「参考書は3周やってようやく一人前」 「素振りは体に染み込むまでやれ」
子どもの頃から、こんなことを口酸っぱく言われて育ってきたという人は多いのではないでしょうか。
確かに、何事も一度やっただけではなかなか覚えられません。「面倒だなぁ」と思いながらも、繰り返しやって覚えたという経験は、誰にでもあると思います。
しかし、自転車やバッティングのように、練習しないと体が覚えないようなものは仕方ないとしても、とりわけ勉強に関して言えば、できるなら少ない回数で覚えてしまいたいですよね。なんとか、効率よく覚えられる方法はないものでしょうか。
それを知るには、人間の脳の仕組みを理解する必要があります。そもそもどうして人間は「一度で覚えられない」のでしょう。生物はその環境で生きる上で最適な形態に進化するものですから、人間だって一度で覚えられるように進化していても不思議ではないはず。それなのに実際にその通りになっていないのは、そこまで進化するにはまだまだ年月が必要だということなのか……。
脳科学者の清野躬行氏は、そうではないと言います。人間は、あえて一度で記憶できないような脳になっているのだそうです。
本当にすべてのことが見えているか?
本題に進む前に、この映像を見てください。
以下の映像は、「白チームが何回パスをつなげたか」を数える問題です。よく注意して、数えてみてください。おそらくあなたは、間違った回数を答えてしまうはずです。
(引用元:YouTube|Test Your Awareness: Do The Test)
さあ、どうだったでしょうか。
正解は13回でした。「なんだ、あってるじゃん」と思いましたか?
実はこれ、映像の途中で、「クマの着ぐるみが通り過ぎたのに気が付いたか」というテストなのです。気が付かなかった人は、もう一度映像を見て下さい。なぜ気が付かなかったのかと思うくらい、堂々とクマが通過していますよね。
なぜクマが「見えなかった」のかというと、人間は知覚した情報すべてを認識しているのではなく、脳が必要だと感じた情報のみを認識しているから。これを、カクテルパーティー効果と言います。
私が、「あなたはおそらく間違える」と言ったのは、ブラフ(情報作戦)だったということです。あなたがボールの動きに集中してしまうように、一工夫させてもらいました。あなたの脳内で「ボールの動き」という情報の優先度が高くなった結果、視覚的には見えているはずのクマが「見えなく」なってしまったのです。
脳の容量は有限である
さて、どうしてこのような現象が起きてしまうのでしょう。いっそ見たもの全部、脳が認識したとしても、別段損はなさそうですよね。
清野氏によると、この現象が起きるのは、脳が記憶できる情報量は「有限」だからだとか。パソコンのメモリに容量があるように、脳もなんでも記憶できるわけではないのです。
無駄な情報に容量を使ってしまうと、本当に大切な情報を記憶できなくなる恐れがあります。ゆえに、優先度の低い、例えば先ほどのクマのような情報は、記憶されずに破棄される仕組みになっているのです。人間が一度で記憶できないのは、まさにこれが原因。
そして、この情報の優先度は、情報が脳内に出現する回数に比例しているといいます。
1年に1回しか会わない知人と、毎週顔を合わせている親友では、脳内に出現する回数が多いのは圧倒的に後者ですよね。ゆえに、親友の方が強く記憶されているはず。同様に、「kidney(腎臓)」と「tell(話す)」といった英単語においても、文章や会話で頻出する「tell」の方が、記憶に強く定着しているものなのです。
体験と紐づけて記憶すべし
上で説明したような脳の仕組みを考慮すれば、より強く記憶するためには、その情報の優先度を上げる必要があることが分かります。
脳内での出現回数を増やせば情報の優先度は上がるので、「繰り返しやって覚える」というのは脳科学的に正しい方法だったわけですね。
でも、記憶を強固にする方法はそれだけではありません。
繰り返し勉強するのではなく、一度の勉強で何回も脳に出現させてしまえばいいのです。
例えば、英単語を覚えるとき。その英単語をどう扱ったか、という「体験」で記憶は形成されます。「目で読んだ」という体験は1回分でカウントされますが、「目で読んで」「声にも出した」なら、それは2回分の出現としてカウントされるのです。
このように、英単語と様々な行為を紐づけてあげることで、記憶はより強固なものになっていきます。他にも、耳から聞いたり、自分で書いてみたりすると、さらに定着は速くなり、効率的に覚えることができるようになるでしょう。
また、友人と問題を出し合えば、「友人」という新しい情報と英単語が紐づけられて、脳内で重要な情報だと認識されやすくなりますよ。
*** うるさく言われてきた勉強法にも、実は脳科学的な根拠があったのですね。でも、仕組みを知ってしまえばこちらのもの。脳内での優先順位を挙げ、記憶効率が上がるよう、体験や新たな情報と紐づけるなど自分なりに工夫してみてくださいね。
(参考) 清野躬行 (2013), 繰り返し学習方式によるカクテルパーティ効果を伴う脳記憶系のニューロン科学的解釈: アナログ. ディジタル的動作特性を持つニューロン, ネットワークの Hebb 学習モデル, 電子情報通信学会技術研究報告, NC, ニューロコンピューティング, 113(148), pp. 1-6. HUFFPOST LYFESTYLE JAPAN|私たちの脳は面白い! 「カクテルパーティー効果」に見る上手な意識の使い方