仮定法にひそむ過去形の秘密。「過去形=昔のこと」とは限らない
みなさんは「仮定法」をどのように学びましたか? 仮定法と言えば、「現在のことを言及するときは現在形ではなく過去形を使う」「過去のことを言及するときは過去形ではなく過去完了を使う」などのルール。なんとなく複雑に感じますよね。
仮定法の攻略ポイントは「過去形のとらえ方」にあります。ネイティブの文法感覚がわかる「認知文法」で、過去形の本当の正体をつかむと、仮定法の表現をスムーズにものにすることができますよ。英語パーソナルジム「ENGLISH COMPANY」がご説明します。
仮定法の過去形が示す意味
まずは、仮定法の定義を見ていきましょう。
過去に実際に起きた事実は、ご存じのとおり過去形で示しますね。これは直説法の過去形と呼ばれるもの。直説法とは、「実際に起きていること、過去に実際に起きたこと」を述べる動詞の形を示します。
直説法過去:I had enough money.
「(過去において実際に)十分なお金があった」
そして、直説法の反対が仮定法です。「実際には起きていないことを、仮にそうだとしたら」と表す動詞の形のことを指します。
仮定法が複雑な原因のひとつが「時制」です。仮定法では、現在の事実に反しているときは過去形を使うというルールがあります。
仮定法過去:If I had enough money, I would buy a new car.
「(現在において)十分なお金があれば、新車を買うのに(実際にはお金はないけれど)」
「現在のことなのに過去形?」と混乱してしまいますよね。じつは過去形は、時間的な「過去」を指すとは限らないのです。過去形のコア(中心的な意味)は「距離感」。認知文法で過去形を見ていくと、「過去」は「時間的な距離」だけでなく「現実との距離」も表せることがわかります。
仮定法で過去形を使う理由
「過去」と「現実との距離」の関係を知るためには、英語ネイティブが時間軸をどのようにとらえているかを知ることが必要。以下の図を見てみましょう。
英語ネイティブにとっての「現在」は、いま話者自身がいる場所。現在形は、「現在」といういま時点のことを指すというよりは、自身のいる現実の世界を表しています。たとえば、 “I have enough money.” (私は十分にお金をもっている)は、「発話しているいまこの瞬間だけでなく、過去・現在・未来のいつでももっている」という意味合いが含まれています。よって、話者がいる現実世界と密接に関連があるときに現在形を用いるのです。
一方、過去形が示すのは現実と切り離した世界。先ほどの “I had enough money.” の例も、「過去のある場面において十分なお金があった」ことを述べているに過ぎず、現在もそうかまでは読みとれません。そこから、仮定法の過去形は現実に反した仮想の世界を言及していることがわかります。仮定法で過去形を用いるのは、現実世界と距離を置く意味合いから由来しているのです。
ちなみに、過去の現実に反した世界を述べるときに使うのが仮定法過去完了。過去を振り返って、「あのときには起きなかった事実だが、仮に起きていたとしたら……」という話を、過去完了形を用いて描写しています。以下の例では、「振り返ったその当時は、新車を買わなかった」ことを含意しています。
If I had had enough money, I would have bought a new car.
「(過去を振り返りながら)十分なお金が(あのとき)あったら、新車を買ったのに」
英語は、「時間」だけでなく「事実」かどうかによって動詞の形を変える言語。「過去形」が「距離感」のイメージから由来していること、「時間的な距離」に加えて「現実との距離」を含意していることを、しっかり頭に入れましょう。
過去形を使うとより丁寧になる理由
「過去形」が「距離感」を示すことがわかると、さらにものにできる表現が丁寧表現。「過去形」が「聞き手との距離」も表せるためです。
東洋英和女学院大学の高橋基治教授によれば、丁寧表現は、直接的な言い方を避け、間接的な言い方をすることによって生まれるとのこと。その手法として、時制を現在形から過去形にずらすのだそう。相手から距離的な隔たりをとることで、控えめさや気遣い、配慮、思いやりなどにつながるといいます。話者の意図や気持ちを現実から離すことで、より丁寧に相手に伝えられるのです。
丁寧表現は、仮定法とどう関わりがあるのでしょうか。高橋教授いわく、丁寧表現には話者の「このような依頼や提案をしても、実際そのような行動をしていただけないかもしれないが、もしよろしければ……」という意味を含むそう。「行動の実現に至らない」「実現の可能性がきわめて低い」という現実との距離感が、丁寧さを生んでいるのです。
たとえば、 “Could you give me some advice?” は、「アドバイスを私に頂けませんか?」という意味の表現です。助動詞 “can” の過去形 “could” を用いて、 “Can you ~?” と尋ねるよりもより丁寧な依頼をしているのです。この “could” には「できた」のような過去の意味はありません。むしろ「アドバイスする必然性はない(もしくは当然のものとして期待していない)が、もしよろしければアドバイスしてほしい」という実現性の低さを含意しています。
ここで、上司に英語で質問しようとしている場面をイメージしてみてください。より適切なのは、以下の1と2のどちらでしょうか。
- Excuse me, I want to ask you some questions.
- Excuse me, I wanted to ask you some questions.
答えは2。2の “wanted” にも「過去形」=「距離感」という意味合いがあります。「尋ねたい」という事実を直接的に伝える1の現在形よりも、過去形で「質問したかったのだが、できる状況ではなかった」という距離を置く表現をするほうが、より丁寧です。
「距離感」としての「過去形」の役割を知っていると、見知らぬ顧客や目上の相手、主要な取引先などとのビジネス上のやり取りにも役に立ちますよ。
仮定法を効果的に使うには
仮定法は、英会話で頻繁に使う便利な表現。しかし、頭のなかで「仮定法だから、if節の文を過去形に変えて……」などと考えていたら、スムーズな会話はできませんよね。仮定法を会話でうまく使うコツはあるのでしょうか。
そのコツは、東京言語研究所にて理論言語学賞を受賞した認知文法のプロであり、時短型英語ジム「StudyHacker ENGLISH COMPANY」でシニアリサーチャーとして活躍する ”英語職人” 時吉秀弥さんが、以下の約10分の動画のなかで説明しています。認知文法の観点から詳しく解説していますので、ぜひご覧ください。
- 直説法とは何か
- 仮定法とは何か
- 仮定法の本質は動詞の活用にある
- ifを使った文が仮定法かを見分ける方法
- ifの後ろには〇〇する文が来る
- 仮定法の実用的な使い方
動画によるわかりやすい解説で、仮定法の本質や実践的な使い方のコツが効率よくつかめますよ!
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過去形の「距離感」のイメージが理解できると、より効率のいい仮定法の習得が可能になります。さらに、より丁寧な表現もつかめて、一石二鳥。認知文法のアプローチで過去形のとらえ方をつかんで、効果的に仮定法が使えるようにしましょう。