「記憶を操る」というアプローチで自律神経を整える。心を穏やかにする、過去への向き合い方

小林弘幸先生×齋藤孝先生「穏やかでいるための過去への向き合い方」01

みなさんは自分の心をコントロールできているでしょうか? 「かんしゃくを起こすような子どもじゃあるまいし、当たり前じゃないか」と思った人もいるかもしれません。でも、よく振り返ってみると、ストレスフルな通勤電車のなかでも、仕事上の付き合いのなかでも、あるいは家庭でも、自分の「怒り」に翻弄されている人はいるはずです。

ただ、共著『心穏やかに。 人生100年時代を歩む知恵』(プレジデント社)を上梓した順天堂大学医学部教授の小林弘幸(こばやし・ひろゆき)先生明治大学教育学部教授の齋藤孝(さいとう・たかし)先生は、「怒りこそ人生の大敵であり、常に穏やかでいることが人生の質を高めてくれる」と語ります。そんなふたりが口をそろえて大事だと言うのが、「過去への向き合い方」です。

構成/岩川悟・清家茂樹 写真/川しまゆうこ・塚原孝顕

小林弘幸先生
人はいいことを思い出せる生き物

小林弘幸先生×齋藤孝先生「穏やかでいるための過去への向き合い方」02

私の主な研究分野は、人間の生命活動を支えている自律神経です。自律神経には交感神経と副交感神経のふたつがあり、前者はアクセルのような働き、後者はブレーキのような働きをします。交感神経が優位になれば、血管が収縮して血圧が上昇し、気分までアグレッシブになる。逆に副交感神経が優位になれば、血管が適度に縮んで血圧が低下し、体は穏やかなリラックス状態になります。これらふたつの自律神経が高いレベルで活動しながら、同時にバランスがとれている状態こそ、私たちの心身が健康な状態と言えます。

そんな健康を手に入れるために私がおすすめしたいことのひとつに、いい思い出を大切にするということがあります。あなたには、忘れられない思い出がありますか? そして、そのときに見た景色の美しさや、交わし合った言葉などを覚えていますか?

もし、そんな思い出が心に残っているなら、ぜひ折に触れて意識的に思い出すようにしてほしいのです。それだけで副交感神経の働きが高まり、緊張気味の自律神経のバランスを整えることができます

かく言う私も、留学時代に撮影したトリニティ大学前の庭の写真を研究室に飾ってときどき眺めています。たったそれだけのことで、あの若くて頑張っていた日々を思い出すことができ、元気とやる気が出てきます。当時はとても大変な毎日でしたが、いま思い返すと「あれだけ頑張れたのだから、これからも大丈夫だろう」とポジティブになれるのです。

意識的にいい思い出を思い出せる仕組みをつくる

思い出は人それぞれですが、若い頃に好きだった音楽を聴くのも効果的です。なぜなら、聴くだけでなにもしなくても自然と自律神経の調子がよかった若い頃に、一瞬のうちに戻ることができるからです。

思い出すためのちょっとしたコツは、記憶のトリガー(きっかけ)となるものを目に見えるところに用意しておくことです。コルクボードに写真を貼ってもいいし、いつも使う手帳の見返しを利用するのもひとつのテクニックです。

人というのは、いわば「思い出す」生き物でもありますが、ついネガティブなことを思い出してしまうことも多いので、意識的にいい思い出を引き出せる仕組みをつくっておくわけです。

思い出せるいい過去があるということは、年を重ねてきた者だけに与えられた特権のようなものだと私は考えています。

老いていく自分をただただ嘆くのではなく、「自分の心は年を経るたびにどんどん豊かになっているのだ」と感じて生きていくことこそが、結果的にあなたの自律神経を整え、豊かな生活と健康を手に入れることにつながるはずです。

齋藤孝先生
時間の流れを変えて「忘却」する

小林弘幸先生×齋藤孝先生「穏やかでいるための過去への向き合い方」03

心を穏やかにするために、とても有効な方法だと実感していることがあります。簡単に言うと、それまでとは異なる活動を2つ、3つ続けて行なうことで、時間の流れを変える方法です。

「講演」「瞑想」「音楽」というように、いくつかのブロックをつくって活動していると、ブロックが積み重なるごとに、最初にしたことがはるかむかしの出来事のように感じられるようになるのです。

たとえば、みなさんが仕事でとても忙しく、なんとかそれを終わらせたあとに家族で沖縄に旅行に行ったとしましょう。そんなとき、たった1泊2日であっても、帰ってくる頃には、会社でしていた仕事のことをものすごく遠い出来事のように感じることはありませんか?

