展示などを来店し楽しんでいただく。推し活はそこに密接にリンクします。それがセットになり、結果としてパッケージが売れるという流れに変わっています」という渋谷店長谷川氏のコメント(オリコン2025年2月27日記事)を確認
▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season8 全20回
現代のマーケティングの本質を事例で深掘りしていきます。
- 第1回:「消せない・加工できない・失敗するかもしれない」——そのカメラが、なぜ世界で売れ続けるのか
- 第2回:アシックスの靴は、何も変わっていない——それなのに、なぜ世界が熱狂しているのか
- 第3回:コスメは「数ヶ月で廃盤」が常識のはずだった——リップモンスターに何が起きているのか
- 第4回:「高すぎる」という声を無視し続けるアパホテルが、3期連続最高益を叩き出す理由
- 第5回:なぜZOZOは、アパレル不況のなかで取扱高過去最高を更新し続けられるのか
- 第6回:フェイラーは何も変えていない——それなのに、なぜ若者が抽選に殺到するのか
- 第7回:「カードが使えない、まとめ買い専用」——それでも週末に駐車場が満車になるロピアの構造
- 第8回:年200店舗ペースで首都圏を包囲するまいばすけっとの、誰も真似できない方程式
- 第9回:「お行儀のいい大学広報」を捨てた近畿大学に、何が起きたのか
- 第10回:スタジオアリスはなぜ、2段階値上げをしてもなお週末の店舗が埋まり続けるのか
- 第11回:シャトレーゼはなぜ、物価高の2026年に「安くて美味しい」を維持できるのか
- 第12回:「ホームセンター」という定義を捨てたカインズに、何が起きているのか
- 第13回:営業利益193%増・累積損失一掃——エスコンフィールドが「野球場」の概念を破壊した方法
- 第14回:千葉ジェッツはなぜ、Bリーグ史上初の売上50億円を叩き出せたのか
- 第15回:広島の夜に、帰ってきた歓声。——エディオンピースウイング広島が証明した記憶のマーケティング
- 第16回:ネットのクチコミが「棚」になった——@cosmeが売上596億円を叩き出す「二階建てプラットフォーム」の構造
- 第17回:冷凍弁当を「手抜き」と呼ばせない——noshが累計1.5億食を突破した構造
- 第18回:「このブランドを選ぶ自分が好き」——SHIROが広告宣伝に頼らずに熱狂を生み出す「価値観の鏡」戦略
- 第19回:スープストックトーキョーはなぜ、「スープを捨てる2日間」でファンをさらに熱狂させられるのか
- 第20回:斜陽産業の真ん中で純利益14億円——タワーレコードが「CDショップ」の定義を捨てた日(本記事・最終回)
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
X→@oka_kgs / Instagram→@oka_ken2010
/ 著書(amazon)