「コミュニケーションがうまい人」というと、快活で口数が多い人をイメージするかもしれません。でも、いくらたくさんの言葉を使っても、伝えたいことが相手に伝わっていなければコミュニケーションがうまいとは言えません。
「伝えるプロ」である電通のコピーライター・勝浦雅彦さんは、よりよいコミュニケーションのためには、むしろ「言葉は絞り込まなければならない」と言います。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
【プロフィール】
勝浦雅彦(かつうら・まさひこ)
千葉県出身。コピーライター。法政大学特別講師。宣伝会議講師。読売広告社に入社後、営業局を経てクリエーティブ局に配属。その後、電通九州、電通東日本を経て、現在、株式会社電通のコピーライター・クリエーティブディレクターとして活躍中。また、15年以上にわたり、大学や教育講座の講師を務め、広告の枠からはみ出したコミュニケーション技術の講義を数多く行なってきた。クリエイター・オブ・ザ・イヤーメダリスト、ADFEST FILM最高賞、Cannes Lionsなど国内外の受賞歴多数。著書に『つながるための言葉』(光文社)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
「伝えたから、伝わっているだろう」は大間違い
コミュニケーションをよりよくするために意識しなければならないのは、足し算ではなく「引き算」で考えるということです。
新人だった頃の私自身もそうでしたが、「あれもこれも伝えたい」と、どうしても欲張って足し算で考えがちなのです。しかも、一度伝えたら「人は自分のことをわかってくれている」と考えがちです。しかし、自分で思っているほど、相手はこちらが伝えたことを理解も記憶もしてくれていないというのが現実です。
私の場合、新卒で入社した会社ではクリエイティブの業務に携わりたいと思いながらも、当初は営業職に就いていました。そこで、上司などいわゆる偉い人たちには、「将来的にクリエイティブ職に就き、こんなことやあんなことをしてみたい」と伝えていました。そして、「あれだけ伝えたのだから、伝わっているだろう」と思い込んでいました。
でも、ある日、わかってもらえていると信じていた上司に言われたのは、「え? そんなこと聞いたっけ?」という衝撃的な言葉でした。もちろん落ち込みましたが、考えてみれば偉い人たちは、毎日たくさんの部下からいろいろなことを報告されたり相談されたりしています。そういう人たちに対して、「あんなこともこんなこともしてみたい」と雑多な希望を伝えたところで、まったく覚えてくれていないということがわかったのです。
必要なのは、本当に伝えたいこと以外を捨てる勇気
そこで必要となってくるのは、「本当に伝えたいことはなにか」と絞り込み、それ以外のことは捨てる勇気です。当時の私なら、とにかく「クリエイティブに異動したいたったひとつの理由」をシンプルに伝えるだけでよかったのです。
ただし、相手も必ずこちらの覚悟を見てきます。なぜなら、部署異動というものは部署間の取引で決まることが多いからです。誰かを受け入れるならば、誰かを出さないといけないこともあります。シビアに判断されます。「たまたま言っていただけだろう」と思われないために、繰り返し繰り返し、熱意と根気をもってひとつのことを伝え続ける必要があります。そのほかの「あれもやりたい、これもやりたい」は、相手が自分の本気度を理解して「一番やりたいことはわかった。ほかにどんなことをやりたいんだ?」と聞いてくれるようになってからでも遅くありません。
このように会社組織のなかでは、伝えたいことを引き算し、徹底的に削ぎ落としたところで伝わらないこともたくさんあります。心から相手に伝えたいのであれば、引き算で考えて伝える内容を絞り込むことはもちろんですが、そのうえで何度も伝える必要があるわけです。
「『うるさいな』と言われたらどうしよう?」「しつこく言って上司の機嫌を損ねたらどうしよう?」――。そんなふうに考える方もいるかもしれません。でも、あなたが日々の努力を怠らず、嘘偽りない気持ちでそれを主張するかぎり、きっと味方になってくれる人が社内に現れるはずです。どんな上司だって、仕事に希望をもっている部下は応援したくなるものですから。
伝えることを絞り込めば、心の余裕が生まれて伝わりやすくなる
そもそも、「あれもこれも伝えたい」と足し算で考えると、どうしても話やメールが長くなってしまいます。話を聞かされる、メールを読まされる側の立場で考えればわかると思いますが、話やメールが長い人が好かれることはありません。その時点で、コミュニケーションが良化する可能性も低下します。
私はコピーライター業務のかたわら、大学や教育講座などで講義を行なっています。その準備段階で、「このことを伝えるには、こういった論理展開をしてこんなことから説明しなければ……」などと考えていると、スライドの数がどんどん増えていってしまいます。
ところが……講義後のアンケートを読むと、伝えたかったことが受講者にほとんど響いていなかったということも珍しくありません。逆に、箸休めとして組み込んだ自分の失敗談のような、いわばどうでもいい話が印象に残ったといったアンケート結果が出ることもあります。自分が思っているようにはなかなか相手には伝わらないというのが現実です。
ですから、私のようなコピーライターがキャッチコピーをつくるときにもそうですが、いったんつくったものから本当に重要なものを残して、あとはバッサリ削る勇気が必要なのです。
事前に準備して伝えることを絞り込んでおけば、「これだけ伝えればいい」「これだけ理解すればいい」と、自分にも相手にも心の余白が生まれますから、より伝わりやすくなるのだと思います。
コミュニケーションは「相手ありき」で考える
また、自分を含めた場の状況や雰囲気を客観視することも大切です。こんな想像をしてみてください。あなたは部屋の斜め上から、誰かになにかを伝えている自分自身を見下ろしています。そこで「あれもこれも伝えたい」と長々と話している自分や、その話を聞かされてうんざりしている相手の表情が見えたらどうですか? 「伝えるべきことを絞り込もう」と素直に思えるのではないでしょうか。
このことは、業務におけるメールにも当てはまります。たとえば、会議で相談したい内容を書いた長文メールを上司に事前に送ったのにまるで読んでもらえず、会議の場で一から説明することになるといったケースです。
このケースでいうと、長文メールを送った時点で、上司が忙しいということを想像できていません。つまり、状況を客観視できていないことが原因です。上司は、部下が考えている以上に忙しいものですから、きちんとリアクションしてもらいたいのであれば、伝えるべきことを絞り込んで短文で伝える必要があります。
そのうえで「お忙しいと思いますから、次回の会議で相談したい論点をまとめましたので確認しておいていただけますか」といった内容を冒頭に添えておくのです。そうすれば相手の心理的負担は格段に減ります。
この例などはまさに典型ですが、コミュニケーションは「相手ありき」で考えることに尽きます。自分がどれだけきちんと伝えたつもりでも、相手に伝わっていなければコミュニケーションは成立しません。どのようなタイミングで、どのような伝え方をすれば相手は理解しやすいのか――。相手の身になって考えることができれば、長々と話をしたり長文メールを送ったりすることを避けようと自然に思えるはずです。
【勝浦雅彦さん ほかのインタビュー記事はこちら】
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