依頼状や企画書など各種のビジネス文書にメールなど、ビジネスパーソンが日々の仕事のなかで文章を書く機会は少なくありません。ですが、「昔から国語だけはからっきし……」というような、文章を書くことがとにかく苦手だという人も多いでしょう。
そこで、アドバイスをお願いしたのは、コラムニストの尾藤克之(びとう・かつゆき)さん。雑誌のほか、「オトナンサー」「アゴラ」「朝日新聞telling,」「J-CAST会社ウォッチ」など、数多くのウェブメディアにも寄稿する尾藤さんは、「書く以前に大切な意識がある」と語ります。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人(インタビューカットのみ)
議員秘書、コンサルタント時代に培われた文章力
いまでこそ文章術の本を出している僕も、決して昔から文章が得意だったわけではありません。ですが、小学生の頃から本が好きな人間ではありましたし、読書感想文コンクールで表彰されたこともありますから、もともと文章を書くという行為に対して抵抗がなかったというのは事実です。
ただ、当時のライティング技術は、当然ながら自己流でした。それが大きく変わったのは、以前の仕事である議員秘書、それからコンサルタントをやっていた時代のことです。
議員秘書のときでいえば、たとえば省庁の役人からもらう書類には「熟慮のうえ」「可及的速やかに」「真摯に対応する」のような、日常会話ではほとんど使わない、いわゆる役人言葉が並んでいます。おそらくは、言質を取られないようにするテクニックなのでしょう。どちらにも取れる表現が本当に多いのです。
そういうときは、役人にきちんと意味を確認しなければなりません。「『可及的速やかに』やるのか、やらないのか」「やるのならいつからやるのか」、あるいは「『真摯に対応する』というのは、何にどのように対応するのか」といったことを細かく確認するわけです。そうして、それらを平易な言葉に替えるのです。
また、コンサルタントの場合、クライアントに対して提出するリポートが納品物といえます。クライアントである会社経営者の多くは、多忙のために長い文章を読みたがりません。ですから、リポートはなるべく簡潔に、かつ必要な要素をきちんと網羅した内容にしなければならない。そういった経験によって文章力が鍛えられたように思います。
本来、読み手を想定しなければ文章を書く際に支障が出る
でも、コンサルタントのリポートは、すべてが簡潔であればいいというわけでもありません。クライアントによっては、もっとボリュームがあって詳細なリポートが好まれる場合もあります。
何をいいたいかというと、文章を書く際には必ず「読み手を意識しないといけない」ということです。簡潔なリポートを好むクライアントに対しては簡潔に、詳細なリポートを好むクライアントに対しては詳細にと、使い分ける必要があるのです。
現在、僕が寄稿しているウェブ媒体は、「オトナンサー」「アゴラ」「朝日新聞telling,」「J-CAST会社ウォッチ」など。その読者というと不特定多数ともいえますが、僕の記事の読者層は30代から50代の男性が中心です。
つまり、仕事に追われる多忙な毎日に少し疲れているような男性ビジネスパーソンの心をくすぐるような記事が好まれます。そこで若い女性が好む記事を書いたところで、話題になるようなことはまずないでしょう。ネタ選びから表現も含めて、最初からその読者層を想定するかどうかでPV(ページビュー)数も大きく変わってきます。
もちろん、「これはいける!」と確信して自信を持って書いた文章がまったく反響を呼ばないということもあれば、その逆のケースもあります。ただ、ある程度、読み手を想定しておかなければ、同じことをいうにしてもどういう表現にするかといった細かい部分を決められないなど、文章を書く際に支障が出るはずなのです。
とはいえ、これは何も難しいことではありません。たとえば、みなさんがメールを書くときのことを考えてみてください。顧客、取引先、上司、部下など、送信先の相手によって言葉の使い方を自然に変えているはずです。もっといえば、普段の会話だって、誰が相手なのかによって言葉遣いを変えているでしょう。
メールや会話の場合、相手が明確だから想定するまでもなく表現を変えることができます。それと同じように、文章を書く際にももっと読み手の存在を意識すればいいだけのことなのです。
書くことを怖がっていては文章力が伸びるはずもない
文章力を鍛えるために、ブログやSNSで自分の文章を公開しているという人も少なくないでしょう。でも、なかには、自分が書いた文章をネット上に公開することを怖がっている人もいるかもしれません。いい方向にバズればいいですが、悪い方向にバズる……いわゆる、「炎上」という状態になることを避けたいというのもわかります。
ただ、そもそも書き手がよほどの有名人で、かつ世間の認識から大きく外れた文章を公開したということでなければ、炎上するようなことはまずないといっていいと思います。
文章の話からは少しそれますが、数年前に「このハゲー!」の発言で炎上した政治家のことを覚えている人は多いでしょう。もともと彼女は、東大卒でハーバード大学大学院を出た、厚労省のキャリア組です。炎上前から政治を扱うテレビ番組に出演し、政治への関心が高い人にはその名を知られていました。
そんな人でさえ、あれだけインパクトの強い発言がなければ炎上することはなかったはずです。そう考えれば、一般の人たちが炎上を怖がるような必要などないのです。
だいたい、文章を書きたいというのであれば、何かのテーマについて自分のなかにいいたいことがあるはずです。そうでなければ、文章を書きたいなどと思わないでしょう。それなのに、書くことが怖いというなら、最初から書かなければいいだけの話になってしまう。読み手の反応を怖がって書きたいことも書けない人間のままでは、その文章力が伸びることはないと思うのです。
【尾藤克之さん ほかのインタビュー記事はこちら】
文章がうまい人は “たった3行” で相手の心を動かせる。
「なんか惜しい文章」はどこがマズイのか。“あの言葉” の使いすぎに要注意。
【プロフィール】
尾藤克之(びとう・かつゆき)
東京都出身。コラムニスト、エッセイスト。アスカ王国青少年自立支援機構理事。明治大学サービス創新研究所研究員。埼玉大学大学院博士課程前期修了。経営学修士、経済学修士。議員秘書、大手コンサルティングファームにて経営・事業開発支援や組織人事問題に関する業務に従事、IT系上場企業役員等を経て現職。「オトナンサー」「アゴラ」「朝日新聞telling,」「J-CAST会社ウォッチ」など数多くのメディアに寄稿している。現在は障害者支援団体アスカ王国(橋本久美子会長/橋本龍太郎元首相夫人)の運営もライフワークとしている。『波風を立てない仕事のルール』(きずな出版)、『即効! 成果が上がる 文章の技術』(明日香出版社)、『あなたの文章が劇的に変わる5つの方法』(三笠書房)など著書多数。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。