【記憶術】には、思い浮かべた場所に記憶したい対象を置いて覚える「場所法」や、物語に記憶したい対象を登場させる「物語法」、記憶したい対象の頭文字を取り出して覚える「頭文字法」に、別のものに置き換えて覚える「置換法」など、様々なものがあります。
当然ですが、いずれにも「楽しい」「心地いい」と銘打つものはありません。そこで今回は、興味深い神経科学の発見をもとに、鼻呼吸を活用し、映画やドラマのように楽しみながら特定ニューロン集団をつくって覚える、「楽しくて心地いい記憶術」を提案します。
研究1:トム・クルーズ細胞ってなんだ?
アメリカの認知科学者であるジェローム・レトビン博士は、1960年代に「おばあさん細胞」というものを提唱しました。たとえば「おばあちゃん」という、ひとつの知覚や概念に反応するニューロンが、脳の中に存在するという仮説です。
そのあと2005年に、アメリカの神経学者であるイツァーク・フリード博士らは、脳の海馬を含む内側側頭葉(MTL)に、特定ターゲットの写真や名前の文字列などを見ると、選択的に反応するニューロンがあると報告しました。その例が俳優のジェニファー・アニストンさんであったため、「ジェニファー・アニストン細胞」と呼ばれたそうです。
それから、さらにフリード博士らは研究を発展させ、2008年に、「トム・クルーズ細胞」というニューロンを発見します。
俳優のトム・クルーズさんが登場する場面をつなぎ合わせた動画を協力者に見てもらったのち、感想を求めて思い浮かんだ言葉を報告してもらったところ、動画を見ている時に発火した細胞は、「トム・クルーズがいました」と告げた時にも発火したそうです。
理化学研究所 脳神経科学研究センター(理研CBS)は、この研究成果についてこう述べています。
――おそらく複数個のニューロンが作る神経回路がネットワークレベルで、そうした情報をコード(符号化)していると考えられます。しかし今のところ、そうした神経回路の詳細は、まだまだ不明です。
(引用元:理化学研究所 脳神経科学研究センター(理研CBS)|つながる脳科学|脳と時空間のつながり vol.4)
とはいえ、この研究成果は、わたしたちが限られた数のニューロンで、生涯にわたり、あらゆる情報を記憶・判断できる理由と可能性を示したといえるでしょう。
研究2:鼻呼吸すると記憶力が高まる?
また、こんな研究もあります。アメリカ・ノースウェスタン大学のクリスティーナ・ゼラノ博士らのグループは、呼吸によって認知機能に違いがあると、2016年12月7日付で神経科学専門の学術雑誌『Journal of Neuroscience』に発表しました。
てんかん手術前の7人の患者さんに協力してもらい観察したところ、「鼻呼吸」のリズムと、脳の海馬と扁桃体の波長が、よく同期していると分かったそうです。「口呼吸」の場合は、この同期が見られなかったのだとか。
さらに、18歳から30歳までの健康な42人の参加者に協力してもらい、呼吸と「記憶」との関連を調べる実験を行ったところ、息を吐いている時よりも、息を吸っている時のほうが、正確に記憶でき、なおかつ正確に思い出せると分かったそうです。
スウェーデンのカロリンスカ研究所の研究チームも2018年10月22日に、『Journal of Neuroscience』で「口呼吸よりも鼻呼吸のほうが臭いをより正しく記憶できた」と報告しています。
カロリンスカ研究所の検証実験では、19歳から25歳までの男女24名が参加し、いくつかの臭いを嗅いで覚えたのち、「鼻呼吸グループ」と「口呼吸グループ」に分かれて休息し、またいくつかの臭いを嗅いで、休息前に嗅いだ臭いかどうかを当てるテストを実施したそう。
その結果、鼻呼吸で休息していたグループは、口呼吸グループに比べて、記憶の想起が優れていたそうです。
鼻呼吸しながら映画やドラマのように覚える?
先述した研究成果を踏まえると、何かを記憶する際は、「鼻で息を吸い込みながら覚え→鼻呼吸で休憩し→再記銘する」を繰り返すとよく記憶できて、よく思い出せると仮定できます。
また、「トム・クルーズ細胞」を念頭に置くならば、覚えたい対象を、映画やドラマのキャラクターとして覚えることで、複数個のニューロンがつくる神経回路が情報をデータ化すると仮定できるわけです。そこで、今回提案する「楽しくて心地いい記憶術」は次のとおり。
■「楽しくて心地いい記憶術」の具体的な方法
たとえば、以下のことを覚えたいとします。
「カナダのクレンビル研究所は、2018年10月12日に、コーヒーの焙煎過程で生成される苦味成分の『フェニルインダン』が、認知症につながるアミロイドβというタンパク質が脳にたまるのを防ぐと発表。深入りのコーヒーほど多く生成されるとのこと」
この場合、主要なキーワードである「フェニルインダン」をキャラクター化してしまいます。
――悪役タンパク質の「アミロイドβ」を倒す、最強ヒーローの「フェニルインダン」は、コーヒーの焙煎過程で生まれる苦味成分だ。カナダのクレンビル研究所が、2018年10月12日にこのヒーローを発見! 今日も「フェニルインダン」は、「アミロイドβ」が脳にたまるのを防いで平和を守る。深入りのコーヒーほどたくさん誕生するスーパーヒーローだ!――
これは、専門的な説明をする際に、テレビ番組や各メディアがよく行っている手法です。本来は、一般人が理解しやすくなるよう取り入れられていますが、それを「記憶術」として活用するわけです。
つまり、科学的な根拠をもとに、時に、退屈かつ肉体的にも厳しい勉強を、「楽しくて心地いいもの」にするということ。もちろん覚える際には、
1.鼻で息を吸い込むときに覚える 2.鼻で息を吐いて 3.鼻で息を吸い込むときに覚える 4.鼻呼吸で休憩
のステップを、覚える量に応じて調節し、繰り返しましょう。瞑想でも推奨されているように、鼻呼吸は心身にいい影響を与えてくれるはず。やってみても損はありません!
*** 興味深い神経科学の発見をもとに、鼻呼吸を活用し、映画やドラマを楽しむようにニューロン集団をつくって覚える、「楽しくて心地いい記憶術」を提案しました。気軽に試してくださいね。
(参考) 日本脳科学関連学会連合|記憶と「おばあさん細胞」 理化学研究所 脳神経科学研究センター(理研CBS)|つながる脳科学|脳と時空間のつながり vol.4 ニューズウィーク日本版 オフィシャルサイト|「鼻呼吸すると記憶力が高まる」という研究結果が発表された nounow (ノウナウ)|呼吸によって記憶力や表情を見分ける速さが変わる NCBI|PubMe|Invariant visual representation by single neurons in the human brain. Journal of Neuroscience|Respiration Modulates Olfactory Memory Consolidation in Humans Frontiers in Neuroscience|Phenylindanes in Brewed Coffee Inhibit Amyloid-Beta and Tau Aggregation Wikipedia|記憶術