「不安や恐れがなく、何事にも果敢に挑んでいく」――成功者に対してこうした印象をもつ人は少なくないものです。一方で、自分のことを「常に不安を抱える心配性で、成功とは程遠い」と悲観する人もいることでしょう。しかし、こうした認識は間違っているかもしれません。
脳神経外科医の菅原道仁氏によると、「心配性」というのは一種の才能で、成功するための条件とも言えるのだそう。では、どうすれば心配性の人でも成功に近づけるのか、具体的に説明しましょう。
脳科学で見る「心配性」の正体
心配性の正体を脳科学で読み解くヒントは、心配性の人の頭をいっぱいにする「不安」にあります。脳神経科学者の伊藤浩志氏によると、不安を感じるのは、脳の扁桃体が働くためなのだそう。
扁桃体は情動反応における中心的存在で、危険を発見・回避するための警報装置としての機能を果たしています。心配性な人は、扁桃体による危険察知が正確に、かつすばやくできる人なのです。
「ただの心配性」と「一流の心配性」の違い
先述の菅原氏は、成功者には心配性(=危険を察知する能力が高い人)が多いと言います。たとえば、経営の神様と呼ばれる松下幸之助氏は「社長は心配するのが仕事」と語り、インテルの元CEOアンドリュー・グローブ氏は「パラノイア(病的なまでの心配性)だけが生き残る」を座右の銘としていました。
では、「ただの心配性」と彼らのような「一流の心配性」の違いは何なのでしょうか? それは、不安を原動力にして行動を起こせるかどうかです。心配性の彼らは、不安があるからこそ細心の注意を払い、成功を引き寄せるための行動を起こして前進してきました。
菅原氏いわく、成功者の例をふまえると、この「細心の注意を払う力」と「前に進む力」の両方が、人生の目標を叶えるには大事だとのこと。そして、心配性の人は、これらのうち前者の力をすでにもっているので、成功する才能に恵まれていると述べます。
つまり、「自分は心配性だから成功できない」と悲観的に考えている人でも、行動を起こし「前に進む力」をつければ、成功する才能を開花させることができるということ。ではそのためにはどうすればいいのでしょうか? 3つのポイントをお教えします。
前に進む力をつける方法【1】しっかり準備をする
「この治療法で問題ないだろうか」と常に考えるのは、医師として当然のこと。ゆえに医師は心配性の集団だと菅原氏は言います。しかし、困っている患者を前に、ミスが心配だからといって治療へ踏み出さないわけにはいきませんよね。だから彼らは、患者を救うという目標に向けて、ありとあらゆるリスクを想定して準備を行ないます。
心配性で一歩踏み出せない人たちに足りないのは、こうした準備力。準備力を高めるための方法として、菅原氏は「ヒヤリ・ハット」のリストをつくるとよいと言います。これは、「ヒヤリ」とした経験や「ハッと」した体験を集めて分析し、リストにしたもののこと。このリストをつくるときは、次の5点の情報を集めるとよいそうです。
- ジャンル(仕事、人間関係など)
- 発生場所(オフィス、取引先など)
- 相手(個人名、役職など)
- 状況(取引先との電話、プレゼンなど)
- 原因(説明不足、調査不足など)
たとえば、人前で話すのが苦手で、プレゼン前になるといつも心配で仕方がないという人の「ヒヤリ・ハット」のリスト例はこうです。
- ジャンル:仕事
- 発生場所:ミーティング室
- 相手:上司、チームのメンバー
- 状況:上司の質問に答えられずしどろもどろになった。同僚がプレゼンしたとき、資料の数字にミスがあった。
- 原因:競合商品のリサーチが足りなかった。資料を見直す時間の確保ができなかった。
この例にあるように、自身の体験だけでなく、誰かの失敗を参考にすることもできます。事前に想定できることをリストアップして、なにか起きたときに対処できるだけの準備をしておけば、きっと心配性の人でも最初の一歩を踏み出せますよ。
前に進む力をつける方法【2】小さな挑戦を何度も重ねる
心配性の人にとって、新しいことに挑戦するのは大きな決断ですよね。だからこそ、大胆な行動に出ることなく小さな挑戦から始めることを、精神科医の最上悠氏はすすめています。
いつもより15分早くデータ作成できるようにする、資格取得を目指して初級編から勉強する……など、まずは無理のない範囲で挑戦してみましょう。ここで大事なのが、たとえ成功しても、同じ挑戦を二度三度と繰り返すことです。
心配性な人は、一度いい結果が出ても「たまたまうまくいっただけかもしれない」と考えてしまいがち。しかし成功を繰り返せば、「この成功は偶然じゃない、やればできる」と不安を解消できます。
さらに、繰り返すことで基礎力がつき、応用力も高まるとのこと。これを最上氏は「繰り返し学習効果」と呼びます。たとえば、目標時間内にデータ入力できるようになり、時間に余裕ができたら、より見やすいレイアウトに改良することもできますね。ここまで来れば「心配性の自分には成功なんかできない」と考えることはなくなるはずです。
前に進む力をつける方法【3】周囲の人に頼る
最後に、菅原氏と最上氏が共通して挙げるのが「まわりの人を頼る」ことです。菅原氏によると、不安の束縛から解放されるためには、人に頼るのは迷惑という思い込みを捨てるべきだとのこと。最上氏は、不安に立ち向かうには周囲のサポートが不可欠だと説きます。
たとえば、初めてプロジェクトリーダーを任され、結果を出せるか心配なときは、上司に相談するのもひとつの手です。具体的なアドバイスがもらえるだけでなく、自分と同じ不安を上司も経験したことがあるとわかれば、より安心できるかもしれません。
加えて、ビジネスパーソンに禅の教えを説く禅僧の枡野俊明氏は、ベストセラー『心配事の9割は起こらない』で「どんな仕事も “おかげさま” で成り立っていると気づいてください」と述べています。
自分だけで成し遂げたと思える仕事も、じつは誰かの助けによって成り立っているもの。ひとりでできることなどたかが知れていると、枡野氏は言います。逆に言えば、自分も誰かを助けていることが多々あるのです。仕事は「おかげさま」で成り立っているのですから、前に進むのが不安なときは、相談したり、サポートを求めたりしてみましょう。
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「心配性」そのものは、一種の才能や長所ですから、変える必要はありません。あとは、前に進むのみです。ひとりで不安を抱え込まず、まわりの助けを借りながら、不安を行動力に変えてみましょう。
それでも不安で困っている方は、「不安な気持ちを解消する5つの方法。ストレス・イライラ・焦りを手放そう」を読んでみてください。
(参考)
島薗進, 伊藤浩志(2018),『「不安」は悪いことじゃない 脳科学と人文学が教える「こころの処方箋」』, イースト・プレス.
菅原道仁(2017),『成功する人は心配性』, かんき出版.
最上悠(2008),『イヤな気分をうまく手放す気持ちの切り替え方―落ち込み・不安・怒りとつきあう心理テクニック』, PHP研究所.
枡野俊明(2013),『心配事の9割は起こらない―――減らす、手放す、忘れる「禅の教え」』, 三笠書房.
【ライタープロフィール】
かのえ かな
大学では西洋史を専攻。社会人の資格勉強に関心があり、自身も一般用医薬品に関わる登録販売者試験に合格した。教養を高めるための学び直しにも意欲があり、ビジネス書、歴史書など毎月20冊以上読む。豊富な執筆経験を通じて得た読書法の知識を原動力に、多読習慣を続けている。