記憶法には適齢期がある。脳科学で考える、大人のための「英文法の覚え方」
「暗記が得意でなく、英文法に苦手意識を抱えている」
「記憶力が落ちてきて、文法規則がなかなか覚えられない」
そんな方はいませんか?
文法学習が大切なのはわかっているものの、大量の文法規則をやみくもに暗記しなければならず、つまらない。おもしろくないから、なおさら覚えられない。このように苦手意識を抱えている人も多いはず。機械的な暗記作業から脱し、もっと楽しく、効果的に英文法を学ぶ方法はないのでしょうか?
そんなお悩みを解消すべく、脳科学の知見から、大人にとってベストな英文法の覚え方を探ってみました。さらに解決策として、時短型英語ジム「StudyHacker ENGLISH COMPANY」でシニアリサーチャーとして活躍する “英語職人” 時吉秀弥さんに、「認知文法」についてのお話をうかがいました。
脳科学と認知言語学の知見にもとづき、大人の脳に合わせた記憶法を用いることで、今まで挫折していた英文法学習に希望の光を見い出すことができるはずです。
記憶法には適齢期がある
とにかく暗記事項が多くて、文法書を開くのが憂鬱......。そう感じたことはありませんか?
文法規則にひそむ背景を理解することなく、手当たり次第暗記するのは、誰にとってもつらいこと。特に、すでに苦手意識を抱え、ふたたび英文法を学び直す必要のある大人にとっては、さらに苦しいことでしょう。
思春期を過ぎた大人にとって、丸暗記は記憶の観点からも効率的ではありません。"記憶の専門家” である東京大学大学院 薬学系研究科の池谷裕二教授は「記憶法には適齢期がある」と語ります。
意味記憶の働きが高い思春期ごろまでは、試験前の "丸暗記作戦” もうまくいくかもしれませんが、成功するのはせいぜい十五、六歳くらいまで。それ以上の年齢になると、意味記憶ばかりには頼れなくなります。
でもそのぶん、エピソード記憶の能力が高まってきます。ということは、論理的思考やいままでの経験と関連した思考が高くなるということです。
(引用元:夏谷隆治 著, 池谷裕二 監修(2013),『記憶力を磨く方法』, 大和書房.)
「意味記憶」は ”本で読んで知ったこと” のような、知識の記憶。一方、「エピソード記憶」は、個人のエピソードや経験などの思い出とともに想起される記憶です。
子どもの頃は知識の記憶である「意味記憶」が優勢に働くために、無秩序な文字の並びや絵、音でさえ、何でもパッと覚えられます。しかし、思春期を過ぎるとその働きが鈍るため、もう丸暗記に頼れなくなってしまうのです。
大人の「英文法の学び方」を脳科学的に考えてみた
でも、心配しなくて大丈夫。代わりに高まる「エピソード記憶」の特性を利用して、学生時代とは違う方法で覚えればいいのです。ここで意識したいのは、全体像をイメージすること。
丸暗記では小中学生にかないませんが、がっかりする必要はありません。エピソード記憶の能力が高まってきたということが全体のイメージをつくる能力が増してきたということなのです。
(引用元:同上 ※太字は筆者が施した)
私たちは年齢を重ねるにつれ、経験が豊富になり、今までの経験と関連した思考能力や論理的思考力、イメージをつくる能力が高まっていきます。池谷教授が「大人に最適な覚え方」として、記憶の観点から推奨しているのは、次の3ステップです。
- イメージを描いてみる
- 理屈を考えてみる
- 細部の学習に取りかかる
最初は厳密でなくてもかまいません。まずは、覚えたい事柄を自分の経験をもとに身近な例に当てはめながら、大まかなイメージを描きます。あとはそのイメージをふくらませて、全体像を把握します。すると実感が湧いてくるはず。そして、それを個々の項目に応用して学習を進めていくのです。この工夫を加えることで、いきなり文法項目を覚えようとするよりも、はるかに頭に入ってくることでしょう。
子どもの頃とは得意な記憶の種類が異なるので、大人になると「学生時代の学習法では覚えられないのも当然」だと池谷教授は主張します。今こそ、大人の脳の性質を生かした方法で学ぶことが求められているのです。
丸暗記 vs. 認知文法によるイメージ学習
大人が効率よく覚えるコツは、記憶の性質を生かし、イメージから入ること。
「英文法をイメージでとらえる」
じつは、これがまさに認知文法の世界です。
認知言語学を専門とする、南山大学外国語学部の今井隆夫教授は、認知文法を従来の学校文法と区別して「感覚の英文法」と呼び、こう説明しています。
ネイティブスピーカーが潜在意識として持っている文法感覚を、英語を日本語に訳すのではなく、イメージで捉えられるようになることを支援します。
(引用元:今井隆夫(2010),『イメージで捉える感覚英文法―認知文法を参照した英語学習法』, 開拓社. ※太字は筆者が施した)
英語ネイティブの無意識的な文法感覚を “イメージ“ でとらえる認知文法は、記憶の観点からみても「英文法の学び直し」にぴったり。
ためしに助動詞 will を使い、今まで苦しんだ暗記項目を、認知文法的にイメージでとらえ直してみましょう。
まずは高校の授業で習った will の意味を振り返ってみます。おなじみの英文法書『総合英語 Forest』を参考に、will が登場する主な項目を抜き出してみたところ、こんなにたくさん!
