仕事で行き詰まったら、5分だけ絵を逆さまに描く。思考を切り替える「逆さま描き」入門

逆さまの女性

締め切り前なのに、書きかけの原稿がまったく進まない。資料を読み、メモを見返し、うんうん考えているのに、出てくるのは既視感のある言葉ばかり。

そんな「考えているのに詰まる」状態に、心当たりはありませんか。

もしかすると問題は、考える量が足りないことではなく、同じモードで考え続けていることかもしれません。

そこで試したいのが、ベティ・エドワーズが『脳の右側で描け』で紹介した「逆さま描き」です。絵の練習法として知られていますが、じつは仕事や学習で凝り固まった認知を切り替える「小さなスイッチ」としても使えます。

この記事では、逆さま描きの考え方と、ライターである筆者が仕事の行き詰まり対策として実践した方法を紹介します。

「考えすぎて進まない」は、頭のなかの同じ道をぐるぐる歩いている状態

企画書をつくる。記事の切り口を考える。会議で新しい案を出す。そんな場面で、私たちは「もっと論理的に整理しよう」「もっと言葉にしよう」と頑張りがちです。

もちろん、言語化や分析は仕事に欠かせません。しかし、そればかりが続くと、頭のなかは少し窮屈になります。

たとえばライターなら「これは読者ニーズに合っているか」「この見出しは効果的か」などと判断し続けるうちに、まだ育つ前のアイデアまで自分で却下してしまうのです。

ポイント

ベティ・エドワーズの公式サイトでは、描くことは単に手先の技術ではなく「ものの見方」を切り替える訓練だと説明されています。言語的・分析的な処理をいったん脇に置き、線や形、空間の関係に注意を向けることが重視されているのです。*1

つまり、行き詰まったときに必要なのは、さらに考え込むことではなく、いったん「見るモード」に戻ることなのです。

ベティ・エドワーズの「逆さま描き」とは? 才能ではなく“見方”を変える練習

ベティ・エドワーズは、美術教育に知覚心理学の考え方を取り入れたことで知られる教育者です。

代表作『Drawing on the Right Side of the Brain』(邦題『脳の右側で描け』)は1979年に初版が出版され、のちに改訂を重ねながら広く読まれてきました。公式サイトによると、初版は発売直後から大きな反響を呼び、ニューヨーク・タイムズのベストセラーリストに1年近くとどまったといいます。*1

彼女の有名なワークが「逆さま描き」です。やり方はとてもシンプル。人物画や線画を上下逆さまに置き、そのまま模写する。それだけです。

普通に顔を描こうとすると、私たちはすぐに「これは目」「これは鼻」「これは手」と名前をつけます。すると、目の前の線を見ているつもりで、じつは自分のなかにある「目っぽい記号」「鼻っぽい形」を描いてしまうのです。

ところが絵を逆さまにすると、名前がつけにくくなります。「これは何か」と考えるより、「この線はどちらに傾いているか」「この余白はどんな形か」に意識が向きやすくなります。

仕事でも同じことが起きています。「これは失敗案件」「この人は苦手」「この企画は無理」と名前をつけた瞬間、見えるものはかなり狭くなる。逆さま描きは、そのラベル貼りを一時停止する練習なのです。

右脳・左脳を信じすぎず、「処理モードの切り替え」として使う

エドワーズの考え方の背景には、ロジャー・スペリーらによる分離脳研究があります。スペリーは、左右の大脳半球が異なる認知機能に関わることを示した研究で、1981年にノーベル生理学・医学賞を受賞しました。*2

注意しておきたいこと

「右脳は創造、左脳は論理」と単純に分けすぎるのは禁物です。現代の脳科学では、多くの課題に左右の脳が協調して関わると考えられています。Psychology Todayでも、エドワーズの方法には先入観を抑える利点がありうる一方、右脳・左脳という説明は単純化されすぎだと指摘されています。*3

そこでこの記事では、右脳・左脳を厳密な脳の場所としてではなく、認知のモードを表す比喩として扱います。

  • 言葉で整理するモード
  • 関係性や形をそのまま見るモード

このふたつを切り替える練習として、逆さま描きは使いやすいのです。

大事なのは「右脳を鍛えるぞ」と気合を入れることではありません。言葉で考えすぎている自分に気づき、いったん観察に戻ることです。

右脳と左脳

逆さま描きのやり方。仕事の合間でも5分でできる実践法

やり方は、驚くほどアナログです。紙とペンがあればできます。

逆さま描きの手順

  1. 複雑すぎない線画を1枚用意する(人物のデッサン、手のスケッチ、椅子や植物の輪郭など)
  2. その絵を上下逆さまに置く
  3. タイマーを5分にセットする
  4. 「うまく描こう」とせず、線・角度・余白だけを追って模写する
  5. 5分たったら、途中でも終了する

エドワーズのワークショップでも、初日にピカソの線画を逆さまに模写する課題が紹介されています。*4

大切なのは、「うまく描こう」としないこと。目的は作品づくりではなく、見方の切り替えだからです。

見るポイントは、名前ではなく関係です。

  • 「これは鼻」ではなく、「この線は右下にゆるく下がっている」
  • 「これは手」ではなく、「このすき間は三角形に近い」
  • 「これは髪」ではなく、「短い線が同じ方向に並んでいる」

