ヘヴィメタルは「不安解消」に効く! 手術中の外科医も好んで聴く “残酷な音楽” の力

中野信子「ヘヴィメタルは不安解消に効く」インタビュー01

せっかく勉強していても、ここぞというときに実力を発揮できなければその努力も実りません。とくに、ネガティブな思考や過度の不安感があると集中力が下がり、認知力まで落ちてしまうことも……。でも、そんなときに「へヴィメタル」(以下、メタル)を聴くことで、心身に良い影響を及ぼすことができると脳科学者の中野信子さんはいいます

そこで今回は、長年にわたるメタルファンで、メタルが脳に及ぼすポジティブな影響を考察した『メタル脳 天才は残酷な音楽を好む』(KADOKAWA)を2019年1月に上梓した同氏に、メタルが持つさまざまな魅力と機能について聞きました。勉強や仕事でパフォーマンスを上げたいと思っている人は必読です。

構成/岩川悟(slipstream) 取材・文/辻本圭介 写真/櫻井健司

不安は直視したほうがいい。パフォーマンスを上げるためにメタルが役立つ理由

ふだん勉強や仕事をするなかで、不安をまったく感じない人は少ないと思います。ただ、不安傾向が高すぎて「社会や組織から疎外されている気がする」と感じたり、「大事なときに一歩が踏み出せない」など実行面で影響が出たりする人には、その心理的ブレーキをやわらげてくれるなにかが必要になります。

不安とパフォーマンスの関係については、2011年にシカゴ大学の心理学者シアン・ベイロック氏らが実験を行い、「試験についての不安を試験直前に書き出すことで、成績が向上する」とする実験結果を発表しました(※1)。

簡単に内容をまとめると、学生をふたつのグループに分けて2回の試験を受けさせ、1回目と2回目の成績を比べました。このとき、まず2回目の試験前に重要な試験であることを伝えてプレッシャーを与えました。そのうえで、片方のグループには10分時間をとって「試験について不安なこと」を書き出させ、もう一方のグループはただ静かに座らせたのです。すると、不安を書き出したグループのほうが、1回目のテストより正答率が5%向上し、もう一方のグループは正答率が12%も下がったという結果が得られました

つまり、この実験で見えてきたのは、不安をうまく扱うためには、むしろ「不安を直視したほうが良い」ということでした。そこでわたしは、そんな不安を直視させるためにメタルという音楽が役に立つのではないかと考えています。なぜなら、メタルの歌詞や破壊的な音を聴くことで、「自分と同じようなストレスや疎外感を持って生きている人がいるのだ」というメッセージを音楽から得て、一時的にでもストレスを軽減する効果があるのではないかと推察しているからです。

思い起こせば、わたしが学生のころ、音楽は「渋谷系」の全盛期でした。でも、そんな音楽をきれいごとに感じる人にとっては、いくらピースフルな音楽でも逆効果です。若者の恋や日常感覚を軽やかに歌われても、「ウソつけ!」となってしまう(笑)。むしろ、不安傾向が高い人には、「現実に向き合え!」「騙されるな!」と歌ってもらったほうが、「うんうん、そうだよな」と納得できるものです。

「世界は残酷で噓だらけの場所なのだ」とあらかじめ認識しておくことで、心の安定に寄与することがあるというのがわたしの考えであり、また偽らざる実感でもあるのです。

中野信子「ヘヴィメタルは不安解消に効く」インタビュー02

外科医の約半数は、手術中にメタルなどの激しい音楽を聴いている!

メタルの一般的なイメージをくつがえす、さらに面白い調査もあります。それは、医師が手術中に流す音楽は「ハードな音楽がもっとも多い」という調査結果です。

ここではメタルは広義のロックに含まれますが、音楽のストリーミング配信サービス『Spotify』と医師向けInstagram『Figure 1』がアメリカの医師をリサーチしたところ、90%の外科医が手術中に音楽を流していると答え、もっとも人気なジャンルはロックでした(49%)。なかでもメタリカ、レッド・ツェッペリンなどの人気が高く、ある医師は「ロックを流すと快適になり、患者に集中できる」とコメントしたほどです(※2)。

わたしたちは、手術室は無音、もしくは音楽をかけていたとしてもクラシックやヒーリングミュージックが流れている程度だと想像しがち。しかし実情は、激しい音楽を聴きながら手術に臨んでいる医師がもっとも多かったのです。

また、49%という数字は単なる偶然の一致とはいえない数字です。ものごとには必ず理由があります。医師は若いころからずっと成績優秀者であるはずで、若いころに激しい音楽を聴いて不安が解消された情動の記憶を持っている人が多いのでは? という推測もできます。

医師のように「人の身体に分け入る」ことは、一般の人が経験しないことです。それを「ふつうの状態」だと思えるようにするために、激しい音楽がひとつの認知の装置として働いているのかなと推察しています。

ふつうは頭蓋を開けて、脳が動いているのを目にすると気分が悪くなるものですが、医師や研究者はそれを当然のものとして扱う能力が求められます。もちろん、「ぶち壊せ!」と叫ぶこともある音楽を手術中に聴いているとなると、歌詞ではなくリズムに乗って集中していると思いたいですけどね(笑)。

中野信子「ヘヴィメタルは不安解消に効く」インタビュー03

メタルを聴くと、「認知機能」が向上する可能性がある

絶対音感を持つクラシック演奏者は、脳の「視覚言語を音に直す」部分、つまり読んだ楽譜を音に直す作業をする部分が、ふつうの人よりもよく働いているとされます。

そして、もしかするとメタルも、脳の同じ部分が働きやすい音楽のひとつかもしれません。なぜなら、音楽の重要な部分を担うのはベースの音ですが、ベースは地味ながら、じつは音を認知するうえで人間がもっとも耳をそばだてて聴いている部分だからです。

