競争が激しい現代社会においては、「自分は同僚と比べてたいした取り柄がない……」と、自信をもてていない人もいるものです。
しかし、そんな人であっても「抜擢されることも可能」だと語るのは、社内起業のサポートに特化したコンサルタントとして活躍する石川明(いしかわ・あきら)さん。抜擢される人になるには、「普通の感覚」をもち続けることが重要になると言います。その重要性はどんなところにあるのでしょうか。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹
なにかひとつでも「際立った特徴」をもつ
自分では「たいした力がない」と思っている人でも、組織のなかで抜擢されるようなケースは決して珍しくありません。
そんな人になるには、前回の記事で詳しくお話した「信用される人間」になることが第一歩となります。嘘をつかずに約束を守るような「いい人」であり、組織の価値観を共有できて、成果を挙げるために自らの責任を果たそうとする姿勢をもち、なおかつ、組織にとって有用な知識やスキルをもっている。そんな信用される人間であることが必要です(『「どこに行っても信用される人」になるために、順に上がっていきたい4つのレベル』参照)。
ただし、それだけではあくまでも「可能性が高まる」というレベルであって、信用されていれば高い評価を得て必ず抜擢されるわけでもありません。その先のレベルとしては、プロジェクトなどの内容次第というところにもなりますが、知識やスキルにおいてなんらかの「際立った特徴をもっている」ことが鍵となります。
ある分野の知識が豊富である、あることの経験はほかの人よりもしている。そういった特徴がプロジェクトの内容に関わるものならば、たとえ本人は自信をもっていなくとも、結果的に抜擢される可能性は大きく高まります。そのレベルは、「うちの会社のなかでは一番」というだけで十分なのです。
ただし、「抜擢されたい」と思うのであれば、チャンスを虎視眈々と狙っておくことも欠かせないでしょう。組織は、ただ自分が好きなことだけを追求していれば向こうからチャンスを与えてくれるほど甘くはないものです。組織においてどんな知識やスキルを磨いておくとチャンスが広がりそうか、先を見ながら探しておくとよいでしょう。
勉強によってもたらされるふたつのデメリット
しかし、知識やスキルを向上させるための勉強には落とし穴がある、という点には注意が必要です。勉強によってデメリットがもたらされることもあるのです。
そのデメリットのひとつは、「周囲との関係をこじらせてしまう」こと。勉強したことに自信をもつため、「猛勉強したのだから、私の考えは正しい!」と主張したくなるのです。自己主張が強くなり、周囲との関係を悪化させては、勉強も無駄になってしまいます。
もちろん、主張した考えが間違っていることだってありますから、注意が必要です。そもそも、「正しいことがそのまま正しいとされないこともある」のが組織というものです。正論の意見や提案も、組織全体の事情から通らないこともある。そういう現実をしっかりと認識しておくのも重要でしょう。
また、勉強によってもたらされるもうひとつのデメリットが、「お客さんから乖離してしまう」ことです。これは、勉強を究めすぎて、その道の専門家になりすぎてしまうために起こるデメリットです。
たとえば、プロのミュージシャンが、音楽知識をほとんどもたない普通の人に向けて音楽理論を教えるとしましょう。そのミュージシャンが、プロにしかわからないような専門用語をいくつも使って教えたとしたらどうなるでしょうか? 受講者である普通の人からすれば、話のほとんどを理解できないはずです。
それと同じようなことが、仕事においても起こりえます。専門家になりすぎて、普通のお客さんがもっている感覚を失ってしまう。そうなると、お客さんの気持ちを理解できなくなり、仕事で成果を挙げることが難しくなっていきます。
広くいろいろな人と接点をもち、「普通の感覚」を維持する
では、組織のなかで抜擢されるために勉強をしながらも、普通のお客さんがもっている感覚をもち続けるにはどうしたらいいのかを考えてみます。その答えは、「広くいろいろな人と付き合う」ということに尽きます。
その相手はお客さんに限らず、同僚など社内の人間でもいいですし、社外のまったく属性が違う人でもかまいません。付き合いの内容も、ただ雑談をしてもいいですし、飲みに行くのでもいい。ふらっと入った居酒屋のカウンターで、隣になった人と話をするのでもいいでしょう。
「普通の人」については、「こういう人が普通の人だ」と定義づけられるものではありません。それぞれに個性をもったいろいろな人が、普通の人なのです。そして、多様な人たちとの付き合いのなかで、「普通」の感覚をなくさないように維持するのです。
ただ、このことについては、「勉強によって普通の感覚をなくさないためにやるべきだ!」といった意識はもたなくてもいいでしょう。勉強熱心でまじめな人ほどそう考えがちですが、そういった意識があると、それこそ「普通ではなく」特別なことをするというふうに思ってしまいます。
ただただ広くいろいろな人と接点をもちさえすればいい——。そんな軽い気持ちで実践してみてください。
【石川明さん ほかのインタビュー記事はこちら】
本当に仕事ができる人がもつ「奥深い力」。磨くには「人の気持ちを考える」習慣が何より大切だ
「どこに行っても信用される人」になるために、順に上がっていきたい4つのレベル
【プロフィール】
石川明(いしかわ・あきら)
1966年2月11日生まれ、大阪府出身。株式会社インキュベータ代表取締役。1988年上智大学文学部社会学科卒業後、リクルートに入社。リクルートの企業風土の象徴である新規事業提案制度「New RING」の事務局長を長く務め、新規事業を生み続けられる組織・制度づくりと1,000件以上の新規事業の起案に携わる。2000年に総合情報サイト・オールアバウト社の創業に携わり、事業部長、編集長等を務める。2010年、企業における社内起業をサポートすることに特化したコンサルタントとして独立。これまでに100社、2,000 案件、4,000人以上の企業人による新規事業を支援。自身のビジネス経験、そしてコンサルタントとして数多くのビジネスパーソンの仕事ぶりを観察することで、新規事業を成功させるためには、人や組織を巧みに動かす「ディープ・スキル」の必要性を痛感。そうした要素も含めた「創造型人材の育成」にも力を入れている。早稲田大学ビジネススクール修了。大学院大学至善館特任教授、明治大学専門職大学院グローバル・ビジネス研究科客員教授。経済産業省起業家育成プログラム「始動」講師などを歴任。著書に『はじめての社内起業』(ユーキャン学び出版)、『新規事業ワークブック』(総合法令出版)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。