勉強に専念できる学生とは異なり、社会人の場合は限られた時間を有効に使って勉強することが求められます。参考書などを読むにも、速く読めるに越したことはありません。
しかし、脳電気生理学者の下村健寿先生は、「世のなかの速読術のほとんどに効果がない」と言います。その一方で、脳科学研究でただひとつだけ有効だと確認された速読術もあるとも語ります。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
【プロフィール】
下村健寿(しもむら・けんじゅ)
1972年3月21日生まれ、群馬県出身。元英国オックスフォード大学生理学・解剖学・遺伝学講座/遺伝子機能センターシニア研究員。福島県立医科大学医学部病態制御薬理医学講座主任教授。医学博士・医師。1997年、福島県立医科大学医学部を卒業し、群馬大学医学部第一内科入局。臨床医として勤務。2004年、群馬大学医学部大学院(内科学)卒業:医学博士。同年、日本を離れ英国オックスフォード大学生理学・解剖学・遺伝学講座に研究員として就職。インスリン・糖尿病学の世界的権威であるフランセス・アッシュクロフト教授に師事。同大学にて、2004年に発見された新生児糖尿病の治療法の発見に貢献する。特に2007年に米国神経学会雑誌『Neurology』において新生児糖尿病の最重症型であるDEND症候群の世界初の治療有効例を、その治療法・病態メカニズムとともに報告し、Editorial論文に選ばれ高い評価を受けた。帰国後に自治医科大学を経て、2014年から母校の福島県立医科大学の特任教授に着任。2017年に同大学病態制御薬理医学講座主任教授に着任。研究と教育に従事。また、大学病院だけでなく被災地域も含めた福島県内の複数の病院において糖尿病・肥満外来に従事し、月200人以上の患者を担当する臨床医でもある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
ほとんどの速読術は、脳の特性を無視している
速読術を勉強して本を速く読めるようになったけれど、内容が印象に残らない――。そういった悩みをもっている人はいませんか? おそらく、そのような人が身につけた速読術は、脳の特性に適していないものなのだと思います。
私自身も、目を8の字に動かす、斜め読みなど、これまでにいろいろな速読術を試してきました。読み終えたあとで、ちゃんと内容を理解しているかメモをするといった方法もありました。
その方法を実践したその瞬間は、たしかに内容をメモすることができました。しかし、1か月くらいしてそのメモを見たところで、なんのことだかさっぱりわからなかったのです。つまり、せっかくインプットした情報が、記憶としてまったく定着していないことを意味しています。
そういったことが起きる理由は、大きくふたつあると考えらえます。ひとつは、内容を本質的に理解していないということ。理解できてもいないことを覚えられるはずもありません。
もうひとつの理由は、こういった速読術は速く読むことばかりを追求しており、そのスピードに脳の処理速度が追いついていないのです。それもかたちとしては「読めた」と言えるのかもしれませんが、字面だけを追ってインプットされた情報は、やはり長期的に残る記憶にはなりません。
ポイントは、文章の構造に着目すること
いずれにせよ、記憶に定着させて使える情報にするためには、「理解」が絶対に不可欠なのです。では、きちんと理解しながら速く読む方法などあるのでしょうか? じつは、脳科学研究でただひとつ有効だとされている方法があります。それは、「スキミング」と呼ばれる速読術です。
このスキミングのポイントは、文章の構造に着目することにあります。ビジネス書などノンフィクション作品の多くは、以下のようなかたちで基本的に「章」と「節」に分かれています。
第1章
第1節 〇〇について
第2節 △△について
〜
第×節 まとめ
そして、それぞれの節は、「導入」→「解説」→「結論」という流れになっているのがほとんどです。導入で問題提起し、結論に至るための理屈を解説し、最終的に結論を述べます。この構造があるために、下の図のような読み方をすれば効率的に中身を理解できます。
