なぜ山崎実業は、「誰も不満を言わない不便」だけを狙って製品を作り続けるのか【新人さんのためのマーケティング講座 Season6 vol.19】

📘 新人さんのためのマーケティング講座 Season6

Season5では、身近な事例を通じてマーケティングの原則を深掘りしました。
Season6でも引き続き、「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で解き明かしていきます。

まだ過去のSeasonを読んでいない方は、そちらからどうぞ。
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自分の家をちょっと見渡してみてください。マグネットでシンクに浮いているスポンジホルダー、コンロ脇に立つ細長いラック、洗面台の鏡に貼り付いたボトルホルダー——白か黒のスチール製品が、ひとつは目に入るのではないでしょうか。

それが山崎実業の「tower」シリーズです。大規模な広告宣伝に頼らず、Instagramのフォロワーは100万人超。*1 ニトリや無印良品とは明らかに異なる独自の聖域を築いています。

山崎実業が売っているのは「モノ」ではありません。「空間の秩序」です——そして、その秩序を作り出す方法が、マーケターとして学ぶべき観察の技術です。

「名もなき家事」に旗を立てる——動詞で市場を再定義する

山崎実業の製品開発の起点は、「不便だ」と声に出すほどでもない、日常の微細なイライラです。*1

キッチンスポンジを置くと水が溜まる。コンロの排気口にゴミが入り込む。ポリ袋の切り口が毎回わからなくなる。ゴミ袋のかさばった角が引き出しに引っかかる——これらは、誰かに相談するほどの「問題」ではありません。しかし毎日繰り返す動作のなかで、ほんの一瞬だけ顔をしかめる瞬間があります。

山崎実業は、その「0.1秒のイライラ」を収集し、製品化することを事業の核にしています。

そのアプローチで特徴的なのが、「キッチン用品」「バス用品」という大括りのカテゴリーではなく、「浮かす・整える・すきまを埋める」という動詞で市場を定義している点です。*1

  • 「浮かす」:マグネットでシンクに浮かせるスポンジホルダー、壁に浮かせるシャンプーボトルホルダー
  • 「整える」:コードレスクリーナーをすっきり立てるスタンド、玄関の靴を縦置きするシューズラック
  • 「すきまを埋める」:冷蔵庫と壁の間に入るスリムラック、洗濯機脇のマグネット収納

「何かを収納する製品」ではなく「その場所の不便を解消する製品」——この定義の違いが、同じ価格帯のホームセンター商品と山崎実業を分ける本質的な差です。SNSで「山崎実業の商品開発部に絶対にママがいる」と話題になったのも、生活の現場を解像度高く観察した商品が次々と登場するからです。*1

「勝手にバズる」構造——製品そのものが成長を牽引する

山崎実業のマーケティングで最も際立つのは、大規模な広告を使わずに認知を広げてきたことです。その仕組みの核心は、製品自体が口コミを生む設計にあります。

「ポリ袋エコホルダー」はその典型例です。*1 本来はポリ袋をかけてゴミ箱代わりにする商品ですが、ユーザーたちが独自の使い方を発見していきます——「保存袋を開いた状態で固定して中身を入れやすくする」「水筒やペットボトルを乾かす」「鍋のフタを立てかける」。

この「私なりの使い方」の発見が、SNS投稿を生みます。「こんな使い方を見つけた!」という承認欲求と共感が拡散力を持ち、投稿を見た別のユーザーが購入し、また新しい使い方を投稿する——この循環が、広告費に頼らない認知拡大を実現しています。

これはまさに「プロダクト・レッド・グロース(製品そのものが成長を牽引する)」の構造です。山崎実業はさらに、ユーザーが発見した新しい使い方を公式アカウントで紹介することで、投稿したユーザーを「承認」し、ファン化するサイクルも作っています。*1

重要なのは、この「勝手にバズる」構造が偶然の産物ではないということです。シンプルな形状・汎用性の高い機能・明快なコンセプト——これらがそろっていなければ、ユーザーは独自の使い方を発見できません。バズりやすい製品は、最初から「バズりやすく設計」されています。

「白と黒」がもたらす意思決定コストゼロの選択——想起の独占

山崎実業のもうひとつの強みは、徹底したモノトーン戦略です。

towerシリーズはほぼすべての製品が白か黒のスチール製。*1 どんなインテリアにも馴染み、どれを買い足しても統一感が損なわれない——この設計が、消費者の「意思決定コスト」を極限まで下げています。

他社製品を比較するとき、色・デザイン・他の持ち物との相性を考える必要があります。しかしtowerなら、すでにひとつ持っていれば「また山崎実業にしよう」と迷わずに選べます。これは「失敗回避型消費」の時代に強烈な競争優位です。調査によれば、towerユーザーには「レビューを熟考し、失敗を避けたい消費者」が多いという傾向が確認されています。*2

2026年のタイパ(タイムパフォーマンス)重視の文脈では、「選ぶコスト」そのものが消費者の負担になっています。「とりあえず山崎実業で」という想起の独占は、毎回比較・検討する手間を省いてくれるブランド価値そのものです。

