勉強だけに専念できる学生ならいざ知らず、社会人として働きながら勉強することは容易ではありません。「疲労もあってどうしても集中が切れてしまう……」。そんな人も多いでしょう。そこでお話を聞いたのは、「集中」について研究を行なう株式会社Think Lab取締役の井上一鷹(いのうえ・かずたか)さん。集中のスペシャリストがおすすめする、「超集中ハック」を紹介します。
構成/岩川悟 取材・文/清家茂樹 写真/石塚雅人
集中状態に自分を導く「ルーティン」をつくる
コロナ禍により在宅ワークになったことで、勉強や仕事に集中できなくなったという人が増えています。そのひとつの要因は、通勤の必要がなくなったこと。以前は、通勤するという行為とその時間によって、自然に集中状態に入っていくという習慣が身についていたのです。
つまり、集中するために重要なことのひとつが、「ルーティン化」です。「このルーティンをすれば集中できる」というふうに、自分自身に学習させるわけです。
◆「嗅覚刺激」を集中のためのルーティンにする
そのルーティン化でまずおすすめしたいのが、「嗅覚刺激」を取り入れること。なぜなら、視覚や聴覚は、勉強や仕事に限らず、普段からとてもよく使われているからです。もし視覚や聴覚を集中のためのルーティンに取り入れようとすれば、ヘッドホンをして大音量の音楽を聴くといった普段以上の強い刺激が必要になります。ちょっと現実的ではありませんよね。
でも、嗅覚の場合は、視覚や聴覚ほど普段から使われているものではありません。そこで、アロマオイルなどを使って、「集中するときはこの香り」「リラックスするときはこの香り」というふうに決めて、オンとオフを切り替えるタイミングのたびにそれぞれ決めた香りを嗅ぐことで、集中とリラックスを自然に切り替えられるようになります。
◆ 緊張と緩和で集中状態をつくる「538の呼吸法」
集中状態をつくることには自律神経も関わっており、自律神経の交感神経と副交感神経がともに活性化している状態がベストです。その状態をつくるために、呼吸を利用しましょう。自律神経には、身体が緊張すると交感神経が優位になり、リラックスすると副交感神経が優位になるという特性があります。そして、息を吸うときには身体の緊張が高まり、息を吐くときにはリラックスします。
それらの特性を生かして、まずは5秒間深く息を吸って3秒間息を止め、そして8秒かけてゆっくり息を吐く。そうすることで、交感神経も副交感神経も活性化している状態を導き、集中することができます。
集中したいときに必ず行なうようにしてルーティン化することで、その効果をさらに高めることができるでしょう。
「自然物」を仕事環境に取り入れる
また、ルーティン化とは別に、勉強や仕事に集中したい環境に「自然物」を取り入れることも大切です。
◆ 周辺視野に「生きている植物」を入れる
「周辺視野」という言葉を聞いたことがありますか? 目を動かさないまま見ている中心から約30度以内の視野が「中心視野」と呼ばれるもので、その外側の視野が周辺視野です。じつは、その周辺視野に「生きている植物」が入っていると集中が深くなるという研究結果があります。
その理由は、厳密にはわかっていません。しかし、人工物だけに囲まれていると自然物がもつ揺らぎを感じられないために、人間は落ち着かなくなるのではないかと私は考えています。理由ははっきりしていなくとも、私たち自身も自然物ですから、それも当然のことなのかもしれませんね。
◆「自然音」を聞ける環境をつくる
同様の意味で、小川のせせらぎや小鳥の鳴き声といった「自然音」を聞ける環境だと集中できます。しかし、人間の耳では聞けない高周波の音の成分まで含まれていないと、この効果はないとされます。つまり、本物の自然音を聞けないのであれば、ハイレゾの音源と再生環境を用意しなければならないわけです。
そういう意味では、都市部に住む人にとっては現実的ではないかもしれません。ただ、完全にテレワークに移行したという人のなかには、都市部から地方への引っ越しや、いわゆる多拠点生活を考えている人もいるでしょう。そういう人なら、引越し先や新たな拠点を探すときに、自然音が豊かな環境を選ぶといいかもしれません。
姿勢を整えれば、呼吸が整い、心が整う
環境という意味では、仕事に使う道具も見逃せないポイントです。特に、「椅子」選びには注意しましょう。
◆ 集中できる、自分に合った「椅子」を選ぶ
椅子は西洋で生まれたものですから、私たちが使う一般的なオフィスチェアの多くも、じつは欧米人の筋骨格をベースにつくられています。そして、欧米人は背筋が強く、東洋人は身体の内側の筋肉が強いという特徴があります。
そのため、一般的な椅子に座ると、私たち東洋人は腰が丸まってしまって腰を悪くしてしまったり、呼吸が浅くなったりしてしまうのです。腰を悪くすると集中どころではありませんし、呼吸が浅くなることもよくありません。先に「538の呼吸法」について解説しましたように、深い呼吸も集中と大きく関わっています。呼吸が浅くなると、深い集中を得ることができないのです。
これらの理由から、深く安定した呼吸をできるような椅子を選ぶことがポイントです。椅子を選ぶときには、少し浅めに腰かけてみてください。そのとき、自然に体幹が真っすぐに伸びて胸が開いているような姿勢になる椅子がベストです。
昔から座禅の心得を表す「調身・調息・調心」という言葉があります。身体——つまり、姿勢を整えることで呼吸が整い、呼吸を整えることで初めて心が整うという意味です。もちろん、心が整えば集中できます。座禅の心得は、椅子の選び方にも当てはめて考えることができるのです。
【井上一鷹さん ほかのインタビュー記事はこちら】
集中するには23分必要なのに、11分に1回は邪魔が入る。本当に集中したければ「この3つ」を厳守せよ
「デキる人=〇〇を楽しめる人」はたった2割。8割のデキない人にならないために、高めるべき力
【プロフィール】
井上一鷹(いのうえ・かずたか)
1983年、東京都生まれ。株式会社ジンズ執行役員。JINS MEME事業部事業統括リーダー兼株式会社Think Lab取締役。慶應義塾大学理工学部卒業後、戦略コンサルティングファームのアーサー・D・リトルにて大手製造業を中心に事業・技術経営・人事組織戦略の立案に従事後、株式会社ジンズに入社。MEME事業部、Think Labプロジェクト兼任。商品企画部マネジャーを経てJINS MEME事業部統括、その後、ワークスペース事業Think Labを立ち上げ取締役となる。Newspicksプロピッカー(キャリア・教育関連)。算数オリンピックではアジア4位になったこともある。著書に『深い集中を取り戻せ 集中の超プロがたどり着いた、ハックより瞑想より大事なこと』(ダイヤモンド社)、『集中力 パフォーマンスを300倍にする働き方』(日本能率協会マネジメントセンター)がある。
【ライタープロフィール】
清家茂樹(せいけ・しげき)
1975年生まれ、愛媛県出身。出版社勤務を経て2012年に独立し、編集プロダクション・株式会社ESSを設立。ジャンルを問わずさまざまな雑誌・書籍の編集に携わる。