
「すぐやる」と聞いて、あなたは何を思い浮かべるでしょうか。とにかく急ぐ。何も考えず、まず手を動かす。多くの人が、そう受け取ります。だから、「すぐやれと言われても、雑になるだけだ」と身構える。
けれど、『すぐやる人の思考法』(総合法令出版)の著者・幾波慶一さんが言う「すぐやる」は、それとはまったく違うものでした。世界初の製品をいくつも生み、何百もの赤字組織を立て直してきた幾波さんは、成果を分ける「速さ」は、手の速さではない、と断言します。
「採算を上げようと、手をいくら速くしても、2倍、3倍には絶対にならないんです。でも、着手するまでの時間を10分の1にするのは、全然難しくない。そうすると、生産性が2倍になるのは普通なんです」
速くすべきは、作業のスピードではなく、着手だった——。第2回は、凡人が成果で勝つための「すぐやる」の正体と、誰でも今日から始められる、たったひとつの習慣に迫ります。
構成・取材・写真/STUDY HACKER編集部
【プロフィール】
幾波 慶一(いくなみ よしかず)
世界初の本格カラーレーザープリンターを開発した技術者。株式会社TTRコンサルティング代表、成果直結型ビジネスコーチ。国産初の自動両面複写機構の発明をはじめ、出願特許150件以上のプロジェクトマネジャーのスペシャリスト。開発した商品はキヤノンで利益率1位を獲得した。キヤノン在籍時のニックネームは「失敗しない男」「スーパーマン」。現在は企業コンサルティングのかたわら、「頭×行動」をつなげる思考法を用いて、中学受験のコーチングや不登校の子どもの学習支援も行う。会社で得た利益の一部、本書の印税の一部を、全国の子ども食堂や無料学習塾などへ寄付している。『すぐやる人の思考法』(総合法令出版)が著書。
速いのは「手」ではなく「着手」
「すぐやる」を、幾波さんは「手が早い」と「着手が早い」に分けます。手が早いとは、作業そのもののスピード。着手が早いとは、取りかかるまでの時間が短いこと。このうち重要なのは「着手」だと言います。なぜなら、作業そのもののスピードは、どれだけ磨いても2倍、3倍にはならない。けれど、取りかかるまでの時間なら、いくらでも縮められるからです。
そして「すぐやる」は、根性論ではありません。幾波さんが繰り返すのは、目的の置き方です。
「すぐやるのは、すぐやるのが正しいからじゃないんです。成果を出したいでしょう。だったら、後のほうになってやると、成果が出ない方向になりませんか、というだけなんです」
では、その「着手」を、どう早めるのか。幾波さんが挙げたのは、ゲームセンターのバスケットボールでした。1分間で何回入るかを競うあのゲーム。下手な人は、いきなり狙って投げ、「半分入った」と喜ぶ。けれど、できる人は違う。
「最初の2、3回で、このくらいの強さ、このボールの重さ、と掴むんです。力加減は、頭で考えても自分では決められないので、やるしかない。やった結果、『もうちょっと強く』と2、3回で調整すれば、あとはどんどん入るんです」
「すぐやる」とは、急ぐことではなく、早く基準を掴み、早く修正に入ること。だから、最初の数投が外れても構わない。それは失敗ではなく、力加減を知るためのデータなのです。
目的が見えている人は、ボールが来る前に動いている
着手の速さの奥には、もうひとつ大切なものがあります。「仕事のつながり」、つまり目的が見えているかどうかです。幾波さんは、社会人になってから経験したラグビーの話で、それを説明しました。25、26歳だった自分たちが、40歳前後の選手やOBもいる格上のチームと試合をしたときのこと。
「びっくりするのは、向こうは3、4歩しか走らないんです。受けたら一歩、二歩で、もう次に渡している。だけど、ボールはトップスピードでずっと回っていく。僕らは必死に走り回っているだけなのに」
ボールをもらってから「どこへ運ぼう」と考えていては、遅い。できる選手は、ボールが来る前に、すでに次の動きが見えている。
仕事も同じで、目的さえ見えていれば、無駄なく最短距離を動ける。目的とは、すべての行動の手前にあって、行動の向きを決めるものなのです。

「目標」と「目的」は、何が違うのか
では、その「目的」とは何でしょう。ここで幾波さんは、ひとつ断りを入れます。これから話す「目標」と「目的」の違いは、辞書や教科書の定義とは関係ない。正しいかどうかではなく、その言葉で何を指すのかが語れるかどうかが大事なのだ、と。そのうえで、ふだんはほとんど同じ意味で使われるこの二語を、幾波さんはあえて分けて使います。
「目標は、アウトプットそのものなんです。議事録でも、開催通知でも、自分の作業が出す結果。目的は、その結果が『生むもの』。何の変化のためにそれをやるのか、です」
たとえば、レストランで水を出す。「置くだけ」なら誰にでもできるし、どこに置いてもいい。けれど、薬を飲もうとしている人や、小さな子どもがいる席では、出し方に気を配らなければならない。何のために出すのか——その目的があるからこそ、正しい出し方が決まる。
仕事で来るのはたいてい「これやって」という指示だけですが、成果を出す人は、その指示を必ず「何のために?」という目的に翻訳してから動き始めます。目的を握らないまま手を動かすから、やり直しが生まれるのです。
仕事を「準備・本作業・確認」に分け、動詞で始める
頑張っているのに報われない人ほど、二度手間、三度手間が多い、と幾波さんは言います。それは、作業を分解できていないからです。幾波さんは、ひとつの仕事を「準備(前段取り)」「本作業」「確認(後段取り)」の3つに分けます。
「一番のポイントは、前段取りなんです。だいたいの人は、本作業の途中で準備に戻ってしまう。それで時間がかかって、失敗するんです」
本作業の最中に「あれが足りない」と気づいて手を止める。あの非効率の正体が、準備不足です。だからこそ、始める前に分解しておく。そして、その分解には、もうひとつコツがあります。「動詞で始める」ことです。
「名詞だと、わかった気になるだけで、行動につながらないんです。すべての成果は行動の結果なので、行動がイメージできないとできない。『過去の議事録』と書くんじゃなくて、『営業から情報をもらう』と書くんです」
「過去の議事録(を見る)」は、あくまで手段のひとつ。本当にやりたいのは、営業が言っていたことを把握する——つまり「営業から情報をもらう」ことです。手段の名前で書くと、何のためかが抜け落ちる。やりたいことそのものを動詞で書くから、次の一手が決まるのです。
「資料」と書けば、それは"もの"の名前にすぎず、自分が何をするのかは宙に浮いたまま。「資料をつくる」と書けば、初めて手を動かす中身が決まる。動詞で書くということは、おのずと「何をするか」を具体化することにほかなりません。名詞は対象を指すだけだが、動詞は行動そのものを名指す。だからタスクを動詞で書き出した瞬間に、体が動き出すのです。

