
「あなたは自分を利口だと思いますか?」。これは、ケンブリッジ大学の入試面接で実際に出題された問いです。一見すると簡単に答えられそうですが、いざ真剣に向き合うと思いのほか言葉が出てきません。
この問いに魅せられた著者が、オックスブリッジの"正解のない入試問題"の数々を、日本で最も利口だと見られているだろう人たち、すなわち東大卒の8人にぶつけた一冊が8月10日に発売になる『東大はクイズを教えない』(西葛西出版)です。
著者の川人友理さんが、本書誕生のきっかけと、8人の答えから見えてきたことを語ってくれました。
取材・構成/STUDY HACKER編集部
【プロフィール】
川人友理(かわひと・ゆうり)
1992年生まれ。2011年4月東京大学文科三類入学。
2015年3月東京大学文学部行動文化学科社会学専修課程卒業。
卒業後は不動産系のベンチャー企業に勤務し、主に人事(労務)の仕事に従事。
現在は年子の育児に奮闘中。著書に『数学嫌いの東大生が実践していた「読むだけ数学勉強法」』(マイナビ出版)などがある。
誰も答えていなかった「正解のない問い」
オックスフォード大学とケンブリッジ大学、いわゆる「オックスブリッジ」の入試問題を集めた、著述家のジョン・ファーンドンの著作『オックスフォード&ケンブリッジ大学 世界一「考えさせられる」入試問題』を読んでいたとき、「あなたは自分を利口だと思いますか?」という問いに出合いました。数ある問題のなかでも、これがとびきり面白かったのです。
面白いと感じたいちばんの理由は、この問いには「人の数だけ答えがある」と思ったからです。ぱっと答えるなら「はい」「いいえ」「どちらでもない」などの3つくらいに分かれるでしょう。でも、そう答えた理由を聞いていくと、本当に人の数だけ答えがあるはずです。
しかも「利口」、あるいは「賢い」—— 英語では clever—— という言葉の捉え方自体、人によってまったく違います。「あの人、賢いよね」と日常では気軽に使うけれど、なにをもって賢いとするのかは、掘り下げていくと人それぞれ。
さらにこの問いは、その人が自分自身をどう認識しているかまで探れてしまう。客観的には誰もが賢いと認めるノーベル賞受賞者のような人でも、もしかしたら「いいえ」と答えるかもしれない。そう考えたら、いろいろな人の答えが聞きたくてたまらなくなりました。
夫と「答え比べ」をしてみたら
そこでまず、夫と答え比べをしてみました。夫の答えは「自分は利口ではありません。僕に限らず、人類みんな利口ではありません」。人にはまだ賢くなる余地があり、上を目指して成長できるのだから全然賢くない、という理屈です。
私の答えも「利口ではない」で、結論は一致しました。ただ、理由はまったく違います。
私の場合、定義のもとになったのは子育てです。子どもに「お利口さんだね」と言うのは、騒がない、うるさくしないといった、親にとって都合のいいことをしてくれたとき。
そこから私は、利口とは「相手にとって都合のいい言動を取ること」だと定義しました。私自身はあまり相手に合わせにいくタイプではないので、その意味で「利口ではない」というわけです。
なぜ、誰も答えていなかったのか
そうなると今度は、他の人はどう答えるのだろうという好奇心が抑えられなくなり、インターネットで検索してみました。ところが不思議なことに、「実際に答えてみた人」がひとりも見つかりません。「面白い本だった」というレビューはたくさんあるのに、自分の答えを書いている人がいないのです。
いま思えば、理由は3つあります。1つめは、思った以上に答えるのが難しいこと。調子がいいときは「私、賢いかも」と思い、失敗が続けば「愚かだ」と思う。答えが日によってブレるのです。
2つめは、元の本には著者の解答例が載っているため、読むと正解を知った気になってしまうこと。そして3つめは、入試問題である以上、「それは不合格の答えですね」と言われそうな心理的ハードルがあることです。
誰も答えていないなら、なおさら他の人の答えが知りたい。「よし、自分で答えを集めてみよう」。それが本書の始まりでした。

