資格試験を受ける予定があるなど、勉強に励んでいる社会人にとって、大きな壁となるのが「記憶」でしょう。「子どもの頃から、暗記科目だけはとにかく苦手」という人も少なくないのではないでしょうか。
でも、過去6度も記憶力日本一となった池田義博(いけだ・よしひろ)さんが言うには、「記憶が苦手だという人は、そう思い込んでいるだけ」なのだそう。そして、「脳にまかせておけば、きちんと記憶してくれる」と語ります。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
記憶力日本一を競う大会の競技内容とは?
私が「記憶力日本一」と呼ばれるのは、日本記憶力選手権大会で、初出場した2013年から2019年までのあいだ、参加したすべての大会で優勝したからです。では、その大会ではどのように記憶力を競うのか。多くの人になじみがないでしょうから、まずは競技について少しお話しましょう。
日本の大会の場合、競技は5種類。ひとつは人の顔と名前を覚えるというものです。9人の顔写真と名前が並んでいる10枚ほどの問題用紙を15分間見て顔と名前を覚える。そのあと、問題用紙とは違う順で顔写真だけが並んでいる解答用紙が配られ、名前を書いていくのです。私の場合、だいたい70人ほどは覚えられます。
それから、トランプを使う競技は、1組52枚のトランプをシャッフルして、その並び順をできるだけ早く覚えるというものです。プレッシャーがない練習のときなら、わたしは45秒ほどで覚えることができます。また、ランダムの数字の並びをできるだけ多く覚える競技もあります。日本の大会の制限時間は5分間。わたしは、だいたい300桁くらいは覚えられますね。
それから、おもしろいところだと、架空の年表を覚えるという競技があります。たとえば「2021年、安倍総理が宇宙人と握手する」といったふうに、事実とはまったく関係ない出来事が羅列されている架空の年表を覚える。解答用紙には問題用紙とはバラバラの順序で出来事だけが記されており、その年号を答えるという具合です。
記憶術が生まれたのはいまから約2,500年前
こう言うと、私のことをもともと記憶力に秀でたスーパーマンのように思った人もいるかもしれませんが、そうではありません。記憶力日本一なんて言われる私ですが、トランプの神経衰弱で小学2年生の女の子に負けることもあるくらいです。そもそも、人間の生得的な記憶力にはほとんど差がないと、私は考えています。
では、なぜ私が記憶力日本一になれたかというと、効率よく記憶する技術を使っているからです。記憶術の基本のひとつは、覚えるものをあるイメージに変えて、それを何か目に見えるものや、すでに覚えているものに関連づけるというものです。
そのベースとなる技術ができたのは、いまから2,500年ほど前にまでさかのぼります。古代ギリシャや古代ローマの哲学者が弁論をするときに、その技術を使ったのです。
たとえば、弁論のはじめの内容が幸福に関するものだったなら、それを象徴するハートのイメージを、弁論する場である神殿の1本目の柱に頭のなかで張りつける。ふたつ目の内容が平和に関するものだったら、鳩のイメージを2本目の柱に張りつける。そうしておけば、1本目の柱を見ればハートのイメージが浮かび、そこから幸福を連想して話すべき内容を即座に思い出せるというわけです。
昔はそれこそ記録媒体がなかったのですから、当時の人たちは、いかに記憶に刻み込むかということを必死に工夫したのだと思います。そして、彼らがつくり上げた記憶術の基本はいまも変わりません。いまの勉強内容や記憶したい内容などに合わせて、昔ながらの基本の記憶術をカスタマイズしているに過ぎないのです。
記憶術の基本は、情報を「脳が覚えやすいかたちに加工する」こと
その記憶術のベースにあるのは、「脳にまかせる」ということ。もともと、誰の脳も優秀です。記憶が苦手だという人は、脳をうまく使えていないだけ。そして、脳をうまく使うとはどういうことかというと、覚えるべき情報を、脳が理解しやすかったり覚えやすかったりするかたちに加工することです。あとは脳にまかせておけば、もともと脳は優秀なのですから、しっかり覚えてくれるというわけです。