まず導入に目を通し、「著者がこの節で訴えたい問題提起」を把握します。続いて、解説は飛ばして結論、すなわち導入での問題提起に対する「答え」を読んでしまうのです。こうして著者がこの節で言いたいことを理解すれば、解説を読むときにもなにを言おうとしているのかが予測できます。そうして、解説部分をスムーズに速く理解できますし、飛ばし読みだってできるのです。
ただし、この方法はビジネス書などノンフィクション作品には向いていますが、小説などフィクション作品には不向きだという点には注意が必要です。フィクション作品は、先に紹介した構造の文章になっていることはまずあり得ません。読者を驚かせたり楽しませたりする、ストーリー性を重視しているからです。最初に問題提起をして、結論に向かって論理展開していくような小説なんて楽しくないですよね(笑)。とはいえ、仕事や勉強などで情報を得るための読書にはとても有効な方法ですから、ぜひ実践してほしいと思います。
ノートの活用で、理解と記憶をさらに強化する
また、本当に強い記憶として脳に定着させようと思うのなら、あわせてノートの活用もおすすめです。なぜなら、手書きすることが記憶を強化してくれるからです。できれば、内容から連想したイラストなども書き込んでいくとなお効果的でしょう。
人間がキーボードなどで文字入力をするようになったのは、ここ数十年のことです。人間は、はるかむかしから手書きによって記録してきました。そのため、脳の仕組みとしては、キーボード入力よりも手書きによって記憶が定着しやすくなるようにできていると考えるのが自然でしょう。
また、文字の発明よりもずっと以前から、古代の人類は絵というイメージによる記録もしてきました。ですから、文字そのものよりも、イラストなどイメージのかたちにしたほうが、脳は理解したり記憶したりしやすくなっているのです。
ここで、ノートの書き方について具体例を示しましょう。これは、私が使っているノートです。
これは、イタリアの作家であるウンベルト・エーコの『薔薇の名前』という小説を読んだときのノートです。高校生の頃から何度も読み直しているのですが、非常に難解で、「今度こそ理解するぞ!」と思いながら読んだときのものです。
この作品は小説ですから、先にもお伝えしたように、本来的にはスキミングに向くものではありません。ですが、基本的なノートの書き方は変わりませんので、参考にしてみてはいかがでしょうか。
子どもに説明するイメージで、本の内容を書き出す
左ページには、本を読みながら気になったことや疑問に思ったこと、自分なりに理解したことなどを書き込んでいきます。これが、短期的な記憶の形成を助けてくれます。
ですが、ここでつくられるのは短期的な記憶ですから、それほど長く残るものではありません。そこで、1か月後くらいをめどにもう一度インプットするのです。そうすると、長期的に定着する記憶が形成されます。
ただし、最初から同じ本をもう一度読むわけではありません。このときにやるのは、左ページを見ながら、この本の内容を誰かに説明するように右ページに書き出すということ。小学5年生くらいの子どもを相手に説明するようなイメージでやるのがいいでしょう。
誰かに説明するなど、アウトプットすることで記憶は強化されます。また、子どもが相手だと想定すると、よりかみ砕いてわかりやすく説明しなければなりません。つまり、自分が本当に内容を理解できているかどうかのテストにもなるのです。
私の場合、職業柄、論文の執筆時は英語を使う必要があるため、英語に慣れることも狙って英語を使っていますが、もちろんみなさんは日本語でかまいません。
そうして、きちんと理解できていないところ、説明できないところが出てきたら、もう一度本を読むのです。そうすれば、「そうそう、こういうことだった!」と理解が深まり、消えかかっていた記憶も長期記憶として定着してくれます。
とはいうものの、スキミングは本来的には速読術ですから、あまり丁寧にノートを書く必要はありません。私の場合はみなさんに公開してしまいましたが(笑)、本来は誰に見せることもないノートです。なぐり書きでもかまいませんから、とにかく手書きを心がけてください。理解の深度、記憶の定着率が格段に高まります。
【下村健寿先生 ほかのインタビュー記事はこちら】
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