仕事で成果を挙げようと思えば、「もっと集中しなければ」と考えがちです。しかし、本当に重要なのは、集中力を高めることではなく、「限られた注意力をどこへ向けてどう守るか」だと語るのは、脳の機能を活かした人材開発を行う作業療法士の菅原洋平さん。メールやチャットなど通知に囲まれた働き方があたりまえになったいま、知らないうちに脳は多くのエネルギーを消耗しています。「注意力」を守ることがパフォーマンス向上につながる理由と、今日から実践できる具体策を聞きました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
菅原洋平(すがわら・ようへい)
1978年生まれ、青森県出身。作業療法士。ユークロニア株式会社代表。国際医療福祉大学卒業後、作業療法士免許を取得。民間病院精神科勤務後、国立病院機構にて脳のリハビリテーション業務に従事。その後、脳の機能を活かした人材開発を行なうビジネスプランをもとにユークロニア株式会社を設立。現在、東京・ベスリクリニックにて薬に頼らない睡眠外来を担当するかたわら、生体リズムや脳の仕組みを活用した企業研修を全国で展開している。『「話せばわかる」は、本当か?』(青春出版社)、『仕事が速い人があたりまえにやっていること』(アスコム)、『「謎に眠い」を解きほぐす』(オーム社)など著書多数。
注意力は「ひとつ」の対象にしか向けられない
わたしの著書のタイトルでもある『多忙感』(サンマーク出版)とは、実際の仕事量以上に「忙しい」と感じてしまう状態を意味します。この多忙感を覚えるようになると、集中力や記憶力が落ち、「やろうと思っていたことが思い出せない」「何度も同じ文章を読み返してしまう」「休みたいのに頭が休まらない」といった状態を招きます(インタビュー【第1回】参照)。
その多忙感を生み出す大きな原因のひとつが、「注意力」の使い方です。ですから私は、企業研修でも、「集中力を高めましょう」ではなく「注意力を守りましょう」とお伝えしています。
脳研究の世界では、注意には大きく4種類あると考えられています。たくさんの情報のなかから必要なものを選ぶ「選択注意」、注意を維持する「持続注意」、あるものに注意を向けつつ別の対象へ注意を向ける「同時注意」、そして、その注意の切り替えが繰り返される「転導注意」です。
しかし、難しく考える必要はありません。大切なのは、「どれだけ器用な人でも、同時に複数のことへ注意を向けることはできない」という確固たる事実です。
たとえば、「企画書を書きながらチャットを返す」「資料を読みながらメールを確認する」といった働き方は、複数の仕事を同時に進めているように見えます。しかし実際には、脳はそれぞれの仕事に対する注意を高速で切り替えているに過ぎません。つまり、「マルチタスク」と呼ばれるものの正体は、注意を何度も切り替える「タスクスイッチング」なのです。
マルチタスクが得意だと思っている人ほど、「自分は効率よく仕事をこなしている」と感じるかもしれません。しかし脳のなかで起きているのは、ひとつの仕事を終えて次へ移るのではなく、未完了の仕事をいくつも抱えながら注意を行き来させている状態です。そのため、同時進行の仕事が増えるほど脳への負担は大きくなってしまいます。

疲れるのは「集中する」ときではなく「切り替える」とき
ここで、多くの人が誤解していることがあります。「集中すること」が脳を疲れさせると思われがちですが、実際にはそうではありません。
子どもを連れて家電量販店に行った場面を想像してください。テレビコーナーに差し掛かると、子どもが好きな番組がテレビに映っていました。夢中になって画面に見入ってしまった子どもにいくら「もう行くよ」といっても、なかなか動いてくれないものです。
このように、脳の神経活動が発火する、すなわち集中すること自体は脳にとってまったく難しいものではありません。でも、あることに向けた注意を抑え、別の対象へ切り替えることには大きなエネルギーを要するのです。もちろん、このことは子どもだけでなく大人の脳でも同様です。
では、仕事の場面を考えてみましょう。企画書の作成中、通知に反応する。メールを見る。チャットを確認して返信する。そして元の仕事へ戻る——。こうした切り替えが起こるたびに、脳はそれまでのタスクに向けていた注意をいったん抑え、新しいタスクへと注意を向け直さなければなりません。
こうした注意の切り替えを何度も繰り返すだけで脳には大きな負荷がかかりますし、結果として「どこまで書いていたんだろう?」「なにを考えていたんだっけ?」と思い出す時間が増えることにもつながります。残業が多い人の仕事ぶりを確認すると、実際の作業時間はそれほど多くないのに、「元の仕事へ戻る時間」にたくさんの時間を費やしているケースがよくあります。
ですから、仕事が進まない原因を「集中力が足りないから」と自分を責めるような必要はありません。問題なのは、能力ではなく注意を何度も切り替えざるを得ない環境なのです。

仕事を細分化してシングルタスクを徹底する
そこで、注意力を守るためにおすすめしたいのが、「シングルタスク」を前提とした環境づくりです。シングルタスクと聞くと、「長時間、ひとつの仕事だけに集中しなければならない」と思われがちですが、そうではありません。15分程度でも構わないので、その時間はひとつの仕事しかしない環境をつくることが大切です。
通知を切る。メールを見ない。チャットを開かない。あるいは、ネットにつながらないパソコンを用意して、そのパソコンではたとえば書類の作成しかできないようにしてしまうのも有効でしょう。
私自身、書籍などの原稿を書くときはオフラインのパソコンを使っています。ネットにつながらなければ、情報を検索したり、メールを確認したりすることはできません。その状態を不便だと思うかもしれませんが、結果として、原稿を書くというひとつの作業だけに自然と注意を向けることが可能になります。
また、大きな仕事はできるだけ小分けしましょう。これは、コーチングの世界で「チャンクダウン」と呼ばれる手法です。たとえば「企画書をつくる」ではなく、「資料を集める」「タイトルを考える」「リードを書く」というように細かい要素へ分解すると、脳は「次はこれをやるのだな」と予測しやすくなります。その結果、脳への負担は大きく軽減されるのです。
仕事ができる人は、たくさんの仕事を同時にこなしているわけではありません。仕事を細かくわけ、ひとつずつ着実に終わらせているだけです。そして注意力は、根性で鍛えるようなものではなく、あくまでも守るものです。そのための環境を自分で整えることが、多忙感を減らし、本来のパフォーマンスを取り戻す最も確実な方法なのです。

【菅原洋平さん ほかのインタビュー記事はこちら】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