あなたの商品のカテゴリーで、顧客が「一瞬だけ顔をしかめる」不便はどこにありますか。大きなイノベーションを狙う前に、その0.1秒のイライラを見逃さないことが、2026年のマーケティングの出発点です。叫ぶことではなく、顧客の隣で静かにかゆいところに手が届くこと——山崎実業はその姿勢を、100年以上かけて極めた会社です。

 

【本記事のまとめ】

1. 「0.1秒のイライラ」を製品化する——動詞で市場を再定義する観察力
「キッチン用品」という名詞ではなく「浮かす・整える・すきまを埋める」という動詞で市場を定義することで、既存カテゴリーを超えた独自のポジションを確立した。大きな不満ではなく、日常の微細な不便こそが最良の開発ネタになる。

2. 「勝手にバズる」設計——プロダクトそのものが成長を牽引する
シンプルな形状・汎用性・明快なコンセプトが「私なりの使い方」の発見を生み、ユーザーの承認欲求がSNS拡散を起こす。広告費に頼らない認知拡大は、バズりやすく設計された製品があってこそ実現する。

3. モノトーン戦略による「想起の独占」——意思決定コストをゼロにする
白と黒のスチール製品という一貫したデザインが、「また山崎実業にしよう」という迷いのない選択を生む。失敗を避けたいタイパ重視の消費者にとって、選ぶコストをゼロにするブランドは最強のパートナーになる。

よくある質問(FAQ)

山崎実業のような「小さな不便を解決する」アプローチは、デジタルサービスにも使えますか?

むしろデジタルサービスでこそ有効です。アプリやWebサービスには「ちょっと面倒」という微細なフリクション(摩擦)が無数に存在します。たとえばログイン画面のステップ数、フォームの入力項目の多さ、通知の多さによるストレス——これらは誰もクレームをつけないが、離脱率に直結します。山崎実業の「0.1秒のイライラ」をデジタルに置き換えると「0.1秒の操作の迷い」になります。ユーザーが一瞬でも止まる場所を丁寧に取り除く作業が、サービスの継続率を上げる最短経路です。

「勝手にバズる」設計は、どうやって意図的に作ればいいですか?

3つの条件がそろうと起きやすくなります。①シンプルな形状や機能で、ユーザーが「自分なりの使い方」を発見しやすいこと。②写真や動画で映える見た目があること(モノトーンのtowerはまさにこれ)。③「知ってほしい」と思わせる意外性や発見の喜びがあること。逆に言えば、説明書きが多すぎる製品や、使い方がひとつしかない製品は拡散しにくい。意図的にバズる余白を残すことが、口コミを生む設計の核心です。

モノトーン戦略はどんな商品カテゴリーでも有効ですか?

有効かどうかはターゲットの価値観によります。山崎実業のターゲットは「空間の統一感を大切にする、失敗を避けたい消費者」であり、そのセグメントにとってモノトーンは「どれを選んでも大丈夫」という安心感を意味します。一方、多様な色やデザインの選択肢が価値になるカテゴリー(ファッション・文具など)では、単色の統一は強みになりにくい。重要なのは「ターゲットが何を決断コストと感じているか」を理解することで、モノトーンはその手段のひとつに過ぎません。

(参考)

*1|bixid「『勝手にバズる』山崎実業の秘密」。1971年奈良県で創業・ポリ袋エコホルダーのユーザーによるアレンジとSNS拡散の仕組み・広告宣伝費に頼らない「勝手にバズる」構造・「浮かす・整える」などの動詞での製品設計・公式アカウントがユーザーの使い方を紹介するファン化サイクルを確認
*2|Knowns Biz「得意なのは隙間収納 tower SNS利用状況で分かる顧客層の価値観とのマッチング」。Instagramフォロワー117万人・towerユーザーは完璧主義・凝り性・失敗回避型消費の傾向・レビューを熟考する購買行動という分析データを確認

▼ 新人さんのためのマーケティング講座 Season6

「なぜこのブランドは選ばれ続けるのか」を事例で深掘りしていきます。

Season1(全14回)はこちら|マーケティングの基礎概念からWeb広告の実務知識まで

Season2(全15回)はこちら|PL翻訳術、弱者の戦略、広告評価、インタビュー技術まで
Season3(全20回)はこちら|現場で使える顧客心理・ブランド戦略・価格設計の本質
Season4(全20回)はこちら|「摩擦の除去」で読み解く世界的ブランドの設計思想
▶ Season 5【準備中】

【プロフィール】
岡 健作(おか・けんさく)

株式会社新恵社代表取締役/スタディーハッカー(現(株)イングリッシュカンパニー) 創業者。
1977年生まれ、福岡出身。同志社大学卒業。2010年に創業。「Study Smart(合理的に学ぶ)」をコンセプトに、科学的知見に基づく英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」を設立し、人気ブランドへと成長させる。 事業拡大の要として、自らオウンドメディアとSNSの編集長を兼任。オウンドメディアは最大500万PV、Instagramでは月間700万PV、フォロワー27万人規模のメディアにするなど、広告費に依存しない集客モデルを確立する。現在はその知見を活かし、「企業の認知獲得の専門家」として、論理とデータに基づいた再現性の高いメディア戦略・ブランディング論を発信している。
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