英語はどうすればできる? みんなの質問を集めて、 "英語のプロトレーナー"にぶつけてみた。 第1回
いまや同僚が外国人だとか、外国人の上司が赴任してきたとか、そんなことも増えてきました。一方で、英語を使う必要性に迫られているのに、さっぱりできるようにならないという人も少なくありません。
かくいう私も、英語に苦労しているひとり。
つい「文法なんて知らなくても話せる」「リスニングさえできれば、自然と言葉はでてくる」「度胸さえあれば大丈夫」という、努力なしでなんとかなる式の俗説にすがりたくなってしまいます。まことしやかに言われている英語上達の「近道」ってホント? それともただの都市伝説?
この企画では、英語の勉強に関するさまざまな疑問を、英語に困るたくさんの人から集めて専門家にお話をお聞きします。お相手は、言語習得の科学「第二言語習得研究」の知見を活かした英語のトレーニングで人気急上昇中の英語のパーソナルジム、ENGLISH COMPANYで活躍する英語のプロトレーナー 田畑翔子さんです。
まず最初の質問はこちら。
田畑:「英語が聞き取れない」って、とてもよく聞く課題ですよね。
皆さん、「英語が聞き取れない」とひとくくりにしてしまいますが、実は英語を聞き取るということには複数の段階があります。どこでつまずいているのかによって、対策もまったく変わってくるのです。
編集部:え、「英語が聞き取れない」という中にもレベルがあるんですか? 詳しく教えてください。
田畑:私たちは言葉を聞いて意味を理解するまでに、複数の処理を行っています。ごく簡単に説明すると、まずは英語の音をきちんと知覚して、個々の単語を認識できなければなりません。この時に英語が単なる音のカタマリとしてしか認識できず、単語が聞き取れないと当然理解できません。まずここでつまずく人がいます。
編集部:私です! 最初の段階で既にひっかかっているのですね。
田畑:そうですね。これを『音声知覚』というのですが、ここでつまずく人は多いんですよ。ネイティブが英語を話す時には、色々なところで音を省略したりくっつけたり、変化させたりして、教科書通りの発音はしないのが普通です。だから、知っているはずの簡単な単語も聞き取れなかったりするんです。
編集部:たしかに知っているはずの単語が、全く違う発音で使われていると、もうパニックです。私たちは学生時代、文法や読解は散々勉強してきても、音がどう変化するのかとか、全く習ったことありませんね。
田畑:でもこの音声変化にもきちんとしたルールがあるのです。例えば “water”が「わらー」に近い音で発音されるように、ルールに基づいて音が変化します。それも、膨大な数あるわけではありません。代表的なものはたったの6つ。そこをクリアすれば、音を聞き分けることができるようになってきます。
この部分については、Listening Hacker(iOS/Android)というアプリを昨年リリースしましたので、チェックしてもらえるとわかりやすいと思います。
編集部:英語があまりに聞き取れないので、聞き取るために覚えるべきことが無限にあるように思っていました。そう思うと学習意欲も失せてしまいます。6個程度のルールを理解すれば、聞き取れるようになるんですね。
田畑:そうですね。自分が発音できるとさらに聞き取りやすくなるので、発音練習とあわせて行うとよいでしょう。
個々の音が聞き取れるようになったら、次に必要なのは聞こえた英語について語彙処理や文法処理を行って『理解する』作業が必要になります。ここでは、語彙や文法といった英語の知識が必要です。音として聞き取れても、知らない単語の意味はわからないし、文法を知らなければ正確に相手の意図を把握することはできませんよね。このあたりは、地道な勉強が効いてくるところです。
そして、この後に大切なのが『短期記憶』です。生徒さんの中にも、「さっき聞いていた時には意味がわかっていたはずなのに、内容を説明しようとしたら忘れちゃった」という人がたくさんいます。
これはほんとうによくあることです。聞いているときには音声処理も理解もできていたのに、たった数秒から数十秒後には頭に残っていない。これでは会話を続けるのはむずかしくなってしまいますよね。
編集部:それわかります! さっきまでちゃんと聞き取れていたはずなのに、まったく思い出せなくなってしまう。そんなこと確かにありますね。あれにも理由があるのですか?
