『12人の怒れる男』という映画をご存知でしょうか。レジナルド・ローズ原作で、1957年に映画化された、アメリカのサスペンスドラマです。

題材となっているのはアメリカの陪審員制度。裁判所での6日間の審理の後、陪審員の評議によって、被告人が有罪になるか無罪になるかが決まります。

父親殺しの罪に問われた少年の裁判で、陪審員が評決に達するまで一室で議論する様子を描く。
法廷に提出された証拠や証言は被告人である少年に圧倒的に不利なものであり、陪審員の大半は少年の有罪を確信していた。全陪審員一致で有罪になると思われたところ、ただ一人、陪審員8番だけが少年の無罪を主張する。彼は他の陪審員たちに、固定観念に囚われずに証拠の疑わしい点を一つ一つ再検証することを要求する。
陪審員8番の熱意と理路整然とした推理によって、当初は少年の有罪を信じきっていた陪審員たちの心にも徐々にある変化が訪れる。

(引用元:Wikipedia|十二人の怒れる男

この映画は、推理やトリックが特別優れているわけではありません。いわゆるサスペンスや推理モノとは違い「議論すること」そのものに視点を当てています。今日はこの映画を通して、現代人の我々が学べることをご紹介していきましょう。

1, 常識を疑ってみること

審理が終了した時点では、少年の有罪はほぼ確定的なものでした。しかし、ある一人の陪審員はそこに疑問を投げかけます。11人の「有罪」意見の前に、たった一人「無罪」の票を投じたのです。

「私まで有罪だと、あまりに簡単に死刑が決まってしまう」「人の生死を5分で決めて間違ったら?」「1時間はかけよう」

(パソコン便利ツール集|12 Angry Men (邦題「十二人の怒れる男」)の英語字幕より和訳して引用)

こうして疑義を投げかけた彼だって、無罪を確信していたわけではありません。被告人に不利な証拠が、あまりに多かったからです。しかし彼は、スムーズに進む審理そのものに、疑問を感じました。そして周りにどう言われようと構わず、それを行動に移したのです。

情報の氾濫する現代、私たちは簡単にそれらを鵜呑みにします。Twitterで呟かれたウワサ、掲示板で見かけたゴシップ。あなたは自分で確かめたことはありますか?その情報が真実であれ、虚偽であれ、まずは一度批判的な視線を向けてみること。その姿勢が必要なのです。

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2,賛成、反対はどちらでもいい。自分の正しいと思うことを

評議の途中で「議論が面倒だ」という理由で自分の意見を覆す陪審員が登場します。それに対して、他の陪審員が放った一言がこちらです。

「無罪に投票したければ、無罪を確信してからにしろ。有罪なら有罪でいい。自分の正しいと思うことをしろ」

(同上)

みんなの意見と自分の意見が同じなのか、異なっているのか、そんなことは本来議論の場ではどうでもいいはずです。それなのに、私たちは感情的になって「それは間違っている」「正しいのはこれだ」と断定したがります。人と話し合う時に、絶対的に正しいこと、間違っていることなんてありません。問題なのは、自分がどう思うか、何を正しいと考えるか、なのです。もし議論していて意見が変わればそれでよし、変わらなければそれもよしと言えるでしょう。

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3, 自分の中の偏見に気づこう

劇中、被告となっている少年はスラム出身であり、非常に貧しい生活を余儀なくされていました。議論が白熱してくると、ある一人の陪審員の中にある少年への偏見が暴露されます。その陪審員は、有罪の理由などどうでもいい、と言い出したのです。

「わかっておらんな。細かいことなんか、何の意味もない。みんなもあの少年を見ただろう。(中略)連中は生まれつきの嘘つきなんだ!そもそも、真実が何かということだって知らないんだ! ついでに、連中にとっては殺人に理由なんて要らないんだ!」

(同上)

ここまでまくしたて、この陪審員はハッと気づきます。自分の中にこんなにも醜く汚い偏見が隠れていたということに、気づきもしなかったのです。他の陪審員は、そんな彼に何も言いません。同じ意見を持ち味方であったはずの陪審員さえ、冷たい視線を浴びせかけます。

「個人的な偏見を排除するのはいつも難しい。しかも、偏見は真実を曇らせる。」

(同上)

冷静にこう語るひとりの陪審員のセリフは、多様な社会の中で生きる私たちが肝に銘ずべき言葉でしょう。

***
議論すること。この映画はその本質をとことん追求しています。今では、小学校の授業でも議論やディベートが取り上げられる時代になりました。以前より異なる意見を持った人と話し合う、それ自体のハードルは非常に下がったのではないでしょうか。しかし、ハードルが下がったからこそ、議論の本質は大切にしなければいけません。

常識や身の回りの情報を、鵜呑みにしていませんか?
他人の意見を、間違っている、と頭ごなしに否定していませんか?
自分の中にある偏見や汚い部分に、気付けていますか?

この映画は、私たちがそれに気づく、きっかけになると考えています。

映画『12人の怒れる男』(Amazon)

(参考)
Wikipedia|十二人の怒れる男
パソコン便利ツール集|12 Angry Men (邦題「十二人の怒れる男」)の英語字幕
石飛本人によるご挨拶 |『天理大学生涯教育研究』第10号 (2006) 生涯学習教材としての映画-『十二人の怒れる男』 
中央大学 総合政策学部|研究『12人の怒れる男』