大谷翔平には素直に感動できるあなたが、身近な人の成功にはもやもやする。その理由と、あなたの可能性について。

野球選手のシルエット

大谷翔平選手のニュースを見る。素直に「すごい」と思う。感動するし、興奮もする。嫉妬なんて、まったくわいてきません。

ところが、相手が身近な人になると様子が変わります。先に成果を出した同僚。SNSで流れてくる、同級生の活躍。「すごいね」と口では言いながら、心のどこかがもやっとする。このままでいいのかな、と考えがよぎる。それなのに、何をすればいいのかはわからない。

大谷選手には感動できたのに、なぜ身近な人にはもやもやするのか。この記事では、その温度差の正体と、もやもやの先ですべきことを考えます。そのもやもやは、読み方を変えれば、次の一歩を指し示すサインになります。

大谷選手には感動するのに、同僚にはもやもやするのはなぜか

不思議といえば、不思議です。実績の差でいえば、大谷選手のほうが圧倒的に遠い存在のはず。それなのに、心をもやもやさせるのは、身近な人のほうなのです。

この温度差は、社会的比較理論で説明できます。人は、自分の能力や立ち位置を知るために他者と比較します。そして、比較の相手として選ばれやすいのは、自分と似た他者だとされています。*1

大谷選手は、遠すぎて比較になりません。だから安心して感動できる。一方、優秀な同僚や活躍する同級生は、年齢も環境も自分と地続きです。無意識のうちに比較が始まり、もやもやが生まれます。

比較してもやもやするのは、どこかで「そこには到達できる」と思っているからです。大谷選手になりたいとは思わない。でも、同僚には負けたくないと思う。

つまり、もやもやは、「自分もそこに届くはずだ」と感じている証拠なのです。

何をすればいいのかわからないのは、道筋が見えていないから

届くはずだと感じているのに、何をすればいいのかわからない。原因は、いまの自分と相手とのあいだの道筋が見えていないことにあります。

相手のすごさは、ひとつの大きな塊として目に入ります。けれど実際は、いくつものスキルや行動が段階的に積み上がってできた、いわばスキルツリーのような構造物です。

相手との差

いまの自分からそこまでのあいだに、どんな要素が、どんな順番で並んでいるのか。この中間の構造が見えないから、最初の一歩の置き場所もわからないのです。

見えないなら、見えるようにすればいい。塊のままの「すごさ」を、要素に分解するのです。

目標設定の研究で知られるロックとレイサムも、「ベストを尽くす」という曖昧な目標よりも、具体的で難しい目標のほうが成果につながりやすいと示しています。*2

「あの人みたいになりたい」は、曖昧な目標の典型です。これを具体的な行動に変換できたとき、もやもやは初めて前に進む力になります。

分解の道具は「観察」

もやもやする相手を、観察の目で見てみてください。

観察すれば、「すごさ」はいくつもの要素に分かれます。たとえば「プレゼンがうまい同僚」なら、こんな要素が書き出せます。

例)「プレゼンがうまい同僚」を観察すると

「話がうまい」

「資料がわかりやすい」

「発表の前に、必ず声に出して練習している」

「冒頭で、結論をひとことで言い切っている」

ただ、書き出した要素をそのまま眺めても、まだ動けません。この一覧には、性質の違うものが混ざっているからです。

能力は真似できない。真似できるのは、行動

書き出した要素は、ふたつに分かれます。「話がうまい」「資料がわかりやすい」は、能力。「声に出して練習している」「結論をひとことで言い切っている」は、行動です。

そして、能力は行動の結果であって、行動そのものではない。能力は目標にはなりますが、直接真似ることはできません。真似られるのは、行動だけです。「あの人は優秀だから」で観察が止まってしまうのは、能力だけを見て、その手前の行動を見ていないからです。

ばらばらの積み木

熟達研究の古典で、エリクソンらは、専門家の卓越したパフォーマンスを、改善を目的とした練習を長年積み重ねた末の結果として説明しました。一流の演奏家どうしの実力差でさえ、積み重ねた練習量の差と対応していたといいます。*3

この軸で仕分けると、現在地とやることが同時に見えてきます。

書き出した要素の仕分け

能力 現在地を教えてくれる

自分にできていること/自分にできていないこと

行動 今日から手をつけられる

できるはずなのに、未着手のこと/できるようになるために、すべきこと

「できるはずなのに、未着手のこと」は、取り入れるだけです。新しく身につけるものはなく、もはや意識の問題。気づいた時点で、ほぼクリアしています。

やるべきことは、もうひとつのほうです。相手との差を埋めるための行動を、ひとつ選んで始める。今日の予定に入れてしまえば、最初の一段はのぼり始めています。

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身近な人の活躍にざわつくのは、そこに自分も届くはずだと、どこかで感じているからでした。人は、届かないと思っている相手とは、そもそも比べません。つまりあのもやもやは、あなたがあなた自身に感じている可能性です。

可能性があるなら、進めばいい。道の作り方は、もう手元にあります。相手を観察し、能力と行動に仕分け、差を埋める行動をひとつ、今日の予定に入れる。その一歩の先に、また次の一歩が見えてきます。

最近、心がもやっとした相手を、ひとり思い浮かべてみてください。その人のどこを、うらやましいと感じていますか。

よくある質問(FAQ)

身近な人の活躍にもやもやしてしまいます。この感情はどうすればいいですか?
無理に消す必要はありません。社会的比較理論では、人は自分と似た相手と比較するとされています。もやもやが生まれるのは、その領域に「自分も届くはずだ」とどこかで感じているからです。相手の行動を観察する材料に変えるのがポイントです。
観察しても「あの人は優秀だから」としか思えません。どうすればいいですか?
能力と行動を分けてみてください。能力は行動の結果であって、行動そのものではありません。「優秀」の中身を、「発表の前に必ず声に出して練習している」のような行動のレベルまで降ろすと、真似できる要素が見えてきます。
具体的に、今日から何を始めればいいですか?
もやもやする相手を観察して、すごいと感じる要素を書き出してみてください。次に、それを能力(できている・できていないこと)と行動(未着手のこと、できるようになるためにすべきこと)に仕分けます。未着手のことは、気づいた時点で取り入れられます。できるようになるためにすべきことをひとつ選び、今日の予定に入れることが最初の一歩です。

【ライタープロフィール】
橋本麻理香

大学では経営学を専攻。13年間の演劇経験から非言語コミュニケーションの知見があり、仕事での信頼関係の構築に役立てている。思考法や勉強法への関心が高く、最近はシステム思考を取り入れ、多角的な視点で仕事や勉強における課題を根本から解決している。