田畑:これは脳のリソース=「ワーキングメモリー」の問題です。私たちの脳は一定の容量で動いているので、同時に行える作業に限りがあります。
私たちが日本語で話す時には、音声処理→理解のプロセスがほとんど自動的に、低負荷で行われるので、「聞いた内容を覚えておく」という短期記憶のための容量も十分に空いています。
しかし、英語の場合は音声処理や意味処理にその脳のリソースを多くもっていかれてしまうんです。そうなると、やっとその場で内容が理解できたとしても、もう短期記憶として残しておくだけの余力がないんです。
これをクリアするためには、音声処理と意味処理をほとんど自動的に行うくらい、低負荷にする必要があります。これを「自動化」と呼びます。
編集部:脳って、そんなふうに動いているんですね。母語でしゃべるときは、それだけ複雑な一連の作業を一瞬でやっているわけですが、その域に達するまではずいぶんと遠そうな感じがしてしまいます。
田畑:リスニングの様子を見ていると、どこでつまずいているのかすぐに分かります。
そもそも単語の音が聞けていないのか、そこは分かっても意味処理でつまずいたのか、意味処理までは出来たけど短期記憶のリソースが残っていなかったのか。どの段階にいるのかが分かれば、あとは足りない部分を補っていくだけです。確かに、最初の段階からつまずくとゴールが見えないように感じるかもしれません。
でも、「シャドーイング」や「サイトラ(サイトトランスレーション)」など、それらを効果的にトレーニングする方法もだんだんわかってきていますから、昔よりは短時間で効果をあげることもできるようになっていますよ。
田畑:これはどちらも合っています。まず、よく誤解されることなのですが、文法は絶対に大切です。ゼロから言語を学ぶのですから、当たり前ですよね。文法が分からなければ語順も決められませんし、正確に話すことはできません。ただ、文法というものを、語法や熟語などと混同してしまって、「文法」が無限にあるように感じている人が多い気がします。語法や熟語といったものは、やはり暗記の性質が強いものですが、中学英語で習う「関係詞」「不定詞」というような、わかりやすい名前のついている文法はせいぜい10〜15個程度。これらの名前がついている文法だけ、まずはしっかりと理解すると良いのです。
編集部:きちんと覚えなければならない文法って、中学生レベルで出てくるもので良いんですね。しかも、「名前がついているもの」と言われるととても分かりやすく感じます。でも、「日本人は文法にこだわるからいつまでも話せるようにならない」というのも正しいんですよね?
田畑:そうですね。確かに日本人は文法にこだわりすぎたり、間違えたらどうしよう、という気持ちがとても強かったりという傾向があると思います。実際、文法の細かいところをほとんど知らなくても、身振り手振り交えて外国人とフランクに話せる人はたくさんいるので、「正しい文法を使って話さなくちゃ!」というのが強すぎると、話すことの足かせになるのは事実です。実際に「外国人とも全然話せる」と言いながらTOEIC400点前後の方もいらっしゃいますが、このように、きちんとした文法を知らずに勢いだけで話していると、どうしても英語力も頭打ちになってしまいます。
正しい文法を知らないせいで「言語転移」というものが起きてしまいがちです。
編集部:言語転移とは何でしょう?
