
「すぐやる」「分解する」「書く」と説いてきた本が、最後に置くテーマは——「休む」。少し、意外に思えます。動けと言ってきた人が、なぜ最後に休めと言うのか。
『すぐやる人の思考法』(総合法令出版)の著者・幾波慶一さんの答えは、まっすぐでした。前回の、ラグビーの話を覚えていますか。できる選手は、トップスピードでボールを回していました。そのトップスピードは、休んでいなければ出せない、というのです。
休息は、頑張りの対義語ではなく、頑張りを成り立たせる土台だった——。そして幾波さんは、この最終回で、この本がそもそも何の本だったのかを明かします。「すぐやる」の奥にあった、一本の糸。それは、私たちの「働く意味」そのものに触れていました。
構成・取材・写真/STUDY HACKER編集部
【プロフィール】
幾波 慶一(いくなみ よしかず)
世界初の本格カラーレーザープリンターを開発した技術者。株式会社TTRコンサルティング代表、成果直結型ビジネスコーチ。国産初の自動両面複写機構の発明をはじめ、出願特許150件以上のプロジェクトマネジャーのスペシャリスト。開発した商品はキヤノンで利益率1位を獲得した。キヤノン在籍時のニックネームは「失敗しない男」「スーパーマン」。現在は企業コンサルティングのかたわら、「頭×行動」をつなげる思考法を用いて、中学受験のコーチングや不登校の子どもの学習支援も行う。会社で得た利益の一部、本書の印税の一部を、全国の子ども食堂や無料学習塾などへ寄付している。『すぐやる人の思考法』(総合法令出版)が著書。
「脳の休息」と「体の休息」は、別物
幾波さんは、休みには二種類ある、と言います。脳を休ませることと、体を休ませること。意味が違うのに、どちらもできていない人が多い。とりわけ問題なのは、脳のほうです。
「社長の顔色を見ているとか、それも含めて、全部『考えている』んです。休めないから、休まないから、ずっと変になって、いまの日本のダメな会社、ブラックなところになる」
帰りたいのに、課長の顔色が気になって帰れない。そういう人は少なくありません。幾波さんの処方は、意外なほど現実的でした。
「そういう人の前では、『ふり』だけでいいんです。ただし、自分のなかでは切り替えておけばいい」
環境をいきなり変えられないなら、まず自分のスイッチだけ切り替える。休めない人にこそ、「意識して休む」という練習が要る。
幾波さんは管理職時代、メンバーに月1回の有給を半ば強制的に取らせていたと言います。ひとりで一日中、映画を観るのでもいい。とにかく、自分のなかを全部リリースする時間を、意図してつくる。
15分で切る——煮詰まった頭は、一度すべて消す
休暇の話だけではありません。根を詰めて作業し続けてしまう人にも、幾波さんは具体的な一手を示します。
「1時間かかる作業でも、15分で1回切れ、と言うんです。切って、立って、ちょっと歩く。そうすると、その後の一発目に、見えていなかったものが見えたりするんです」
ずっと走り続けることはできない。集中には必ず波がある。だから、どこかで一度切る。これは、ものづくりの現場でも同じだったといいます。
「家でずっとやっていると、『すごいのができた』と思う。でも、次の日に会社で見ると、『全然ダメじゃん』というのもある。スポットライトみたいに、ここしか見えなくなっているから。だから、1回全部消すんです」
ひとつのことに没入しすぎると、視野はスポットライトのように狭まる。休むとは、サボることではなく、狭まった視野をいったんリセットする作業でもあるのです。

休みの設計図——「好奇心」と「ご機嫌」
では、どう休むのがいいのか。幾波さんが挙げるのは、「アクティブレスト(動いて休む)」です。鍵は、好奇心につながること。
プラモデルが好きな部下には、模型の博物館をすすめた。自身は開発で煮詰まると、多摩動物園でオランウータンの手の動きを一日中眺めていたといいます。答えが欲しいのではなく、違う刺激で、思考を強制的にずらすためです。
そして、もうひとつ。幾波さんが大切にするのは、自分の機嫌を自分で取ることでした。
