「仕事ができる人になりたい!」という願いを叶えるのに必要なこととはなんでしょう。業務スキルを磨く、コミュニケーション能力を鍛える、リーダーシップを高めるなどさまざまな答えがありそうですが、ある学問からも仕事力を向上させることができるそうです。
その学問とは「行動経済学」。ただの「経済学」とはなにが違い、それを知ることでビジネスパーソンにとってどのようなかたちで役立つのでしょうか。オンラインビジネススクール「やさしいビジネススクール」学長である経営学者・中川功一さんが、行動経済学の基本を解説してくれました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
【プロフィール】
中川 功一(なかがわ・こういち)
1982年生まれ。経営学者。やさしいビジネススクール学長。東京大学経済学博士。専門は、経営戦略論、イノベーション・マネジメント、国際経営。「アカデミーの力を社会に」をライフワークに据え、日本のビジネス力の底上げと、学術知による社会課題の解決を目指す。「やさしいビジネススクール」を中心に、YouTube・研修・講演・コンサル・著作等で経営知識の普及に尽力中。近著に、『経営戦略 大事なところだけ事典』(日本実業出版社)、『一生使えるプレゼンの教科書』(東洋経済新報社)、『ザックリ経営学』(クロスメディア・パブリッシング)、『13歳からのMBA』(総合法令出版)、『今日から使える経営学』(大和書房)がある。
行動経済学=経済学+心理学
「行動経済学」とは、平たく言うと経済学と心理学を合わせた学問です。従来、経済学は人間の心をほぼ無視していました。「人という生き物は、常に自分の利益になるように動くものだ」という強い仮定をベースにしていたのです。
スターバックスで、飲み物のサイズを選ぶ場面を例に考えてみましょう。最もお得なのは、一番大きなサイズであるベンティです。一番小さくてベンティの半分以下のサイズのショートと比べると、同量あたりの価格は半分ほどになります。
「ベンティだと飲みきれないからショートで十分」という人だって、ベンティを買って半分に分け、自分が飲まない分をショートの価格より1円安く誰かに売ればいい。そうすれば、自分が欲しい量の飲み物をお得に手に入れられるうえ、半分を売った相手も安価に飲み物を買えてよろこんでくれます。「人が常に自分の利益になるように動く」という前提に立てばこれが合理的であり、従来の経済学的な考え方に即した行動だと言えます。
ところが、人の実際の購買行動はそうはなりません。「今日はグランデの気分」「今日はトールくらいかな」というふうに、経済学的な観点から見ると非合理的な行動をすることが多々あります。なぜなら、そこに人それぞれの心理が働いているからです。
そのため、人間のリアルな経済活動を見ていくためには、従来の経済学に心理学を加えた行動経済学が大いに効果を発揮するのです。
行動経済学が役立つのは、主に3種類のシーン
では、ビジネスパーソンは行動経済学をどのように活用できるでしょうか。それは主に3つあります。1つが、「マーケティングでの活用」。マーケティングは、基本的に人の心理を扱います。実際のところ、行動経済学の理論の大半がマーケティング分野の研究成果から明らかになったものです。
たとえば、同じ商品でも価格が2,000円ではなく1,980円だと数字以上に安く感じるといったことや、いわゆる「松竹梅の法則」も行動経済学の理論です。正月のおせちを買う場面で1万円と5万円の選択肢があれば、1万円のものがよく売れます。でも、1万円、5万円、50万円という3つの選択肢があると、「50万円はさすがに出せないけれど、1万円は安すぎるかな」という心理が働き、5万円の商品がよく売れるようになるのです。こういった知識は、マーケティングに携わるビジネスパーソンにとって力となってくれます。
2つめの活用法は、「組織マネジメントへの活用」です。たとえば、「人はラベリングをされると、そのラベリングのとおりに行動しがちだ」ということが行動経済学の研究でわかっています。
「〇〇さんは、こちらの意を本当にきちんと汲んでくれる人ですよね」と言うと、相手は「自分は他人の意をきちんと汲む人間だ」という自己認識のもとに行動するようになるわけです。そういったことは、人間関係のなかで自然にやっているかもしれませんが、知識として身につけたうえで活用できるに越したことはありません。
最後に挙げるのは、「自己のモチベーション管理への活用」です。モチベーションは水物だと行動経済学の研究によってわかっています。ちょっとしたことでスイッチが入ることもあれば、逆に突然やる気を失ってしまうこともあります。
そこで、自分はどのようなシーンでどのような行動をすれば、いわゆるゾーンに入れるのかというのを知っておけば、意図的にモチベーションを上げられます。そのようにしてモチベーションを管理できて仕事に向き合えれば、最終的には自分のキャリア構築にも役立ってくれるでしょう。
生産性向上に効果を発揮する「ゲーミフィケーション」
また、近年のビジネスシーンにおける大きな課題に対する打ち手としても行動経済学は効果的に働いてくれます。その課題とは、「生産性の向上」です。
その解決のために、「ゲーミフィケーション」という考え方をとり入れてみましょう。ゲーミフィケーションとは、仕事にゲームの要素をとり入れるもので、タスクをなるべくプレイ、つまり遊びにするのです。
そうするために最も参考になるのは、スマートフォンアプリのゲームです。そういったゲームは、ユーザーに毎日のようにプレイしてもらい、できれば課金してもらうためにさまざまな工夫が凝らされています。毎日ログインしたりなんらかの成果を達成したりすれば、報酬が得られます。
仕事においても、そうした報酬を与え続けるのがポイントです。具体的には、タスクを「ToDo(作業前)」「In Progress(作業中)」「Done(完了)」の3つに分けて管理します。これらは、Excelを使っても管理してもいいですし、手書きの付箋を使ってもいいでしょう。
そして、作業に手をつけたらそのタスクを「ToDo」から「In Progress」に、作業を終えたら「Done」に移動させます。人間の心理とはおもしろいもので、進捗状況を視覚的に示されると、「早く『Done』にしたい!」と、タスクを移動させること自体によろこびを感じるようになるのです。仕事を進めて終わらせることが報酬となりますから、結果的に効率を上げられる仕組みです。
行動経済学の理論は、このようにさまざまなビジネスシーンに応用できます。もちろん、なんらかのアプリを扱うといった、いわば直接的なスキルを磨くこともビジネスパーソンとしての武器になりますが、行動経済学といった学問からも仕事力を向上させることができるのです。
【中川功一さん ほかのインタビュー記事はこちら】
いい人間関係を築ける人が実践している3つのこと。信頼を得る秘訣は「101%の成果」の積み重ね
学習効果が上がりやすい3つの方法。勉強をやり抜くには「○○○○」が効果的だった
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。