田畑:私たちが第二言語を学ぶ時、どうしても母語の影響を受けやすくなりますが、母語の影響を受けてプラスの効果がでる場合を「正の転移」、マイナスの影響を受けることを「負の転移」と言います。例えば日本人が韓国語を学ぼうとすると文法がとても近いので、語順を考えるのがとても簡単です。これは文法面で正の転移が起こっている、ということになります。日本人が英語を学ぶ際には、文法的にも発音的にも異なる部分が多いので、負の転移が起こりやすいのです。それを放置して、文法をしっかりと理解せず、正確さを排除したまましゃべり続けると、日本人的な間違いが固定化してしまい、後から改善することが難しくなります。
たとえば文法が全く分からないままスカイプ英会話などで「会話をなんとかつなぐ力」だけを高めていると、正しくない方法が固まってしまって直せなくなる、という現象が起こります。
編集部:やはり文法は大切なのですね。一方で、文法にとらわれすぎないことも大切、ということもよく分かりました。大人になってからあらためて文法を勉強する時、具体的にどんな内容を、どこまで勉強すれば良いですか? 中学校の英文法の参考書などを買えば良いのでしょうか。
田畑:それで良いと思います。ただ、中学の英文法を勉強すると言ってもさらっと読んでところどころ暗記する程度では全くダメ。例えば現在完了で質問されたら即座に正しい答え方ができる、日本語の例文を瞬間的に英語に直せるなど、完全に自動化するレベルまで持っていってください。そこまでやれれば、中学校の文法で十分です。
余力があったら高校1年のレベルまでもやっても良いかもしれません。中学では出てこない文法が2、3あるので。ただ「完全に自動化するレベルまで」というのを忘れないでくださいね。
田畑:第二言語習得研究の第一人者であるKrashenが「情意フィルター仮説」というものを提唱しています。心理的な障壁が言語の習得を妨げる要因になるという説です。
不安な気持ちが少ないとき(情意フィルターが低いとき)には物怖じせずに話ができますし、不安な気持ちが強いとき(情意フィルターが高いとき)は文法や発音など、細かいことが気になってしまいます。
仕事はオフィシャルな場なので、情意フィルターが高くなりやすい状況ですね。数十年前に「お酒を飲んだら情意フィルターが下がるのか?」という実験がされており、やはりお酒は情意フィルターの影響を下げるのに一役買うという結果がでているんですよ。
編集部:お酒は情意フィルターを下げるかどうか、という実験を行ったのですね。面白い! でも質問のように、仕事場でお酒を毎回飲む訳にはいきません。他にも情意フィルターを下げる方法はあるのでしょうか?
田畑:情意フィルターを下げるには、以下の三つが必要です。
- モチベーションを高く
- 自信を高く
- 不安を少なく
仕事で英語を使うのであれば、必然的に1のモチベーション高いはず。お酒は、「3.不安を少なく」に一番関わっていますが、これは単語を覚える地道な努力とか勉強によってある程度低くすることができます。問題は二つ目の「自信を高く」です。これは、友人とのホームパーティーなどカジュアルな場で話すことで「多少文法を間違っても大丈夫なのだ」という自信をつけることが効果的だと思います。大切なのは「ちょっとくらい間違えたって大丈夫」と思えることですね。対面なら相手が「?」という顔をしたら違う方法で言い直すとか、何度でもトライできます。それをカジュアルな場でぜひ試してください。
編集部:逆に言えば、「自信がなくて不安が強い」と、情意フィルターが作用してしまい、さらに話せなくなるという負のスパイラルに陥ってしまうのですね。気の持ち様も大切ですね。他に、何か注意すべき点はありますか?
田畑:英語を話す時には、「正確さ」「複雑さ」「流暢さ」の三つの要素がトライアングルになり、それぞれのレベルが高くなれば、「うまく話せる」という状態になります。しかし、一気に全部上げようとしても無理なんです。普通、どれかを上げようと意識するとどれかが下がってしまいますから。お酒を飲むとなんだかうまく話せる、というのは、「正確さ」に注意がいかなくなる分、「流暢さ」が上がっている状態。
このように「今日はこの三つのうち、これだけを意識してやってみよう」と自分でテーマを決めるのも良いかもしれませんね。
>>英語はどうすればできる? みんなの質問を集めて、 "英語のプロトレーナー"にぶつけてみた。 第2回
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田畑トレーナーによるパーソナルトレーニングの様子は「外資系の同僚が驚いた! 3ヶ月でTOEIC大幅アップの秘密を、本人&トレーナーに直撃インタビュー」をご覧ください。
英語のパーソナルジムStudyHacker ENGLISH COMPANY は、関東3スタジオ(神田、新宿、銀座)、関西3スタジオ(京都/四条烏丸、大阪/梅田、兵庫/神戸)で展開しています。(2022年12月現在)
また、完全オンラインでもトレーニングをご受講いただけます。人が集まる場所を避け自宅で本格的な学習をされたい方、スタジオが無い地域にお住まいの方は、是非お気軽にご相談くださいませ。