「ご機嫌は、自分でしか作れないんです。だから、自分で作ったご機嫌が一番正しい。その技をマスターした方がいいです」
上司は褒めてくれないし、成果に拍手が湧くわけでもない。だったら、自分で自分の機嫌を整える技術を持っておく。ご機嫌は、性格でも運でもなく、自分で設計できるスキルだというわけです。
続く人は、「褒められない」。一緒に喜ばれている
新しい習慣が続かないのは、なぜでしょう。幾波さんの答えは、「意志でやろうとしているから」です。
ここで思い出したいのが、前回も出てきた「意識脳」と「無意識脳」の話です。歯磨きのように、考えなくても体が勝手に動く——それが、無意識脳に根づいた本物の習慣です。ところが多くの人は、「よし、今日からやるぞ」と意識の力で自分を動かそうとする。これは、いわば習慣の「ふり」をしているだけ。子どもが、親に「勉強しなさい」と言われて机に向かっても続かないのと同じで、意志で押さえつけている間は、力をゆるめた瞬間に元へ戻ってしまうのです。
「3日続ければ習慣になる」とよく言われますが、幾波さんに言わせれば、意識の力で頑張っているうちは、3日続けても10日続けても身につかない。本物の習慣は、無意識脳が働いているときにしか定着しないからです。
だから幾波さんがすすめるのは、意志に頼らないやり方。既存の行動に、新しい習慣を接ぎ木する「ハビットスタッキング」です。すでに無意識でやっている行動を「きっかけ(トリガー)」にして、そこに新しい習慣をくっつけてしまう。意志ではなく、もともとある習慣の流れに乗せてしまうわけです。
そして、人の習慣を後押しするとき、幾波さんは「褒めない」と言います。
「褒めると、『褒められること』が目的になっちゃう。だから、結果を褒めるんじゃなくて、その結果を『一緒に喜ぶ』んです。心から喜びます。失敗しても、です」
なぜ褒めないのか。褒めてしまうと、相手は「褒められること」そのものを目的にしてしまい、上司の顔色をうかがう方向へ向かってしまうからです。そうではなく、出てきた結果を、上下の評価ぬきで「一緒に喜ぶ」。うまくいったときはもちろん、失敗したときでさえ、心からおもしろがる。
ねらいは、やったことを「ポジティブな感情」に結びつけることにあります。やった経験がネガティブな感情と結びつけば、人の行動は止まる。ポジティブな感情と結びつけば、行動は自然と続いていく。習慣を支えるのは、意志でも評価でもなく、感情なのです。第1回で見た「失敗に寄ってくる先輩たち」も、まさにこれをやっていたことになります。
この発想は、あえて失敗を仕込む「戦略的失敗」にもつながります。挑戦には失敗がつきものですが、いきなり崖から落とすのではなく、転んでも大丈夫な「芝生の上で転ばせる」。痛い思いをさせずに小さくつまずかせておけば、失敗は恐怖ではなく、成長の燃料に変わるのです。

この本は、何の本だったのか
休むことも、続けることも、根っこはひとつだと、幾波さんはここで明かします。第1回で「真面目さの核は防衛本能だ」と語ったのを、覚えていますか。その本能の話が、ここで反転します。
「この本が何の本かというと、無意識脳の活用なんです。感情も性格も、すべて無意識の特徴です。思考回路は、全員同じだと僕は思っている。ただ、その点が活性化されていない。だから線がつながらないんです」
ここでいう「その点」とは、無意識脳の領域のこと。幾波さんによれば、思考のつながりを実際に動かしているのは、意識ではなく、この無意識脳の側です。だから、その大半が活性化されず、眠ったままだと、点と点が結びつかず、考えが前へ進む「線」にならない。「すぐやる」も「書く」も「休む」も、すべては無意識を成功する方向へ働かせるための仕掛けだった。知識として頭に入れるだけでは、人は動かない。だからこそ、本能のブレーキ——防衛本能を外し、もう一方の本能を生かす。
幾波さんは、人間にはふたつの本能があると言います。失敗を恐れて動きを止める「ネガティブ本能」と、誰かの役に立てて嬉しいと感じる「ポジティブ本能」。
「ネガティブ本能に負けると、成果も出せないし、会社もどんどん悪くなる。だから、ポジティブ本能の方を生かしましょう、というだけなんです」
