メディアで頻繁に取り上げられることもあり、すっかり一般的なものとなった「自己肯定感」という言葉。ただ、その扱いは、「自己肯定感は高いほうがいい」「自己肯定感の高め方」といった、「自己肯定感至上主義」とでも言うべきものです。
その風潮に一石を投じるのは、立正大学客員教授であり心理学者の内藤誼人(ないとう・よしひと)先生。内藤先生は、なんと「自己肯定感は低いほうがいい」と言います。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
どんな心の性質にも、いい面もあればよくない面もある
まずお伝えしたいのは、「自己肯定感」に限らず「どんな心の性質にもいい面もあればよくない面もある」ということです。
最近だと、「自己肯定感が高い人は素晴らしい」といったふうに、自己肯定感をプラスにとらえる風潮があります。では、逆に「自己肯定感が低い人は駄目」なのでしょうか? 絶対にそんなことはありません。
もちろん、自己肯定感が高いことにもいい面はたくさんあります。でも、たとえば複数の人たちと議論をするような場合だとどうでしょう? 自己肯定感が高い人は自信家であり、「自分の意見が一番だ」と思っているために自説をなかなか曲げません。そういう人をどう思いますか? 「嫌なやつ」ととらえる人も多いでしょう。
自己肯定感が低い人のケースを考えてみましょう。友人どうしで「中華料理を食べに行こう」という話になりました。自己肯定感が低い人は、たとえ本当は「中華料理は嫌だな」と思っていても、友人たちの意見を尊重して「いいね!」と言うでしょう。そういう人をどう思いますか? 「協調性があるいい人」ですよね。
先に「自己肯定感に限らず」と述べました。少し前のことで言うと、日本ではよく「外交的か内向的か」という尺度で人を評価していました。そして、当時は、「明るく外交的な人ほど素晴らしい」と評価されていたのです。でも、そうとは言いきれません。
「初対面の人どうしで、7週間にわたって週に1回のミーティングをする」という実験を紹介します。この実験では、外交的な人に対して相手がもった第一印象は、もちろんいいものでした。外交的な人は、身振り手振りを加えて表情も豊かにはきはきと弾んだ声で話すために、多くの人に好かれやすいからです。一方、身振り手振りもなく、表情に乏しく、聞き取りづらい小さな声で話す内向的な人の第一印象は、いいものではありません。
ところが、ミーティングを重ねていくと、最終的には両者の相手からの評価は逆転してしまうのです。外交的な人は最初の印象がよかっただけに、何度も会っているうち、たとえば「この人は口だけだな……」などと好ましくない面も見えてきます。一方、内向的な人の場合、「口数は多くないけれど実直で信用できる」というふうに評価が高まっていくこともあるのです。
自己肯定感は単なるブームに過ぎない
自己肯定感についても、これとまったく同じことが言えます。自己肯定感が低く、他人に対しても自分を高く見せられない人は、見方を変えれば謙虚なのです。そうとらえてくれる相手なら、その人に悪い印象をもつわけがありません。
そもそも、最初に「いまは自己肯定感をプラスにとらえる風潮がある」とお伝えしましたが、こういった人物評価の尺度は、文化や社会、時代の影響を大きく受けるものです。いわば、単なるブームと言っていいでしょう。ちょっと前には、「外交的な人がいい」というブームがあったわけです。
でも、江戸時代には「武士は黙して語らず」だとか「武士は三年に片頬」という言葉もありました。「武士は公の場で冗談を言ったり笑ったりすることは恥であり、3年に一度片頬を上げて笑うくらいでいい」という意味です。
そして、いまは「自己肯定感が高い人がいい」というブームがあるに過ぎないのです。もしかしたら、ちょっと先の未来には、「自己肯定感が低い人ほど素晴らしい!」といったブームが起きている可能性も否定できません。
ですから、そんなブームなどに踊らされて「私は自己肯定感が低いから駄目だ……」などと思う必要はまったくありませんし、繰り返しになりますが、自己肯定感に限らず「どんな心の性質にもいい面もあればよくない面もある」ことを認識してほしいと思います。
筋トレをすれば自己肯定感は高まる
それでも、「私は自己肯定感が低いから駄目だ……」と思ってしまうこともあるでしょう。そんなときは、そのつど「そうだった、自己肯定感は低くてもいいんだ」「自己肯定感が低いことにもいい面がたくさんあるんだ」と思い直すようにしてください。
自分の思考の癖とも言うべき思考習慣を修正するには、短い人でも3週間程度、長い人なら数か月程度の時間が必要ですが、新しい認識を何度も繰り返し思い直して自分に言い聞かせることで、思考習慣は必ず変えることができます(『人間関係に疲れるのは「気を使いすぎ」だから。「人と深く関わる必要はない」と心理学研究でもわかっている』参照)。
ただ、「それでも私は自己肯定感を高めたい」という人には、筋トレなど運動をすることをおすすめします。じつは、人間の自信、つまり自己肯定感は体力や筋力と密接に関係し合っていて、体力や筋力が強い人の自己肯定感は高いのです。
想像してみてください。観客や審査員の前で力強いポーズをとっているボディビルダーのなかに、すごく自己肯定感が低い人がいたらちょっとおかしくないですか(笑)? あのポーズからの印象も含めて、まさに自信満々という感じですよね。調査したことはありませんが、間違いなくほとんどのボディビルダーたちの自己肯定感は高いでしょう。
古代ローマには、「健全なる精神は健全なる体に宿る」という言葉も生まれました。この言葉も、人間の自信が体力や筋力と大きく関わっていること表していると言えるのかもしれません。
【内藤誼人先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
人間関係に疲れるのは「気を使いすぎ」だから。「人と深く関わる必要はない」と心理学研究でもわかっている
仕事で心が疲れないための「3つの習慣」。あなたが後悔している失敗はじつは「失敗ですらない」かもしれない
【プロフィール】
内藤誼人(ないとう・よしひと)
心理学者、立正大学客員教授、有限会社アンギルド代表取締役社長。慶應義塾大学社会学研究科博士課程修了。社会心理学の知見をベースにした心理学の応用に力を注いでおり、とりわけ「自分の望む人生を手に入れる」ための実践的なアドバイスに定評がある。『はじめての心理学』(成美堂出版)、『気持ちがほっとゆるまる心理学』(三笠書房)、『ビジネス心理学の成功法則100』(青春出版社)、『あなたの隣の「困った人たち」から身を守る本』(廣済堂出版)、『がんばらない生き方大全』(SBクリエイティブ)なと著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。