このように、言葉のラベルを外して、線・角度・余白だけを追います。完成させなくてかまいません。

むしろ「未完成でやめる」くらいが、仕事の合間にはちょうどいいのです。脳に小さな換気窓を開けるようなもの。換気扇ほど大げさではなく、窓を3センチ開ける感じです。

筆者もさっそく実践してみました。お手本となる「線画の女性」を生成AIに出力してもらい、5分間のタイマーをスマホにセットしたらスタート。消しゴムは使わず、2Bの鉛筆で「形や線」だけに意識を向けて挑戦しました。

逆さま描きのお手本として生成AIで出力した線画女性

逆さま描きのお手本として生成AIで出力した線画女性

お手本を上下逆さまにして2Bの鉛筆で5分間模写した筆者の逆さま描き

お手本を上下逆さまにして2Bの鉛筆で5分間模写した筆者の逆さま描き

あっという間に5分間が過ぎ、驚くほど集中できました。もともと絵を描くのが苦手な筆者。上手く描きたいという意識が一切なかったのは初めての感覚でした。頭もスッキリして気持ちが軽くなり、うれしい驚きでした。

ライターが試すなら、書く前より“詰まったあと”が効きやすい

ライターの場合、逆さま描きは朝イチの習慣にもできますが、個人的におすすめしたいのは「詰まったあと」です。

たとえば、見出しがしっくりこない。リード文が説明っぽくなる。結論はあるのに、読者の心に届く言葉にならない。

そんなとき、さらに資料を読み込むと、情報は増えても視点は固まりがちです。

そこで5分だけ逆さま描きを挟みます。文章から一度離れるので、「正しく書かなきゃ」という圧がゆるみます。線を追っているあいだは、評価や判断が入りにくい。終わったあとに原稿へ戻ると、さっきまで見落としていた違和感に気づきやすくなるのです。

たとえば、こんな具合です。

  • 「この見出し、読者の利益ではなく内容紹介になっているな」
  • 「この段落、言いたいことより先に根拠を置きすぎているな」
  • 「このリード、悩みの場面がまだぼんやりしているな」

逆さま描きが直接アイデアを生むわけではありませんが、言葉で詰まった頭をいったんほどき、再び「見る力」を戻してくれるのです。ライターにとっては、それだけで十分ありがたい効果です。

今日やるなら、「1枚を5分だけ逆さまに描く」でいい

行き詰まったとき、私たちはつい「もっと考えよう」とします。しかし、ときには考える前に、見方を変えたほうが早いことがあります。

今日やるなら、1枚の線画を用意し、上下逆さまにして5分だけ描いてみてください。筆者の例のように下手でも大丈夫。見るのは、線の角度、余白の形、パーツ同士の距離だけです。

終わるころには頭の切り替えが起きて、固まった思考が柔らかくなったのを実感できるはずです。

***

考えても進まないときは、考える量ではなく見方を変えるのが近道です。逆さま描きは、言葉や先入観を一時停止し、線や関係性を見る練習。5分だけ試せる、仕事の行き詰まり対策です。

8時55分の時計

よくある質問(FAQ)

逆さま描きとは何ですか?
ベティ・エドワーズが『脳の右側で描け』で紹介したワークで、人物画などの線画を上下逆さまに置いてそのまま模写する練習法です。「これは目」「これは鼻」といった言葉のラベルを外し、線・角度・余白の関係だけを観察する訓練になります。
絵が苦手でも効果はありますか?
はい。目的は上手な絵を完成させることではなく、「言葉で考えるモード」から「見るモード」への切り替えです。うまい・下手は気にせず、線の傾きや余白の形だけを追えば十分です。
どのくらいの時間やればいいですか?
5分で十分です。タイマーをセットし、5分たったら途中でも終了してかまいません。仕事の合間に挟むなら、むしろ未完成でやめるくらいがちょうどいいはずです。
どんな絵をお手本にすればいいですか?
複雑すぎない線画がおすすめです。人物のデッサン、手のスケッチ、椅子や植物の輪郭などが向いています。エドワーズのワークショップでは、初日にピカソの線画を逆さまに模写する課題が使われています。
逆さま描きで右脳が鍛えられるのですか?
「右脳は創造、左脳は論理」という説明は単純化されすぎだと指摘されており、現代の脳科学では多くの課題に左右の脳が協調して関わると考えられています。この記事では右脳・左脳を厳密な脳部位ではなく「認知モードの比喩」として扱い、言語的な処理から観察的な処理へ切り替える練習として紹介しています。
(参考)

*1: Drawing on the Right Side of the Brain公式サイト|Why Does It Work?
*2: THE NOBEL PRIZE|Roger W. Sperry – Nobel Lecture
*3: Psychology Today|Drawing on the Right (and Left!) Sides of the Brain
*4: Drawing on the Right Side of the Brain公式サイト|Online Drawing Workshop Overview

【ライタープロフィール】
橋本麻理香

大学では経営学を専攻。13年間の演劇経験から非言語コミュニケーションの知見があり、仕事での信頼関係の構築に役立てている。思考法や勉強法への関心が高く、最近はシステム思考を取り入れ、多角的な視点で仕事や勉強における課題を根本から解決している。