真面目さを縛っていた本能を外し、もうひとつの本能に火をつける。それが、この一冊の底にあるテーマでした。
「自分のためだけに働きなさい」
幾波さんは、立て直しの現場で、社員にこう言うそうです。会社のためでも、社長のためでもなく、「自分のためだけに仕事をしましょう」と。
「ラーメン屋さんは、お客さんが『美味しかった、ありがとう』と言うのを、喜ばないわけがないでしょう」
人に喜ばれると、人は嬉しい。そして、その嬉しさは、つきつめれば自分自身の喜びです。だから幾波さんは言うのです。「会社のため」でも「社長のため」でもなく、「自分のためだけに働けばいい」と。どうせ同じ時間を使うのだから、自分が嬉しくなるほうに使えばいい、と。
そして、こう続けます。自分のためにやった仕事は、巡り巡って、次の工程の誰かのためになる。お客さんのためになる。「自分のため」と「誰かのため」は、対立しない。本気で自分のために働くと、それはそのまま、誰かのためになるのだ、と。
幾波さんがこのことを語るとき、引いたのは、まだ言葉も話せない赤ちゃんの話でした。頭をぶつけて泣こうとした瞬間、見ていた母親があまりに可愛くて笑ってしまうと、赤ちゃんは泣かずに、もう一度叩く。喜びは、教わる前から、人に備わっている本能だというのです。
水をかけられた営業マンが、最後に受け取ったもの
最後に幾波さんが話してくれたのは、ある営業マンのエピソードでした。一年間、毎月ある工場に通っても、社長はひとことも口を聞いてくれない。あるときは、水をかけられたことさえあった。やがて担当替えが決まり、もう売れないとわかったまま、最後の挨拶に出向いたときのことです。
もう売れないとわかっている。だから「後任をよろしくお願いします」と引き下がろうとした営業マンを、社長は呼び止めました。「なんで帰るんだ。売らないのか」と。戸惑いながら商談に応じると、初めて、注文が入った。「どうして急に買ってくださるんですか」。そう尋ねた彼に、社長はこう答えます。
「お前、今年に入ってから、俺たちのことを思って話すようになったよ」
商品の良さを並べていた営業マンが、いつしか「あなたたちは、これでこうなれますよ」と、相手のことを語るようになっていた。社長は、それをずっと見ていたのです。
彼は、車に戻って、運転できずに泣いたと言います。そして、その大型案件が決まったとき、支店の全員が立ち上がり、支店長が「よかったな」と声をかけた。
幾波さんが「楽しかったこと、嬉しかったことは?」と問うと、どんなにブラックな職場の人でも、必ず答えがある。そしてその答えは、国も業種も超えて、いつも3つに集約されるといいます。
「成果が出たとき」「貢献できたとき」「成長できたとき」。人を幸せにするのは、この3つでした。
「成功するやり方を、僕は知っている。出せなかったことがないから。苦労している人を、幸せにしたいだけなんです」
すぐやる。分解する。書く。そして、休む。そのひとつひとつが、最後には「人生は思考と行動でできている」という一行に流れ込んでいきます。
仕事術の本が、静かに、人生の本へと姿を変える。結果を出すための技術は、めぐりめぐって、自分と誰かを幸せにするための技術だったのです。
***
3回にわたってお届けした、幾波慶一さんのインタビュー。「失敗しない男」が説いたのは、失敗を避ける方法ではなく、失敗から始め、無意識を味方につけ、自分のために働く——その先に、誰かの幸せがある、という思考法でした。続きは、ぜひ『すぐやる人の思考法』(総合法令出版)で。

【幾波慶一さん ほかのインタビュー記事はこちら】
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社 代表取締役/株式会社スタディーハッカー創業者。1977年生まれ、福岡出身。2014年、メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ。以後運営に携わる。
X→@oka_kgs / Instagram→@oka_ken2010
/ 著書(amazon)