なぜ「東大卒」に聞いたのか
答えてもらう相手を東大卒のかたがたにしたのは、この問いの面白さを最大化できる存在だと考えたからです。
東大卒の人は「勉強ができるだけ」と言われがちで、私自身もそう言われてきました。だからほとんどの人が、自分がそう見られていることに自覚的なはずです。
すると、もし「はい」と答えるなら、絶対に「勉強ができるから」以外の理由を出してくるはず。それがなんなのか知りたい。逆に「いいえ」なら、「利口だと思われているとわかっているのに、なぜ?」となる。どちらに転んでも面白いのです。
人選の基準は「経歴の幅」
人選では、経歴の幅を意図的に持たせました。法学者としてメディアでも活躍する山口真由さんから、起業家であり岡山県の瀬戸内市長でもある黒石健太郎さん、研究者、声優まで、顔ぶれはさまざまです。
皆さんには「一般論ではなく、ご自身の経験や価値観をもとに答えてほしい」とお願いしていました。経験や経歴の違いが、答えの多様性につながると考えたからです。
「東大卒という切り口自体に多様性がないのでは」という指摘はあると思いますし、その通りです。大学に行っていない人や海外の人の答えは載っていません。でもそれは、あえて絞ったことの裏返しでもあります。
東大卒という共通項があるからこそ、「同じ東大卒なのに、こんなに答えが違う」ということがくっきり見える。そこが本書の醍醐味だと思っています。

8人に共通していたもの、決定的に違ったもの
インタビューの前に「この人はこう答えそうだ」といった予想は、あえてしませんでした。正解のない問いを扱っている以上、私が予想してしまえば、それはある種「私から見た模範解答」になってしまうからです。
共通していたのは、問いへの真剣な向き合い方
まっさらな状態で聞いてみてわかった8人の共通点は、全員が問いに真剣に向き合っていたことです。
いきなり答えるのではなく、問いの前提をしっかり確認する。「この言葉を私はこう定義します」と宣言したり、逆に「これはどう捉えればいいですか」とすり合わせたり。誰ひとり、適当に答えたり、はぐらかしたりしませんでした。
違いを生んだのは、経験と言葉の捉え方
一方で、違いが際立った質問もあります。「大学では学べない、社会に出て初めてわかった重要なこと」という質問では、その人の経験の差がそのまま答えの差になりました。
タレントの神谷明采さんの芸能界という特殊な世界にいるからこその答えもあれば、取材当時63歳の安政真弓さんの人生経験が豊富だからこその答えもある。研究者の園田薫さんに至っては、そもそも「社会に出る」とは何を指すのか、という前提のすり合わせから始まりました。ずっと大学にいる方なので、その線引きが自明ではないんです。
言葉の捉え方もさまざまでした。たとえば同じ「思考力」でも、黒石さんは「相手の気持ちを想像して、言語化すること」と定義。声優の鈴木柚里絵さんは「言語化して可視化する力、つまり書く力」だと捉えていました。
「過去に戻れるならいつにしますか」という問いでは、自分の幼い頃と捉える人もいれば、戦国時代のような歴史上の過去と捉える人もいる。言葉ひとつとっても、本当にまったく違う答えが返ってくるのです。
印象的だった「子どもに完全に任せる」という答え
なかでも印象に残っているのは黒石さんが、思考力を育てるには「子どもに完全に任せて、ゼロから設計させることが大事だ」と語っていたこと。本当に放任して、失敗しても成功しても、その結果を本人が受け止めるんです。
私も子育て中なのですごく納得した一方で、実践はとても難しいとも感じました。つい「こうしなさい」「あれはダメ」と言ってしまいそうですから。
聞き終えて、私自身の答えは変わったか
結論からいえば、変わりませんでした。私の「利口」の定義は子育てという自分の生活に根ざしているので、人の話を聞いても、そこは揺らがなかったのです。
ただ、「利口」ではなく「あなたは自分を賢いと思いますか」と聞かれたら、私の答えは「はい」に変わります。私にとって「賢い」は別の意味を持つからです。cleverを「利口」と訳すか「賢い」と訳すかで、答えが正反対になってしまう。それもまた、この問いの奥深さなのかもしれません。
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取材の場では、編集部も内心で「あなたは自分を利口だと思いますか?」に答えようとしながら話を聞いていました。ところが、いざ自分なりの「利口」を定義しようとすると、これが驚くほど難しいのです。
言葉の意味に立ち止まり、つい考え込んでしまう。その体験そのものが、本書の面白さの入り口なのだと感じた取材でした。
※後編では、8人の思考から見えてきた「正解のない問い」への向き合い方と、考える力を鍛えるヒントを伺います。

【川人友理さん ほかのインタビュー記事はこちら】
- AIに聞く前に、自分ならどう答えるか。東大卒8人が見せた「正解のない問い」への向き合い方(※近日公開)
東大はクイズを教えない オックスフォード&ケンブリッジの答えのない難問に東大卒9人が挑むshop.nishikasaibooks.jp
岡 健作(おか・けんさく)
株式会社新恵社 代表取締役/株式会社スタディーハッカー創業者。1977年生まれ、福岡出身。2014年、メディア「STUDY HACKER」を立ち上げ。以後運営に携わる。
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