
考えがまとまり切らないとき、誰かに話すことで思考が前に進むことがあるはずです。それこそが、武蔵野大学アントレプレナーシップ学部学部長の伊藤羊一さんが提唱する「壁打ち」という思考術です。しかし、壁打ちは誰かにやみくもにお願いすれば成立するものではありません。気軽に「頭を貸してほしい」といえる関係性の構築、そして逆に壁打ちを頼まれたときに引き受ける姿勢も重要な鍵となります。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
【プロフィール】
伊藤羊一(いとう・よういち)
1967年生まれ、東京都出身。「壁打ち」の達人。武蔵野大学アントレプレナーシップ学部学部長。Musashino Valley代表、Voicyパーソナリティー。アントレプレナーシップを抱き、世界をよりよいものにするために活動する次世代リーダーを育成するスペシャリスト。2021年に武蔵野大学アントレプレナーシップ学部(武蔵野EMC)を開設し学部長に就任。2023年6月にスタートアップスタジオ「Musashino Valley」をオープン。「次のステップ」に踏み出そうとする全ての人を支援する。また、ウェイウェイ代表として次世代リーダー開発を行う。71万部のベストセラーとなった代表作『1分で話せ』(SBクリエイティブ)の他、『会社に縛られずに生きる「武器」 話す 聞く 考える』(ビジネス社)、『僕たちのチームのつくりかた』(ディスカヴァー・トゥエンティワン)、『FREE,FLAT,FUN これからの僕たちに必要なマインド』(KADOKAWA)、『1行書くだけ日記』(SBクリエイティブ)など著書多数。
「ちょっと頭を貸してくれますか?」でお願いする
新刊『壁打ちは最強の思考術である』(飛鳥新社)で僕が提唱している「壁打ち」とは、考えがまだ固まり切っていない段階でもあえて人に話すことで思考を前に進めるためのメソッドです。
重要なのは、基本的に相手から結論やアドバイスを求めない点にあります。断片的であってもその時点での自分の考えを言葉にし、「なるほど」「それいいね」「そうかな?」「それで?」といった相手からのリアクションを受け止めることで、自分でも気づいていなかった思考の核心や不足している視点が浮かび上がってくるのです(『ひとりで考える時代は終わった。正解がない時代に「壁打ち」が抜群に効くわけ』参照)。
じつはこの壁打ちは、かつて僕が属していたIT業界などではあたりまえのものとして行なわれています。ところが、そうではない業界の人からは、「壁打ちってなに?」「どうやってお願いすればいいの?」と聞かれることも少なくありません。
もしみなさんがはじめて壁打ちをお願いするときは、「ちょっと頭を貸してくれますか?」と声をかけることをおすすめします。「お時間、いいですか?」だと「なにか言いにくいことの報告や相談かな」というふうに相手に余計な気を遣わせてしまうこともあります。それに、「頭を貸してほしい」といわれて嫌な気分になる人はいませんよね。
そうして壁打ちが特定の相手との、あるいはチーム内での習慣として根づいたら、ストレートに「ちょっと壁打ちにつき合ってもらっていいですか?」とお願いできるようになるはずです。

「はい」か「YES」で答え、人間関係を構築する
ちょっと壁打ちの話からは脱線しますが、そもそもの話をすると、壁打ちのような新たな試みをためらいなくお願いできるためにも、日頃からの人間関係の構築こそが重要です。良好な人間関係構築というのはビジネスにおける永遠のテーマですから、みなさんにもそれぞれに考えがあるでしょう。
僕自身の話をすると、人間関係構築のためにまず意識しているのは、「この人とはきちんとパートナーシップを結びたい」と思う人に対しては「『はい』か『YES』で答える」ということです。つまり、なにかをお願いされたときに「できません」とは絶対に言わないのです。「いまは忙しくてタイミングが……」などと言い訳をして断ってしまうと、同じようなチャンスが巡ってくることは二度とないかもしれないからです。
加えて、なんらかの「恩を受けたら永遠に恩を返し続ける」ということも強く意識しています。相手から「あのときのことはもう十分にお返ししてもらっています」と言われたとしても、ずっと恩を返し続けます。
打算的に考えているわけではありませんが、そんな人間に対して不快感や不信感を抱く人は絶対にいないはずです。また、そうして恩を返し続けておくと、大きなお願いをしたいような「ここぞ」という場面で引き受けてくれる可能性も高まります。それこそ壁打ちくらいのことなら、間違いなくつき合ってくれるでしょう。

「壁側の人間」にとっても有意義な時間となる
話を壁打ちに戻しましょう。前々回の記事では、壁打ちをお願いする立場としての具体的なやり方を解説しました。頭のなかのモヤモヤを言葉にしようとすることでその時点での考えとしてまとめ、それをぶつけた相手のリアクションを手がかりに考えの方向性や伝わりやすさなどを確かめていくといったものです(『ひとりで考える時代は終わった。正解がない時代に「壁打ち」が抜群に効くわけ』参照)。
一方、壁打ちをお願いされたらどうすればいいでしょうか? 壁打ちは、お願いされる側からすると時間を奪われる行為でもあるため、忙しいタイミングであれば断りたくなることもあるかもしれません。でも、先ほどの「『はい』か『YES』で答える」ではありませんが、やはり絶対に引き受けてほしいのです。
そもそも、壁打ちは「壁側の人間」にとっても非常に有意義なものです。なぜなら、相手の思考のプロセスをのぞき見ることができるからです。壁になることで、「この人はこういうふうに思考を進めるのだな」「こういうところでつまずきやすいのか」といったことが見えてきます。
そんな機会はそう多くあることではありませんし、その後に自分自身が思考をするときにはなんらかのヒントをもたらしてくれるでしょう。それこそ相手が先輩や上司であれば、願ってもない貴重なチャンスが向こうからやってきてくれるのですから、絶対に逃してはなりません。壁となってリアクションをしながらも、ぜひ多くの学びを得てください。

【伊藤羊一さん ほかのインタビュー記事はこちら】
ひとりで考える時代は終わった。正解がない時代に「壁打ち」が抜群に効くわけ
行き詰まったとき、頭のいい人が必ずやる “ある行動”
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
