「いい人だと思われたい」――。これはビジネスの場に限らず、あらゆる場面で多くの人が抱く思いです。
ところが、一般社団法人感情マネージメント協会代表理事の片田智也さんによれば、「いい人であろう」という姿勢によって自らの心を疲弊させてしまうこともあるのだそう。そのメカニズムと、心を疲れさせないための人との接し方について教えてもらいました。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/玉井美世子
【プロフィール】
片田智也(かただ・ともや)
1978年生まれ、和歌山県出身。一般社団法人感情マネージメント協会代表理事。公認心理師。産業カウンセラー。大学卒業後、20代で独立するがストレスから若年性緑内障を発症、視覚障害者となる。同年、うつ病と診断された姉が自死。姉の死の真相を知るため、精神医療の実態や心理療法を追求、カウンセラーに転身する。教育や行政、官公庁を中心にメンタルケア事業に多数参画。カウンセリング実績は延べ1万名を超える。カウンセリングから企業コンサルティング、経営者やアスリートのメンタルトレーニングまで、心の問題解決に広く取り組む。著書に、『「メンタルが弱い」が一瞬で変わる本』(PHP研究所)、『感情に振り回されないための34の「やめる」』(ぱる出版)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。
感情をコントロールすることはできない
カウンセラーとしてのこれまで経験上、「心が疲れにくい人」の多くに、必要以上に「いい人」であろうとしていないという特徴が見られます。
その解説の前に知ってほしいのは、自分の感情の扱いについてです。仕事をうまく進めたり人間関係をよくしたりするには、「感情をコントロールすべきだ」といったことがよく言われます。しかし、私としては、逆に「感情コントロールをやめる」ことが大切だと考えています。
この場合のコントロールとは、「自分次第で決められる」という意味です。しかし、世のなかのほとんどは自分で決められない、コントロールできないものばかりです。一例を挙げれば、他人の考えや判断、評価などは自分でコントロールできませんよね。
そして、人間という生き物は、自分でコントロールできないものに欲求を向けていると、その欲求の強さに比例して強い感情が湧いてくるようにできています。「上司に評価されたい」という欲求が強ければ、それにともなって「評価されなかったらどうしよう……」といった不安などの感情も強まるという具合です。
では、感情はコントロールできるものでしょうか? はっきり言うと、それは不可能です。フランスの哲学者であるパスカルは、「感情は、理性の知らないそれ自身の理屈をもっている」という言葉を遺しています。簡単に言えば、「感情は自分のものだが、だからといって自由にコントロールできるものではない」といった意味でしょう。
そんな感情をコントロールしようとすればどうなるでしょう? 思ったとおりに自分の感情が動いてくれないことに対して不安や緊張、イライラが生じ、心を疲れさせてしまうのです。私の経験上、メンタルの問題を抱えている人のほとんどが、この「感情コントロールの罠」にハマった人です。
考えや行動を通じて間接的に感情を変える
ですから、感情そのものをコントロールしようとするのは得策ではありません。しかし、感情を直接的に変えることはできなくとも、考えや行動を通じて間接的に変えることはできます。
フリーランスで働いている人が、仕事が減ったことに対して強い不安を感じたとします。その不安を消そうとするのが、いわゆる感情コントロールにあたります。もちろん、いくらそうしようとしても感情は思い通りに動いてくれるものではありません。
そうではなく、その不安が自然なものだと認め、その不安を消すための具体的な行動に転換するのが大切なのです。つまり、やるべきことは感情コントロールではなく、「感情マネジメント」です。
部下のマネジメントをイメージするとわかりやすいかもしれません。部下は自分の指揮下にありますが、自分のものではないため、ゲームのコントローラーで操作するように思い通りに動かすことはできません。自分の考えを根気よく伝えたり行動で示したりするなどして、間接的に部下に影響を与えていくしかないのです。
「人のための親切」はやめ、自分の感情に素直に従う
では、冒頭で述べた、「心が疲れにくい人」は必要以上に「いい人」であろうとしていないことについて解説しましょう。これも、感情をコントロールしようとしていないというのとつながっています。
人間関係を重視する人のなかには、いろいろと周囲に気を使っていい人であろう、親切にしようとする人も多いものです。しかし、心を疲れさせないためには、「人のための親切はやめる」ことを考えてください。
もちろん、親切そのものは言うまでもなく大切です。集団生活を営む人間という生き物にとって、困っている人がいたら助けるのは当たり前だからです。ただし、そうしていいのは、本心から「親切にしたい」と思っている、「親切にしなければ自分が不快になる」と考えている場合に限ります。
「本当は親切にしたいと思ってもいないのに、こういうときは親切にしなければならない」と考えて親切にしようとする場合、自分の感情をコントールしようとすることになり、やはり心を疲れさせてしまうからです。
特に、見返りを求めたり、感謝の言葉を期待したりするのは危険です。もし見返りがなかったり「ありがとう」と言ってくれなかったりすれば、「どうしてあの人は……」と考えて精神的に疲れてしまいます。
無理に誰かのための親切をする必要はありません。自分の心を疲れさせないことを優先するのであれば、あくまでも「親切にしたいからそうする」と、自分の感情に素直に従うことを考えてほしいと思います。
【片田智也さん ほかのインタビュー記事はこちら】
心が疲れない人がしているのは「○○思考」。心がすぐ疲れる人との考え方の違いとは
仕事の人間関係で心を疲れさせないために、いますぐ「やめる」といい3つのこと