誰でも今日からできる、たったひとつの習慣——「ゼロ秒で書く」
ここまでの話を、幾波さんはひとつの習慣に集約します。それが「書く」こと。ただし、世にある「書く」とは、まったく違います。
幾波さんによれば、人の行動のほとんどは、自分では意識していない「無意識脳」が動かしているといいます。意識して考える「意識脳」は、ごく一部にすぎません。だから、頭でわかっただけでは人は動かない。この無意識脳を動かすための入り口が、「書く」ことなのです。
「本屋に並んでいる『言語化』の本は、だいたい、出てきた文章をきれいに洗練させるための本なんです。でも、無意識脳を活性化するための『書く』は、そこじゃなくて、その『前』なんです」
幾波さんが現場でやらせるのは、こうです。コピー用紙をひとり500枚、赤・黒・青の3色ボールペンを渡す。そして、「1日に20枚、何かをやるときに思ったことを、ゼロ秒で書け」。
出張精算をしようとして、頭に浮かんだのが「お腹空いた」なら、それを書く。3秒で書けなければ、一度切る。これを数日続けると、変化が起きます。
「頭のなかで言葉になっていく『前』の、脳のなかから、言葉が出てくるんです。手品でつながったスカーフが、次々に出てくるみたいに」
最初は驚くほど書けません。けれど1か月も続けると、「やろう」と思った瞬間に、やるべきことがパッと出るようになる。「書く」とは、文章をうまくすることではなく、無意識の中身を引きずり出して、自分で見えるようにすることなのです。
大事なのは、「書いたあと」
「ゼロ秒で書く」が身につくと、次の段階に進めます。今度は、何かに取りかかる前に、その仕事について一度書いてみるのです。とはいえ、ここでも身構える必要はありません。完成度を練る必要はないし、時間も3〜5分で十分です。やる前の「つもり」なので、抜けやモレがあってもかまわない、と幾波さんは言います。大事なのは、きれいに書くことではなく、まず一度、頭のなかを外に出しておくことだからです。
そして、本当に効いてくるのは、その先です。仕事が終わったあとに、もう一度その紙に戻る。
「終わったあとに、漏れていたことを赤で書くんです。反省はしなくていい。それが一日に一個でもいい。一年経ったら、どれだけ改善するの、という話なんです」
やる前に書いた「つもり」と、実際にやってみた結果との差。そこに、最初は見えていなかった抜けや段取りのまずさが、くっきりと残ります。それを、赤いペンでひとつ書き足しておく。これを幾波さんは「フィードフォワード(前送り)」と呼びます。
ふつうの「フィードバック」は、終わった仕事を振り返って評価する、いわば後ろ向きの作業です。けれど幾波さんが欲しいのは、反省でも自己採点でもありません。「次に同じことをするとき、もう間違えないようにする」こと。だから、気づきをその場で完結させず、未来の自分へと送っておく。赤で書いた一行は、過去への反省ではなく、次の自分への申し送りなのです。
しかも、これは重い作業ではありません。一日にたった一個でいい。けれど、その一個が積み重なれば、1年後には別人のような精度になっている。失敗してもいい。どうせやり直すのだから。ただし、「失敗しただけの人」で終わらせない。やりっぱなしにせず、赤を一行入れて次へ送る——その小さな一手が、ただ失敗する人と、失敗するたびに上手くなる人とを分けていくのです。
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着手を変え、目的を握り、書いて整える。ここまでは「動く」ための技術でした。ところが幾波さんは、本の最後に、意外なテーマを置いています。「休む」こと。
そして、その先で、この本が本当は何の本だったのかを明かします。次回は、「休むほど仕事が加速する」という逆説と、シリーズを貫いてきた一本の糸の正体に迫ります。

【幾波慶一さん ほかのインタビュー記事はこちら】
- 「失敗しない男」は、毎日つまずいていた——特許150件の開発者が語る、失敗をすすめるわけ
- 成功は「無意識脳」が連れてくる——「失敗しない男」が説く、幸せな仕事のための3つのこと(※近日公開)
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社 代表取締役/株式会社スタディーハッカー創業者。1977年生まれ、福岡出身。2014年、メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ。以後運営に携わる。
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