では、具体的な手法について解説しましょう。記憶に関する学問の大本となるのは、脳科学です。そして、そこから派生した学習心理学というものがある。そのなかで、記憶の方法には「維持リハーサル」と「精緻化リハーサル」というふたつの種類があるとされています。
維持リハーサルのわかりやすい例は、子どもの頃に誰もが経験した漢字ドリル。ひたすら何十回も書く、あるいは読むといった手法です。たしかに、この手法でも回数をこなせば記憶すべきことを記憶できます。ですが、非常に効率が悪いという大きなデメリットがあります。
一方、精緻化リハーサルは効率がいい。ですから、勉強などに使うべき記憶術は、この精緻化リハーサルの手法となります。これは、情報をそのまま受け取るのではなく、情報に対して能動的に積極的にアプローチするというものです。
先ほどの哲学者の弁論の例のように、何かのイメージと関連づけることもそうですし、語呂合わせにしたり、何かを連想したり、「この単語とあの単語のイントネーションって似ているな」というふうに何かに気づいたり、あるいはテキストを読んでいて重要だと思ったところを線で囲うだけでもいい。これらの方法はすべて、すでにお伝えした、脳が理解しやすかったり覚えやすかったりするかたちに加工すること。それが精緻化リハーサルなのです。
小手先のテクニックを試す前に、記憶のメカニズムを知る
ただ、どういった方法が勉強すべき内容や自分に合っているかを取捨選択するには、それ以前に脳の記憶のメカニズムを知ることが大切だと思います。いま、記憶術の本はたくさん出回っていますが、脳の記憶のメカニズムに対する理解がないままで、記憶術の本に書かれているテクニックをただなぞってみても、なかなかうまくはいかないでしょう。しかも、そのままでは、本に書かれている記憶術をもとに自分なりに記憶術をカスタマイズすることもできません。
そこで、まずは「どうすれば脳は覚えてくれるのか」「なぜこの方法で覚えられるのか」といった、脳の記憶のメカニズム、いわば記憶の原則を知ることが非常に大切だと言えるでしょう。もちろん、その勉強に時間を割きすぎてしまっては、本当にやりたい勉強をすることができませんから、軽く勉強する程度で問題ありません。
たとえば、脳研究者の池谷裕二先生の著書には、脳科学の観点から記憶のメカニズムを解説しているものも多いですから、それらのなかから1冊読んでおくだけでもいいでしょう。あるいは、わたしの著書を読んでいただいてもいいですよ(笑)。
【池田義博さん ほかのインタビュー記事はこちら】
“記憶力日本一” の男の記憶術「3サイクル反復速習法」「1分間ライティング」がシンプルだけどすごい。
記憶力日本一の男が「手書き」にこだわる理由。脳も鍛えられる最強メモ術があった!
【プロフィール】
池田義博(いけだ・よしひろ)
大学卒業後、エンジニアを経て塾を経営。教材のアイデアを探していたときに出会った記憶術により「記憶」という能力に興味を持ち、日本記憶力選手権大会への出場を決意。約10カ月のトレーニングの末、初出場した2013年大会で優勝し、記憶力日本一となる。その後、2019年まで出場した大会では6連覇。また、2013年にロンドンで開催された世界記憶力選手権において日本人初の「記憶力のグランドマスター」の称号を獲得。現在は、記憶力も含め世の多くの人たちの「脳力」開発に貢献することをミッションとして多方面で活動中。アクティブ・ブレイン協会テクニカルディレクター/ライフキネティックジャパン・アンバサダー。著書に『記憶力日本一を5度獲った私の奇跡のメモ術』(幻冬舎)、『世界記憶力グランドマスターが教える 脳にまかせる超集中術』(ダイヤモンド社)、『世界記憶力グランドマスターが教える 脳にまかせる勉強法』(ダイヤモンド社)、『記憶力日本一が教える “ライバルに勝つ”記憶術』(世界文化社)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。