そこで、私はこの感覚を利用して、なにか嫌なことがあった日は、映画を立て続けに3本ほど観ることをしています。映画というのは、ひとつの人生を描くようなものです。そんな映画を、大きい画面のテレビで続けざまに3本も観ると、なんだか昼間にあった嫌なことがものすごく遠くに感じるのです。

嫌なことがあったときは、積極的に「忘れる努力」をする

音楽を聴き続けるのもいいと思います。

モーツァルトの楽曲は天上の音楽だとも言われますが、「こんな音楽をよくつくれたものだな」と思いながらずっと聴いてみるのです。別に現代の作曲家でも、タンゴのアストル・ピアソラでも、フラメンコのパコ・デ・ルシアでも誰でもかまいません。

ポイントは、天才たちの作品に触れることにあります。分野を問わなければ、意外にも天才たちは世の中にたくさん存在します。そうした最上の作品に囲まれていると、いわば天上世界にいるようなもので、地上の世界がちょっと遠くに感じられるのです。そんな作業を立て続けに行うと、嫌なことがどんどん遠のいていくはずです。

つまり、嫌なことに対処するには「忘却」がいいということ。

もちろん、興奮したままだったり、頭がしっかり働いていたりすると、なかなか忘却はできません。最も避けるべきは、嫌なことを何度も思い出すことです。嫌なことを反復しているうちに、恨みの感情ばかりが強化されていくからです。

そこで、嫌なことがあったときは、それを「忘れる努力」を積極的に行ないましょう。まず、恨みや怒りが浮かんだ瞬間に、「あ、考えるのをやめよう!」と、ほかの行動に切り替えます。そうして、ほかの作業で隙間を埋めていると、徐々にネガティブな感情は薄れていきます。

もっと嫌なことがあったときは、すでにお伝えした方法が効果的です。種類の違う活動を立て続けに詰め込んで、以前の出来事を遠く感じるくらいまでに続けて、忘却してしまえばいいのです。

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人生の質を高めるために常に穏やかでいる――。言葉にするとそう簡単なことではなさそうですが、そのための具体的方法を小林先生と齋藤先生は示してくれました。小林先生が教えてくれたのは、「いい思い出を意識的に思い出す」こと。一方、齋藤先生は、「嫌なことを積極的に忘れる」ことを教えてくれました。「忘れる」と「思い出す」という対極にある方法ですが、心穏やかに生きるためのひとつの鍵は、「記憶」の扱い方にあるようです。

小林弘幸先生×齋藤孝先生「穏やかでいるための過去への向き合い方」04

※今コラムは、小林弘幸・齋藤孝 著『心穏やかに。 人生100年時代を歩む知恵』(プレジデント社)をアレンジしたものです。

【小林弘幸先生×齋藤孝先生 ほかの記事はこちら】
穏やかな心は「上機嫌」から。怒りやイライラを募らせても、いいことはなにもない

【プロフィール】
小林弘幸(こばやし・ひろゆき)
順天堂大学医学部教授。日本体育協会公認スポーツドクター。1960年、埼玉県に生まれる。順天堂大学医学部卒業後、1992年に同大学大学院医学研究科修了。ロンドン大学付属英国王立小児病院外科、トリニティ大学付属医学研究センター、アイルランド国立小児病院外科での勤務を経て、順天堂大学小児外科講師・助教授を歴任。国内における自律神経研究の第一人者として、アーティスト、プロスポーツ選手、文化人へのコンディショニングやパフォーマンス向上指導を行う。著書には、『医者が考案した「長生きみそ汁」』(アスコム)、『不摂生でも病気にならない人の習慣 なぜ自律神経の名医は超こってりラーメンを食べ続けても健康なのか?』(小学館)、『最後の日まで笑って歩ける ため息スクワット』(集英社)などがある。

【プロフィール】
齋藤孝(さいとう・たかし)
明治大学文学部教授。1960年、静岡県に生まれる。東京大学法学部卒業後、同大学大学院教育学研究科博士課程を経て、現職に至る。『身体感覚を取り戻す』(NHK 出版)で新潮学芸賞受賞。『声に出して読みたい日本語』(毎日出版文化賞特別賞、2002年新語・流行語大賞トップテン、草思社)がシリーズ累計260万部のベストセラーになり日本語ブームをつくった。著書には、『読書力』『コミュニケーション力』『新しい学力』(すべて岩波書店)、『雑談力が上がる話し方』『話すチカラ』(ともにダイヤモンド社)、『大人の語彙力ノート』(SB クリエィティブ)などがある。TBS テレビ「新・情報7days ニュースキャスター」など、テレビ出演も多数。NHK E テレ「にほんごであそぼ」の総合指導も行っている。著書累計出版部数は1000 万部を超える。

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