こうした「低音」はクラシックではコントラバスなどの楽器が担当しますが、メタルに特徴的なのも低い音やリズム、重低音の豊かさです。実際に、米国科学アカデミー紀要に掲載された研究によると、低音の楽器がリズムを刻むと時間認識がより優れるようになることがわかっています。人間の耳は低音域を脳に届きやすくさせる構造になっているため、脳も低音で流れるリズムに気づいて処理しやすいというのです。

また、ノースウェスタン大学の研究によれば、ベースの音を聴いた人には心理面での変化があり、力と自信が湧いてくるような効果がもたらされることもあきらかになっています。

さらに、幸せホルモンと呼ばれる「オキシトシン」が、認知機能を上げるとする実験もあります。「オキシトシン」は、人間と人間の相互作用を考えるうえで欠かせない物質。出産を早めたり、射乳(乳房から乳汁が出ること)を促したりする働きがあり、ほかにも神経伝達物質として重要な役割を果たし、ストレスを軽減させたり、人と人を結びつけたりするなど安らぎと愛着を感じるときに働く物質です。

そして、この「オキシトシン」の分泌が高まった出産後授乳中の雌ラットのほうが、そうではない雌ラットよりも、迷路を解くのが早いことが実験でわかっています。つまり、「オキシトシン」は認知力を高めるわけですね。

次節で述べますが、なぜ突然「オキシトシン」に触れたのかというと、わたしはメタルという音楽が、まさに「オキシトシン」の代替物として使えるのではないかと考えているからです。

中野信子「ヘヴィメタルは不安解消に効く」インタビュー04

メタルは幸せホルモン「オキシトシン」の代わりに、「不安感」をやわらげる

先に書いたように、「オキシトシン」は孤独感を解消し、社会性を高める効果があります。ただ、「オキシトシン」の多寡は、幼年期の過ごし方にも左右されます。

幼年期に適切な愛着や情緒的な絆を養育者と結ぶことができた人は、将来も安定的な愛着を誰とでも形成できますが、そうでない人は意外に多く全体の約4割程度も存在します。たとえば、親が離婚して父がいなかったり、何度も母が代わったりするといった「機能不全家族」かどうかでも変わります。じつは、わたしの家もそうでしたが、養育者が不在がちなことでオキシトシン受容体の密度が影響されてしまうわけです。

そのような、集団から排除された経験や排除された感覚を持つ人は、ある種の孤独感を抱いてその後の人生を生きていきます。また、オキシトシン受容体の密度が薄い人は、孤独をものともしない性格になり、人と情緒的な絆を積極的に結びづらくなります。逆に、孤独感を感じすぎて、せっかく情緒的な絆を結ぶべき相手と出会っても、裏切られるのが怖くてなかなか信用できない人も。これでは、恋人や友人をつくるのはもとより、仕事での人間関係もうまく乗り切ることは難しいでしょう。

ただし、後天的な要素だということは、時間はかかるものの安定した人格に戻る可能性が残されているということ。そんなときに、わたしは「オキシトシン」の代替物として、メタルという音楽が使える場合があると考えています

なぜなら、メタルは激しい怒りや孤独、絶望感などを表現する楽曲が多く、シンプルかつストレートに孤独感に作用する音楽だから。同じメタルを聴く仲間なら裏切らない者同士としてきっと大きな力になるし、ひとりで解決しづらい不安感や孤独感、ネガティブな感情を安定した方向へ持っていく橋渡しとして、メタルを使うのはいいアプローチになるのではないでしょうか。

深い不安感や孤独を感じて生きていると、勉強や仕事はもとより、生活自体も良い方向には進みません。そんな状況をもしメタルという音楽で少しでも解消できるなら、こんなに良いことはないのではないでしょうか。メタルを享受することで人格と社会とのギャップが埋められるなら、自分のパフォーマンス向上だけでなく、まわりの人々にとっても有益なものとなるはず。

メタルを「なんとなく悪そうな音楽だから……」と根拠もなく排除するのではなく、不安感や生きづらさを感じている人のギャップを解消する装置として使われるなら、わたしはとても素晴らしいことだと思うのです

中野信子「ヘヴィメタルは不安解消に効く」インタビュー05

※1:Writing about worries eases anxiety and improves test performance, Jan 13,2011, uchicago news
https://news.uchicago.edu/story/writing-about-worries-eases-anxiety-and-improves-test-performance

※2:Spotify and Figure 1 team up to hear what surgeons are playing in the OR, Figure1
https://figure1.com/blog/surgical-soundtracks/

【中野信子さん ほかのインタビュー記事はこちら】
頭が良くなる音楽はモーツァルトではなく「ヘヴィメタル」だった!? 脳科学からいえるこれだけの理由

【プロフィール】
中野信子(なかの・のぶこ)
脳科学者、医学博士、認知科学者。東日本国際大学特任教授。1975年生まれ。東京大学工学部応用化学科卒業、同大学院医学系研究科脳神経医学専攻博士課程修了。2008年から2010年まで、フランス国立研究所ニューロスピン(高磁場MRI研究センター)に勤務。脳科学、認知科学の最先端の研究業績を一般向けにわかりやすく紹介することで定評がある。コメンテーターとしてテレビ番組に出演する傍ら、ベストセラーも多数。近著に『サイコパス』(文春新書)、『あの人の心を見抜く脳科学の言葉』(セブン&アイ出版)、『ヒトは「い
じめ」をやめられない』(小学館新書)、『不倫』(文藝春秋)などがある。

 

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