would も含めると、「過去の習慣(よく〜した)」や「過去の拒絶」、より丁寧な「依頼」や「推測」も......。覚えることはますます増える一方です。これらをすべて丸暗記するとなると、「できる気がしない」とため息をついてしまうのも当然のこと。
それでは、認知文法の知見にもとづき、will をイメージでとらえたらどうなるでしょう? 東京言語研究所にて理論言語学賞を受賞した認知文法のプロ・時吉さんは、will の正体をこう表現しています。
will という言葉の意味は、「心が揺れて、パタンと傾く」と説明することができます。ここから大きく分けて、「意志」と 「予想」という2つの意味が will には出てきます。
(引用元:時吉秀弥(2019),『英文法の鬼100則』, 明日香出版. ※太字は筆者が施した)
will の本質は「心が揺れて、パタンと傾く」ことであり、そこから「意志(~するつもりだ)」「予想(~だろうなぁ)」という2つの意味が出てくるのですね。
さらに「意志」から「依頼」が、「予想」から「習慣」の用法が現れると、時吉さんは説きます。
(図:明日香出版『英文法の鬼100則』をもとに筆者が作成)
「心が傾く」というコアイメージから始まり、派生させて考えるだけで、一見バラバラに見える複数の用法が統一的に理解できるのです。
このような認知文法を用いた助動詞 will / would の学習は、前出の池谷教授が提案する3ステップにもぴったり当てはまります。
- 「心が揺れて、パタンと傾く」ことをイメージする
- 「心が傾くこと」から「意志」と「予想」という2つの意味を考える
- 「意志」と「予想」を will / would のほかのさまざまな用法に当てはめる
バラバラに見える複数の項目をむやみやたらに丸暗記するよりも、イメージとともに全体像を理解し、関連づけて覚えたほうが、すんなりと頭に入ってきませんか?
will は未来じゃない?【イメージでとらえる will の感覚】
「こうするつもりなんだ」「こうなるだろうなと思ってるんだ」という「話し手の心の動き」を表すために、will を使うのですね。
「あれ、学校で習った『未来のことを表す will』はどこに行ったんだろう?」
そう疑問に思った方もいるかもしれません。
時吉さんは「物理的に未来の話だから will を使うのではない」と話します。どういうことでしょうか?
その答えから始まり、認知文法の知見にもとづく「will のイメージと使い方」をご紹介した約7分間の動画がありますので、ぜひご覧ください!
- 時間という概念のとらえ方
- will は「未来を表す」のではない?
- will のコアイメージとは
- 未来のことなのに現在形!? 「時・条件を表す副詞節」の法則の理由
- will の「依頼」表現をイメージで瞬時に理解する方法
- 学校で「現在の習慣」「過去の習慣」と習った will の本当の正体
“英語職人” 時吉さんによる解説で、「英文法がなかなか覚えられない」という皆さんのお悩みを解決できるはずですよ。
こちらの記事「助動詞willは『未来形』じゃない!? willの使い方&意味を徹底解説!」でも、時吉さんが助動詞「will」についてわかりやすく解説しています。あわせてご覧ください。
***
わかるから楽しい、わかるから覚えられる。認知文法は、従来の学校文法の概念を覆す、いま注目の分野です。
YouTube「時吉秀弥のイングリッシュカンパニーch」では、認知文法のプロ・時吉さんによる「鬼わかり英文法」シリーズを順次公開しています。
“苦手” を “得意“ に変えるきっかけは自分でつくるもの。楽しく効果的なイメージ学習で、長年悩みの種だった英文法を得意に変えてみませんか。