言語化ブームはもう飽きた。私たちが、言語化より「前に」すべきこと

窓の外を見つめる女性

世は言語化ブームです。「言語化が大事」、これはもうみんなが言っています。そして一歩進んで、「言語化のためには、インプットの質が大事」。ここまでが、もはやセットになっています。

では、そのインプットの質とはなんなのでしょう。哲学書を読め、旅行に出て見聞を広めろ。そういう話なら、もう聞き飽きていますよね。

ご安心ください、今日そんな話をするつもりはありません。紹介するのは、すぐできて、効果のある方法です。変えるのは、自分にかけるひと言だけ。

「なぜ?」を禁止する。代わりに使うのは……。

「この広告、なんとなく落ち着かない」と思う。そこで、「なぜ?」と自問しない。代わりに「どこが?」です。

そうすると、観察が始まります。文字が大きすぎる? 余白が少ない? 写真の人物の視線? それとも、情報が詰まりすぎている? これは、もう「観察」そのものですね。じっと見る、自分のなかの基準と比べてみる、そのことについて考えてみる。

観察が深まっていきます。それはそのまま、インプットが深くなるということです。私たちは多くのものを目にし、耳にするはずです。でも、あなたは今日見た何を覚えていますか? 深く観察したものはあるでしょうか。その観察対象を増やす魔法の言葉が「どこが?」なのです。

「なぜ?」が私たちから奪うもの

ここで、「なぜ?」についても見ておきましょう。「なぜ?」と問うとき、私たちのなかで起こることについて。

たとえば、「Aさんはやる気がなさそうだ」と感じた。「なぜ?」と理由を探した場合は、どうなるでしょう。「いやなことがあったのかな」「寝不足なのかな」「会社に不満があるのか?」そういう理由付けが始まります。そのとき、観察は止まっています。

「どこが?」の場合どうでしょう。「何を聞かれても『どちらでもいいです』と答えている」「部長の目を一度も見ない」「あくびをしている」やっているのは、観察です。

「どこが?」と問うことで、観察が始まっていることがおわかりでしょう。そのことで受け取る情報そのものが増えています。

図書館の本棚

「どこが?」型の問いについての二つの研究

「なぜ?」は判断の言葉です。先ほどの例「いやなことがあったのかな」も「寝不足なのかな」も「会社に不満が?」もすべて、根拠のない推測です。やる気がない、となんとなく見えた。だからそこから、ありそうな理由を作った。そんなことはAIがやることですね。それっぽいことをでっち上げる、というやつです。

これについては心理学の古典的な研究でも、人は理由を尋ねられると「もっともらしい説明を後からつくって答える傾向がある」といわれています。*1

なぜこの広告が気になったのか、の答えが「どこかで聞いたような一般論」になりがちなのはそのせいです。観察なしの「なぜ?」は私たちを、ハルシネーションにいざなうのです。

「どこが?」型の問いは、観察を深めます。そしてこれは、訓練によって高められる、というデータもあるのです。

美術作品を「ここで何が起きている?」「そう思った根拠はどこ?」と見ていくVisual Thinking Strategies(VTS)という手法があります。この手法を取り入れた学生は、対照群と比較して、気づいた点の数や説明に使った言葉の数が増えたそうです。*2

この研究がすべてに当てはまるとは言えませんが、目の前のものを観察し、根拠を探しにいく「どこが?」型の問いが観察の質を上げるという方向性は参考になると思われます。

腕を組んでPCを見る男性

いい加減なAIと、いい加減な人間と。

AIは嘘をつく。もっともらしい、それらしいことを言うと言われます。でも、人間だって、(程度の差こそあれ)同じようなことをしがちなのです。

ぱっと見て、類推する。根拠を「作文」する。「なぜ?」と聞かれて起こるのは、AIと同じような「それっぽいこと」なのかもしれません。

その状態で、言語化の技術「だけ」を鍛えると、「よりそれらしいこと」を吐くAIそのものとも言えるのでは、と怖くなります。私たちは、深く見ることができる、音を注意深く聞くことができる、ささいな動きを感知し、表情の変化を読み取る、文脈や関係性を前提にすることもできる、いわば「超マルチモーダル」な存在です。

言語化力がいらないという話ではありません。その美しく整った言葉に、根拠はあるのか、ということです。

***

今日、帰り道でも仕事中でもかまいません。「なぜか気になったもの」を1つだけ見つけてください。そして理由をつける前に、「私は、どこが気になったんだろう?」と聞いてみる。

「なんとなく」で終わっても大丈夫です。言葉になる前のその感覚を捨てずに拾うことが、最初の一歩になりますよ。

よくある質問(FAQ)

Q. 「なぜ?」と考えるのは、いけないことなのですか?
観察の場面で、という話です。原因の分析や振り返りに「なぜ」が役立つ場面はもちろんあります。ただ、観察の材料がそろう前に「なぜ」に飛ぶと、出てくるのは根拠のない推測になりがちです。まず「どこが?」で材料を集めて、「なぜ」はそのあとに回してみてください。
Q. 「どこが?」と聞いても、何も出てこないときは?
出てこないほうが普通です。無理に言葉にせず、「これが気になった」という事実だけメモしてください。数日分たまってから見返すと、自分が何に反応しやすいかの共通点が見えてきます。
Q. 結局は感性の問題で、生まれつきではありませんか?
生まれつきの感性だけでは決まりません。本文で紹介したとおり、観察の訓練を取り入れた学生のほうが気づいた点が増えたという報告があります。まずは「どこが?」を1日1回から試してみてください。
(参考)

*1: Nisbett, R. E., Wilson, T. D. (1977), Psychological Review, Vol.84, 231-259|Telling More Than We Can Know: Verbal Reports on Mental Processes
*2: Ghorbani, N., Alizadeh, M., Sayarifard, A., Khajavi, A., Yenawine, P. (2025), BMC Medical Education, Vol.25, 33|The Eagle Eyes: an Intervention Utilizing Visual Thinking Strategies to Enhance the Observation Skills of Medical Students

【ライタープロフィール】
橋本麻理香

大学では経営学を専攻。13年間の演劇経験から非言語コミュニケーションの知見があり、仕事での信頼関係の構築に役立てている。思考法や勉強法への関心が高く、最近はシステム思考を取り入れ、多角的な視点で仕事や勉強における課題を根本から解決している。