
マネジメントにおいてもっとも重要なものはなんでしょうか。その問いに対して「関心」だと答えるのは、経営層のコーチングを行うエグゼクティブコーチの鈴木義幸さん。人は、「自分を見てくれている」と感じたときに初めて、自ら考え、力を発揮しようとします。だからこそ、マネジメントに求められるのは、相手をうまく褒める技術などではなく、相手に深い関心を向ける姿勢なのです。観察し、任せ、自分が受けた価値を言葉として明確に伝える——。部下の主体性を引き出す、「アクノレッジ(承認)」の実践法を解説してもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
【プロフィール】
鈴木義幸(すずき・よしゆき)
1967年生まれ、静岡県出身。株式会社コーチ・エィ取締役 会長/エグゼクティブコーチ。慶應義塾大学文学部人間関係学科社会学専攻卒業。株式会社マッキャンエリクソン博報堂(現株式会社マッキャンエリクソン)に勤務後、渡米。ミドルテネシー州立大学大学院臨床心理学専攻修士課程を修了。帰国後の1997年、コーチ・トゥエンティワンの設立に参画。2001年、株式会社コーチ・エィ設立と同時に、取締役副社長に就任。2007年1月、取締役社長就任。2018年1月、代表取締役就任。2025年1月より現職。200人を超える経営者のエグゼクティブ・コーチングを実施。リーダー開発とともに、企業の組織変革を手掛ける。また、神戸大学大学院経営学研究科MBAコースをはじめ、数多くの大学において講師を務める。
心に届くのは、自分を見てくれている人の言葉だけ
「すごいですね」「頑張っていますね」といった言葉を部下に投げかけても、反応がいまひとつだったという経験はありませんか? つまり、褒めているのに相手の心に響かないという状況です。その理由は、褒め言葉そのものではなく、「自分をきちんと見てくれている」と相手が感じられていないからです。
たとえば、部下がプレゼン資料をつくってきたとします。その資料をしっかり読み込み、「ここはわかりやすかったな」「この構成にした意図はなんだろう?」などと考えていれば、「いいね」のひとことだけでは絶対に終わらないはずです。具体的によかった点を伝えたり、改善点について一緒に考えたりもするでしょう。
そうしたやり取りを通じて伝わるのは、いわゆる「評価」ではありません。「私はあなたの仕事ぶりに関心があります」「ちゃんと見ていますよ」というメッセージです。これこそが、私がマネジメントにおいて重要だと考えている「アクノレッジ(承認)」なのです。
ですから私は、無理に褒めようとしなくてもいいと思っています。むしろ大切なのは、「観察する」ことです。
「最近、早く出社していますね」「いつもメールの返信が早くて助かっています」「今日の会議では誰よりも積極的に発言していましたね」。これらはどれも、直接的な褒め言葉ではありません。ただ、相手をきちんと見ていたからこそ伝えられる言葉だといえます。
プレゼンについても、「今回は結論から話す構成に変えましたね」と伝えるだけで十分です。「すごい」と評価しているわけではありませんが、こうした言葉かけが、「あなたの工夫や変化に気づいていますよ」という「存在承認」につながるのです。
人は、自分に深い関心を向けてくれる他人に対して強い信頼を寄せます。だからこそ、相手を動かす言葉は、うまく褒めるテクニックからではなく、日頃どれだけ相手を見ているかという姿勢から生まれるのです。

適切に「任せる」こともアクノレッジになる
私は、「任せる」という行為も、アクノレッジのひとつだと考えています。ただ、注意が必要なのは、「任せる」と「放任」はまったく違うものだということです。
放任とは、「あとはよろしく」と丸投げしてしまうことです。なぜその仕事を任せるのかという背景の説明もなく、途中の進捗にも関心を示さず、最後だけ「あれ、どうなった?」と確認するだけ……。それでは、アクノレッジとは真逆に、「あなたには興味がありません」と伝えているようなものです。
一方、本当の意味で任せる場合には、「なぜこの仕事をお願いしたいのか」を最初に伝えます。この仕事を経験することで、どのような力を身につけてほしいのか。会社やチームに対してどのような貢献につながるのか。そうした意味づけがあって初めて、人は前向きに挑戦することができます。
そして、任せたあともプロセスに関心を持ち続けます。「進み具合はどう?」「困っていることはない?」と確認し、必要に応じてフィードバックを返します。ただし、「どう進めるか」という最終的な意思決定そのものは相手に委ねます。すると、「自分は信頼されている」「上司は私の能力を伸ばそうとしてくれている」と感じられるようになります。
任せる仕事には、少し背伸びをしなければ届かない要素があるほうがいいでしょう。「その挑戦を通じて成長してほしい」という意図まで伝われば、相手は「この人は自分のキャリアまで考えてくれている」と受け取るはずです。
本当の意味での任せるという行為には、存在承認も、意味づけも、期待も含まれています。だからこそ、適切に任せられた相手のモチベーションは格段に高まるのです。

「あなたはすごい」より「私は助かった」が相手の心に響く
もうひとつ、アクノレッジに関して私がおすすめしたいのが「Iメッセージ」です。コミュニケーションには、大きくわけてYouメッセージとIメッセージがあります。
Youメッセージは、「(あなたは)すごいね」「(あなたは)よく頑張ったね」というように、相手を主語にした言葉です。
一方、Iメッセージは、「あなたのおかげで(私が)助かった」「あなたがつくった資料のおかげで(私の)理解が進んだ」というように、自分が受けた影響を伝える言葉です。私は、こちらのほうが相手の心に深く残ると考えています。
人は、自分が「誰かの役に立ちたい」という欲求を持っています。これは、生存本能によるものであり、はるか大昔から集団生活を行ってきた人間は、コミュニティーに貢献し他者から認められることを本能的に求めています。
そのため、自分の行動が誰かにプラスの影響を与えたと知ることで、「自分には価値がある」「この仕事をしてよかった」と実感します。だからこそ、「あなたのおかげで(私が)助かった」といったIメッセージがより強く心に響くのです。
アクノレッジとは、相手をただ評価することではありません。相手を見つめ、その存在を認め、その人が与えてくれた価値を具体的に伝えることです。そうした言葉の積み重ねが、部下のなかで安心感を生み、「もっと貢献したい」「もっと成長したい」という内側から湧き上がる意欲につながっていくのです。

【鈴木義幸さん ほかのインタビュー記事はこちら】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
